第1章 第21話 バーグラム領館の対決
「これはこれはサイアリスお嬢様、おかえりなさいませ」
執事姿の男が慇懃に礼をする。
「家令ダンドール。剣まで佩いての迎えとは。フィンレット家に対する反逆の意思は、もう隠すつもりもありませんか」
サイアリスが家令ダンドールに確認する。
「いえ?フィンレット家はウォールン様が継ぐのがフィンレット家のためだと信じているだけでございます」
ダンドールは軽く首を横に振り、淡々と応えた。
「レイノルド兄さまを差し置いて、何を根拠にそのような判断になると言うのですか」
サイアリスがダンドールとの会話を続ける間、エイルとマツリはいつでも飛び出せるように様子を伺っている。
「レイノルド様はお身体のご加減が宜しくないでしょう?でしたら当然の事かと存じますが?」
ダンドールは真っ直ぐとサイアリスを見つめて応えた。
「ダンドール。レイノルド兄さまに貴方達が毒を盛った事は分かっています。貴方達が嗾けた実行犯は身柄を抑えた上で、【隷属】魔法で嘘を禁じて証言を得ています。暗殺者の拠点とマリアード侍医の私物から、同じ毒薬も出て来ています」
サイアリスは冷静にダンドールを追い詰めていく。
「……。レイノルド様のご加減は?」
ダンドールは片眉を動かしつつ、問いかけた。
「解毒を済ませて静養中です。ダンドール、投降しなさい」
サイアリスはレイノルドの身の安全が確保されている事を伝え、最後通牒を突きつける。家令ダンドールは瞑目して溜息を一つ吐く。
「左様でございますか……。申し訳ございませんが、投降は致しかねます」
ダンドールはサイアリスに向けて首を横に振ると、腰の長剣を抜剣して胸の前で刃を立てる剣礼をしてみせた。
「サイアリス様。最後まで抵抗はさせて頂きます」
ダンドールが一歩前に出ると、重装備の騎士四名も武装を構えた。二人が三メル程の長槍を構える。大楯を持った二人は刺突に向いた切先を持つ直剣を大楯に隠れるように構えて、それぞれ長槍の騎士の前に出て来た。
一方、サイアリスは《黒絹》に前を譲って後ろに下がる。
「探索者チーム《黒絹》だ。縁あってサイアリス嬢に協力している。そちらにも事情はありそうだが、話は拘束後にでも伺おう」
エイルは打刀と脇差を腰に佩き、左手に大身槍の短槍を持ち、右手に大身槍の長槍を構えて前に出た。
マツリも右手に戦鎚と左手に戦棍を携え、腰に直剣を佩いてサイアリスの前に回る。
ダンドールはエイルとマツリに目礼をし、更に一歩前に踏み込んだ。直後、大楯持ちの騎士達が突進を開始し、長槍持ちがその後に続く。練度の高さを伺わせる連携だった。
エイルは左側の騎士達に向かい間合いを詰めると、右手に持った大身槍を大きく横薙ぎにする。前衛の騎士は大楯を操り、大身槍の横薙ぎに対応してみせるが、横からの打撃に備えた楯は、正面に隙間を作っていた。エイルは流れる動作で右手の大身槍を手放すと、左手の大身槍でその隙間を突破し、楯騎士の脇腹に風穴を開けてみせた。
「ぐッ!」
そのまま踏み込み、後続の長槍騎士に楯騎士を押し付けると、左手の大身槍も手放す。右手から手放していた大身槍を空中で掴むと、後方の長槍騎士の肩を穿つ。
一方、マツリはチャージして来た楯持ちに戦鎚を真正面から打ち合わせて勢いを止め、左手の戦棍で長槍を薙ぎ払う。
「重ッ!?」
右側から来た楯持ち騎士はマツリの戦鎚の殴打に片膝を付き、驚愕の声をあげた。バランスを崩した楯持ちに構わず、マツリは後方の長槍持ちに左手の戦棍を振り下ろし、その肩を砕いた。戦棍から手を離すと、抜き去っていた楯持ちの側面に両手で持ち直した戦鎚を振り抜いた。
一瞬の交差で四名の重装騎士を無力化する間に、ダンドールはただサイアリスを目指して駆け込んでいた。エイルが背後から大身槍の石突をダンドールに見舞うが、ダンドールはそれを察知して直剣で巻き取るように弾いた。姿勢を崩したところにマツリが抜いた直剣を手に突き掛かるが、ダンドールは横に大きく転がるようにしてその追撃を躱してみせた。
「……。これ程でしたか」
配下の騎士をあっという間に制圧されてしまい、サイアリスへの突貫も阻止されたダンドールは、想定以上の護衛の腕に臍を噛む。
「投降したらどうだ?」
エイルがサイアリスを守るように位置取りを変えつつ声を掛けるが、ダンドールは退かなかった。
「ここで退く位なら始めていませんよ」
