第2章 第4話 城塞都市リエルダ
箱馬車生活三日目。
昼過ぎに国境の関所に着いた。ここを越えればザハト帝国に入国となるが、既に行列が出来ていた。順番待ちの列には商人の馬車が多く、幌馬車の一団が並んでいる。ゆっくりと進む列に眠気と戦いながらエイルが御者をしているが、もう暫くしたらマツリに交代してもらおうと考えていた。
小一時間程経って検査の順番が来た。
「ザハト帝国への出国理由は?身分証があれば提示を」
御者のマツリが探索者ギルドのプレートを提示し、出国理由を述べる。
「探索者です。迷宮都市群に行く旅の途中で、ザハト帝国には通過のために滞在予定です」
特に不審な点もなく馬車内のチェックにも協力的に応じたため、短時間で通行の許可が降りた。
大河に掛かる大きな橋が関所になっており、橋を渡った先が帝国領の玄関口となる。国境を挟んで両国に関所街があるが、今回は食材などの備蓄が十分なため、関所街を素通りして先に進む計画であった。
関所街を抜けると馬車の往来は大幅に減り、徐々に速度を上げて進むことができた。
箱馬車生活四日目。
夕刻前に、【城塞都市リエルダ】に到着した。ザハト帝国の西部域で最大の規模を誇る街である。鉱山都市とも呼ばれるほど鉱物資源の産出地としても有名である。そのため、汎人種主義の強い帝国内において最もドワーフの住人が多い街となり、金属加工業の職人のレベルの高さは、帝国内随一となっている。
「リエルダの滞在はどのくらいを予定していますか?」
レーヴィアがマツリに確認を取るが、マツリとエイルは目的地と経路しか考えていないため、
「え?適当?」という回答が返ってきて、レーヴィアとカナリエに頭痛を感じさせる原因となっていた。
「とりあえず五日間ほど宿を抑えて、滞在中に期間を伸ばしたくなったら延長する」という方針に落ち着いた。
カナリエ達とエイル達のリエルダ滞在に対する温度差は、実のところ「装備の更新を予定しているかどうか」であった。エイルとマツリはスター・シーカーから持ち出した装備が優秀なため、装備の更新を考慮していない。対して、カナリエ達は良質の工房の集うリエルダで装備を更新したいと考えているのだが、手持ちの資金が心許ないというジレンマがあった。
五日間の滞在で欲しい装備の目星を付けて、リエルダ周辺で資金稼ぎが出来れば……という思いがある。
「とりあえず探索者ギルドにストレイガル達を預けて、お勧めの宿を聞いて寝床を確保しよう」
探索者ギルドは丁度西門付近にあったため直ぐに見つかり、評判の良い個室のある宿を教えてもらい、そこに向かった。探索者ギルドから若干歩くが大通りを道なりで見つけられる宿だったため、直ぐにフロントに確認を取ることができた。
「申し訳ありません、本日は一人部屋は全て埋まっておりまして。四人部屋か二人部屋を二つならご用意が可能なのですが……。いかがでしょうか?」
フロントの女性スタッフが丁寧に空室の状況を説明してくれた。
エイルが「それじゃ二人部屋二つで……」と答えるところに、マツリが食い気味に「ダブルが良いです」とインタラプトを差し込んでくる。エイルはマツリにアイアンクローをキメつつ、「ツイン優先でお願いします」と無の表情で訂正をした。
最終的にはツインの部屋が二つ取れたので、エイルとマツリで一部屋、カナリエとレーヴィアで一部屋を使うことになった。それぞれ五日間の宿代を先払いし、食事は一階の食堂で都度別料金であった。バーグラムの宿に比べて割高感のある宿泊費ではあったが、都会価格と思い割り切ることにした。
「今夜は飯食って寝て、明日から市場調査や探索者ギルドの確認なんかをしよう」
夕食は一階の食堂で済ませた。スパイスの利いた鳥肉(?)のステーキとサラダ、パンと黄色いとろみのあるスープで満足度が高かった。
その日の晩は久しぶりのベッドの感触に気を良くし、エイルは全力の瞑想睡眠を行って深い眠りに沈んでいった。
◆◆◆◆
深夜に瞑想睡眠から目が覚めると、マツリが同じ布団の中に潜り込んでいた。湯たんぽ系二ヵ月児はまだ寝ているようなので、起こさないように気を遣いつつベッドから抜け出すと、マツリが使っていた方のベッドに移動して腰を下ろし、瞑想を行う。
先ずは体内の魔素を回して魔力を練り上げ、身体の隅々にまで励起した魔力で満たしていく。体内に巡らせた魔力を励起状態で維持すると、次は魔力を体外に拡散と体内への収縮を繰り返し、魔力の瞬発力を鍛える。次に限界まで魔力を広げていき、知覚範囲の限界を鍛える。最後に、大気中に散らした魔力と非活性の魔素を取り込み、体内で魔力に変換しながら圧縮していく事で、魔力強度を鍛える。
この流れを一セットとして、計三セット行う。
次が霊素と霊力の制御訓練を行う。大気中の非活性霊素を体内に取り込み、自身の霊素と混ぜ併せて、霊力を身体の端々まで満たし励起させていく。体内の隅々まで霊力の励起が完了すると、次に霊力を圧縮して溜め込み、体内で回し続ける。霊力の瞬発力なども鍛えたいところではあるが、今は霊素関連技術の基礎を固める段階だと考えている。ある程度霊素を励起状態で維持すると、霊素を非活性に戻して深呼吸を行う。
ここまでを一セットとして、計三セット行う。
魔力操作にしろ霊力操作にしろ、自らの殻を内側から外側へと押し広げて行くような訓練を行うと、意外と精神的な疲労感を感じる。【洗浄】で全身の汗を消し去ると、ベッドで横になって全身を脱力させる。
次に行うのは、魔力と霊力の併用訓練だ。自身の体内に霊力を満たしていき、身体に満ちた霊力に魔力を溶け込ませるように注いでいく。
この訓練はスター・シーカーでのリハビリ時からずっと続けている訓練であり、傷付いた魂魄の修復作業でもある。
マツリによると、魂魄の修復が進む程に溶け込ませる魔力量の割合が増えていくらしい。また、魂魄の修復が進めば魂魄を根源として生み出される魔力量も増加していくとの事なので、併用訓練は重要項目だった。
この訓練の開始当初は霊力に対し魔力量は十%程度しか溶け込ませる事が出来ていなかったが、今では体感で三十%程は混合出来ていると感じている。
魂魄の修復が進んだ事で、魔力の生産量自体も増えて来ている事から、自然と訓練に対するモチベーションも高く維持できていた。最近では、御者台についている間などにもこの訓練を行っている。
「魔力は胸《心臓》で熾し、霊力は腹《丹田》で回す」とマツリが言うが、それを意識せず行えるようになるには、まだまだ時間が掛かりそうだった。
エイルは寝起きのルーティンを一通り熟すと、マツリの様子を伺う。
このあたりでマツリが起きていれば走り込みや立会い稽古などに誘うのだが、今朝は熟睡しているため、エイルも霊力と魔力の混合訓練を、寝落ちするまで続けるのだった。
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