第3章 第7話 ないみつにおねがいします
「ありがとうございます。エイル様」
「」
一瞬思考が止まった。認識阻害のイヤーカフスは付けているし、年齢層が違って外見だって若くなっているのだ。偽名も徹底している。どこで漏れた。どこで気付いた。
空回りする思考に混乱していると、受付嬢がふっと小さく笑った。
「どうかなさいましたか、ラムザ様?」
「……いや、不思議な名前が聞こえたなと思って」
名前を言い直してくれた事から、公にするつもりはないという意思表示だろう。
受付嬢が「ラムザ様。少しお耳を……」と手招きするので、聞く姿勢で耳を差し出す。
「若い頃にあった事があるんですよ。丁度今くらいの年の頃に」
と言われた。
「ないみつにおねがいします」
受付嬢は良い笑顔で微笑む。
「畏まりました。では、今後私のことはユーフェミアとお気軽にお呼び下さいね」
ユーフェミア……どこかで聞き覚えがあると感じるのは、若い頃にパーティでも組んだのだろうか。若い頃など記憶が遠すぎて、少し関わった程度の人の顔と名前は殆ど覚えていないのだ。
貸しを作ったつもりが弱みを握られていたでござる。
「それでですね、ラムザ様。実は是非お任せしたい案件がありまして……」
◆◆◆◆
「っていう事があって、貴族と喧嘩になるかもしれん」
宿に帰るとマツリがいたので、一部始終を報告する。
「地獄だね?まぁ聞く限り相手が一方的に悪いんだけど」
マツリは軽い口調でそう言う。
「だよな、一発も殴り返してないんだし俺は悪くない」
エイルは第三者視点でも無罪判定が貰える事に安堵した。
「まぁ、最悪の場合は王都で悲しい事故が起こるかもね?」
マツリが悪い顔でにやりと笑う。
「そうだな、それは大変不幸なことだな」
エイルも悪い顔で頷く。
「それでさ。ギルドの耳長族の受付嬢がね。ありがとうございます、エイル様って言ったのよ」
「バレてるね?」
「ないみつにおねがいします。っていったらさー。ラムザ様にお任せしたい案件がありましてって」
「弱みを握られたね?」
「それで言い渡された案件が、例の辺境伯のところの家庭教師ですって」
「えー、グランフェニアにいるんだよね?その子」
「何かもうすぐ王都の屋敷に引っ越してくるから、そこで教えれば良いって言われて」
「王都に来ちゃうかー。そもそも面談で辺境伯に採用して貰える目があるの?」
エイルは首を捻りながら「わからん」とだけ答えた。
「面談受けて落ちても、それはそれで義理は果たしたぞっていえるし」
「あ、そうそう。銀級に昇格したお祝いに、お守りを買って来たんだけど。俺とマツリからって言って渡して良い?」
「良いけど、どんなの?」
「毒耐性の効果のあるネックレス。お守りに持っていれば、いつかそれで命を拾うかもしれないし」
「なるほどね。でもそれなら半分出すよ?」
「その方が良いか。はいこれ明細書。半分頼む」
「これだけ?もっと良い物買ってあげれば良かったのに」
◆◆◆◆
夕食時。宿の一階の食堂に集合する。
「早速で悪いが、はいこれ。俺とマツリから」
エイルが細長い小箱を二人に渡した。
二人は「開けても?」と訊いてきたので、「どうぞ」と返す。二人が小箱を開けて中身を取り出す。二人お揃いの、銀細工のネックレスだ。
「毒耐性の魔道具だよ。お守りみたいなものだね。銀級昇格祝いに銀細工で選んでみた」
エイルが照れくさそうに説明する。
カナリエとレーヴィアが早速身に付け、お互いの首元を見せあいながら微笑んでいる。
「嬉しいです、ありがとうございます」
レーヴィアが素直な喜びを返してくれる。
「次は黄金のを貰えるように、頑張らないとね」
カナリエは照れくさそうに、今後も努力を続ける意思を宣言した。
エイルとマツリは、二人の前途を再度心から祝福するのだった。
「あー、あとね。ギルドからの命令で家庭教師の仕事をするかもしれん」
「ひょっとしてグランフェニアの?」
レーヴィアが正解を当ててきた。
「そう、それ。面談はあるから分からないけどね。まずは面談だけでも受けてみてくれと頼まれちゃって」
エイルは肩を竦めて言う。流石に本名バレして弱みを握られた、などという事は口に出来ない。
和やかな良い話風の雰囲気が出来上がっていたので、ギルドであった小生意気な学生との一件は言い出せず、明日にでも伝えればいいか、と未来の自分に先送りした。
◆◆◆◆
それから数日間、東迷宮に足繁く通った。ダンジョンの入口にいつも荷運び人兼ガイドが居たので、仕事料を払って案内をお願いするかマップでも購入するか悩んだ。
エイル達が攻略する際は、大抵は異空間収納に獲物を駆使して進めていく。ガイドは欲しいが荷運び人は不要だったし、荷運び人の前であの反則な異空間収納を使って見せるのは憚られる。
結局、耳長族の受付嬢ユーフェミアに頼んで、信用できる地図売りを紹介して貰って地図を購入した。代金に金貨が何枚か飛ぶ程とられたが、それで安全が買えるなら安い物だ。
東迷宮は序盤のスピード感を上げてコツコツと探索範囲を広げて行き、三十五階層のボス部屋までは攻略した。道中、噂の女だけのクランに遭遇して話しかけられて一緒に行動したりもしたが、良い人達っぽかった。騙すつもりは無かったが勘違いされるだろうと言うことで、マツリが早々に「この人男です」とエイルを紹介した。
「またまたぁ、ご冗談を。え?冗談ですよ、ね?」
「すみません、男です。空気だと思って下さい……」
と、若干居た堪れなくなったのは仕方がない事なのだろうか。
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