第6章 第19話 悪魔族と闘技場
迷宮百五十階層。
とうとう最前線まで追い付いた。この階層を探索階層記録プレートに記録出来れば今回の目的は完遂である。
百五十階層は上級悪魔族がゴロゴロ住んでいる。ここが魔界ですか?というくらいに沢山いる。上級悪魔族がゴロゴロいるなんて普通で考えれば悪夢のエリアであるが、≪黒絹≫にとっては最早餌場である。妖刀・妖鎧の類を腹一杯食わせてやれる丁度良い狩場であった。
調伏未完了の妖刀の類で戦い続ける。二体同時、三体同時の戦いを続けながら正規ルートを突き進む。ここまできてエイルが傍観者側になる必要はないし、青藍と雷閃も蒼い狐火や雷撃を撃ち込みまくっている。
そして正規ルートを抜けてボス部屋の両開きの大扉に辿り着いた。
「えーと、たしか此処の敵って?」
「魔将級の悪魔族だったよね?」
エイルの確認にヒイロが答える。トーコも頷いている。
「あれかー、トラウマ克服チャレンジ、がんばるか……」
エイルが肩を落として憂鬱そうにする。
【百竜百魔の岩戸】で老竜との死闘が終わった直後に乱入してきた魔将級悪魔族はエイルにとってのトラウマであった。やっと終わった死闘に元気な魔将級悪魔族の乱入で戦線が崩壊し、転移トラップを利用した囮作戦で部隊から引き剥がし、かつ未発見だった強制転移トラップによって起こる空間切断で倒した相手である。その際にエイル自身も死に掛け、到着先がマザーの船で無かったら確実に死んでいたという、とても因縁の深い相手だ。
「あの時とは状況が違うし。大丈夫、大丈夫」
ヒイロが呑気とも言える調子で言う。
「あの頃より私もヒイロも強くなっているし、マツリとラクスとアーシェも居るのよ?」
トーコがエイルの肩を揉みながら言う。これは肩に力が入っているぞって意味だ。エイルは深く深呼吸しながら全身を脱力させ、肩以外にも力んでいた筋肉を解していく。
「そうだな、継戦能力がなくなるまで消耗した後の奇襲じゃないんだ。状況が違うよな」
エイルが深く頷き、集中力を高めていく。
「よし、それじゃ行きますか!」
エイルが自分の両頬を叩いて気合を入れ、両開きの大扉を開いていく。
ボス部屋の中は闘技場のような作りになっていた。観客席にはだれも姿はなく、ぽっかりと空いた入場口だけが見えている。エイル達が歩みを進めて闘技場の舞台に着くと、相手側の入場口から身の丈四メル程の魔将級悪魔族が現れた。
その手には人間が扱えば両手持ちであろう巨大さの剣が二本ある。左右の手にそれぞれ剣を持つ、二刀流であった。
青黒い外殻に赤い鱗が混ざり、深紅の角が二本、斜め上へと突き上げるように生えていた。
以前に戦った魔将級悪魔族とはまた見た目が違う気がするが、角の生え方以外の間違い探しが出来る程には覚えていなかった。
魔将級悪魔族が両手に持った巨剣を構え、殺気を込めた雄叫びを上げる。
その戦意がビリビリとした空気の振動となって伝わってくる。
目的は魔将級悪魔族の撃破。決闘ではないのだ。場の演出に呑まれてはいけない。
駆け寄って来る魔将級悪魔族に対し、後衛への壁となるように前衛三名が前へと打って出る。トーコから土行と水行の混合魔法が放たれ、魔将級悪魔族の足元が深い沼地へと変化し、その足をとる。本来相剋してしまう組み合わせをこうも上手く同居させられるのが、エイルをして大陸最強と目する妙技であった。
一瞬で腰まで泥沼に取られ、魔将級悪魔族の進撃が止まる。魔将級悪魔族は泥沼の重たさに業を煮やし、木行の【樹成】で水行の魔力を吸い上げて水気を飛ばしつつ、木行の魔力が土行の粒化した魔力を相剋していく。その身体を【樹成】で持ち上げ立て直した魔将級悪魔族の眼前に、エイル達が迫る。