ダンドールはそう応えると、後ろ腰からまとめて抜いた投げナイフをサイアリスに投じ、駆けだす。投げナイフはマツリが直剣で捌ききり、ダンドールにはエイルが立ち塞がった。ダンドールの渾身の突貫に対し、エイルは大身槍を突き込んで牽制し、間合いの内側に掻い潜って来たところで大身槍を手放して、腰の打刀から抜き打ちを一閃した。その横をダンドールが駆け抜け、サイアリスに迫る。
「ぐッ?!」
ダンドールがサイアリスに振り上げた右腕は、肘から先が落とされていた。ならばと左腕で掴み掛かろうとするが、その場に崩れ落ちる。ダンドールの右脚は、先の一閃で大腿の中程から切り落とされていた。
「執念は認めるが諦めろ。止血くらいはしてやる」
エイルは打刀を振り払い、血糊を飛ばすと納刀しながらそう声を掛けた。
「届かぬか……。無念なり」
ダンドールは漸く、自身の敗北を受け入れた。
家令ダンドールおよびその配下四名の騎士は捕縛され止血を施された。メレア夫人と次男ウォールンは、二階の階段上に現れ、趨勢が決した事を悟り、捕縛を受け入れた。
後の処遇はフィンレット家が行うべき問題である。エイルとマツリはサイアリスに宿に戻ることを告げ、その場を後にした。
◆◆◆◆
サイアリスに武の心得はなかったが、目の前で行われた戦闘が目に焼き付いていた。
家令ダンドールはフィンレット領に留まらず、カナデ・カナン王国でも屈指の実力者であった。それが配下四名の重装騎士と共に臨戦状態で待ち構えられていた時、状況が厳しいかと、内心冷や汗を掻いていた。それでもやるのかとラムザとマツリに目で確認した時、彼らの目に怯えはなく、柔らかい表情でただ頷いてみせた。戦況の分が悪ければ、外に待機している衛兵隊長達を呼ぼう。そう考えて後ろに下がり、戦いを見届ける。
それが、たった二名の探索者が、重装騎士四名を瞬時に無力化し、ダンドールすらも生かした状態で捕縛してしまった。
サイアリスは、ただ凄いとしか表現できない己の武才の無さを恨めしく思った。
「ダンドール。彼女らは強かったですか?」
担架で運ばれていくかつての家令に聞いてみた。
「えぇ。カナデ・カナン王国の騎士団長でも適いますまい。サイアリス様は良い協力者を得られましたな」
ダンドールはサイアリスを見やり、そう答えた。
◆◆◆◆
「結局なんであんな事したんだろうね」
マツリがポツリと呟くと、エイルが空を見ながら返す。
「さぁな。あの家令の態度、ただ欲に眩んだとは思えなかった。もしかしたら家令達の方にこそ、大義があったのかも知れない。それでも、やった事は反乱だ」
マツリはエイルの横顔をみて続ける
「後は当人達に任せるしかない、と」
その後は会話もなく宿へと向かっていると、後ろから来た馬車から声が掛けられた。
「お客人、馬車をお忘れですよ」
「「あ」」
マツリとエイルは御者に礼を良い、宿まで送り届けてもらうのだった。
翌朝、宿までサイアリスとレフィがやって来て、護衛案件が終了した証明に書類に署名をしてくれた。これで晴れて案件完了。探索者ギルドで報酬を受け取れる。
「お二人には大変お世話になりました。お二人のご協力が得られなければ、今回の勝利は無かったと思っています」
サイアリスからの丁寧な礼を受けた。
「当分の間は大変そうだけど、頑張ってね」
マツリが気楽に返すと、サイアリスは苦笑を浮かべた。
「お二人は迷宮都市群に向かうのですよね?東側の国境を超えたザハト帝国は極度の汎人種主義です。こちらをお持ちください」
レフィからエイルに手渡された小箱を開けると、中には青味のある天銀製のイヤーカフスが入っていた。
「魔道具?」
エイルはイヤーカフスを手に取って眺めてみる。全体的には円筒形に切れ込みが入ったような形状で、両端に金色の差し色に金色が装飾されている。この切れ込みの部分を耳の外縁部分に被せて固定するのだろう。
「はい。認識阻害の効果がある物です。身に着けると耳の特徴に意識が向かなくなるそうです」
サイアリスの説明を聞いて、エイルは早速左耳に取り付けてみた。
「こんな感じ?どう?」
「……。エルフ耳だと知ってる人間の認識には効果なさそう?」
マツリは肩を竦めてみせる。サイアリスとレフィも同様で、特に変化は感じ取れなかった。
「初対面の時から付けていれば分からない筈……なので、追加報酬としてお持ちください」
サイアリスはやや困った顔をしていたが、これから会う人にはきっと効果があるのだろう。
「ありがたく、頂戴いたします」
エイルはサイアリスに礼を返した。
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