二刀流を左右に振り被り別々の標的を同時に刈り取ろうとする瞬間を狙い、アーシェスの【閃光】が魔将級悪魔族の視界を一瞬焼いて奪う。
その隙にマツリとヒイロが左右に散り、剣戟から間合いをとって大身槍を取り出し、それぞれに魔将級悪魔族に突き込む。エイルは低く前転するように足元へ潜り込むと、両脚の付け根の腱を一瞬で左右に一発ずつ斬りつけた。下半身の踏ん張りが一瞬抜けて魔将級悪魔族のバランスが崩れるが、その腱と大動脈を断った刀傷は一瞬で修復されてしまう。
しかしその僅かな間は確かな隙となって、雷閃の木行の雷撃が魔将級悪魔族を撃ち、青藍の蒼い狐火が相生されて燃え盛る。
ラクスレーヴェがその相生の流れを止める事開く砂礫嵐で魔将級悪魔族の全身を打ち据え、火の魔力を吸い上げた相生が石礫嵐へと変化する。トーコがその流れを利用して【斬糸】に錬気を乗せて放ち相生することで魔将級悪魔族の全身を拘束する。
足元から背後に抜けていたエイルが振り向きざまに魔将級悪魔族の脊椎目掛けて鬼首落を叩き込み、横方向への重力を込められ重化した刃を喰い込ませたまま手放し、再生を阻害する。
魔将級悪魔族は全身を縛る【斬糸】を排除するべく、自分を中心にして【獄炎】で【斬糸】を焼き払うと、脊椎に喰い込んだ鬼首落により下半身の自由が利かなくなっていて、俯せに倒れた。
エイルが新たに重大剣を取り出して背中に刃先を突き刺し、爆発的に重化させる。錬気で鋭さを増した重大剣が超重量と化して魔将級悪魔族の背中から床へと貫き縫い止める。魔将級悪魔族が青い吐血をしつつなお抗うが、床に俯せで縫い止められた状態ではまともな抵抗が出来ず、マツリとヒイロが大戦斧を頸部に繰り返し振り下ろして、その首を切断させた。マツリが死を確認するべく異空間収納を使い、魔将級悪魔族の死骸が収納されて消えた。
「はぁ~、トラウマ突破か……」
先程までバクバク言っていた心臓が漸く落ち着きを取り戻しはじめ、エイルがボソリと呟いた。
「魔将級悪魔族を完封って私たち凄くない?」
ヒイロが横ピースをキメながらエイルを振り返り、エイルの緊張を更に弛緩させた。
「あの時は三パーティ合同で老竜と戦った直後だったけど、今のパーティならこのパーティだけで老竜を倒して更に連戦でも凌げそうじゃない?」
ヒイロは心からそう思って言い重ねる。トーコもその言葉に頷いて返す。
「いけるだろうね。このパーティはあの頃の三パーティの総力より強い」
そう言われればエイルも頷いて返す。個々人の戦力が段違いに上がっている。装備もあの頃よりずっと良いし、連携も上手くいっている。錬気を身に着けた結果、あの頃の老竜さえ事もなく倒しきれると確信した。
「うし、それじゃ探索階層記録プレート出して帰還するか。竜ステーキ食べようぜ」
エイルが景気付けに竜ステーキを提案すると、皆の頬が緩む。雷閃と青藍すらエイルを見上げて涎を垂らす。また食べて良いの?食べて良いの?という心の声が念話のように伝わってくるので、
「お前たちも一緒に食べよう?」
と言ってやると、青藍が嬉しそうに尻尾をガン振りしていた。雷閃も尻尾をピンと立てて小刻みに震わせ、興奮を隠せずにいる。
「食いしん坊どもめ、今日は贅沢しちゃおうぜ!」
帰還後の食事に思いを馳せながら探索階層記録プレートの用意を確認して帰還陣にて迷宮入り口に戻るのであった。
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