第6章 第17話 竜の巣(2) 紅鱗の竜
蒼鱗の竜の尻尾の薙ぎ払いを受け流したマツリとヒイロだが、無傷でやり過ごせた訳では無かった。大楯を磨り潰すかのような質量の暴力によって弾き飛ばされ、マツリとヒイロの両腕は完全に折れていた。マツリは魔力を熾してナノ・ユニットを活性化させて自己治癒を図り、片手が動かせるようになってからは、ヒイロの骨折の治療に【治癒】魔法を使っていた。ナノ・ユニットと【治癒】魔法に魔力を持って行かれたマツリはさすがに座り込み、マナ・ポーションとマナ・スモークで急速チャージする。大気中の非活性魔素を取り込んで体内で活性化した魔力へと変換する。今のところ、マツリとエイルにしか出来ていない魔力回復の方法だった。ヒイロもトーコに【回復】魔法を重ね掛けされて何とか動けるようになったが、一戦での消耗が激しかった。
幸いな事に竜達は単独行動主義で、あまり群れては来ない。蒼鱗の竜の縄張りだったここなら、まだ暫く休めるだろう。
エイルが見張り役を買って出て、嫁達に瞑想睡眠での仮眠を勧めた。彼女達は雷閃の腹枕で毛布を被って安眠し、枕代わりにされた雷閃は目線だけエイルに向けて困り顔をしていた。
「雷閃、しばらく彼女達を頼むよ」
そう雷閃に声を掛けると、青藍を伴って気配探知をしならが辺りを偵察する。正規ルート上に居るのが一頭、回遊していて正規ルートに入り込みそうなのが何頭か。
最低でももう一度は竜退治が必要そうだ。
とりあえず周囲に仮眠中にやって来そうな気配がない事は僥倖だった。
彼女達の休憩場所に戻ると、雷閃を労ってその首元に抱き付く。ますます身動きが出来なくなった雷閃だったが、尻尾を身体に巻き付けるように回しており、尻尾の先だけパタパタと動かして返事をする。怒ってはいないようだ。寛大である。
しばらく雷閃の首元を堪能すると離れ、マナ・スモークに火を点けて座り、エイルも回復に努めた。
胡坐を掻いた足の上に青藍が寝転がろうとするが、足の上から大幅にはみ出ている。何で?みたいな顔しても君が大きくなったからだよ。首筋をワシャワシャしてやると機嫌良さそうにヘソ天になって尻尾を振っていた。
◆◆◆◆
暫く休憩していると全員が起きて来た。武装を装着し直して攻略再開である。事前に偵察した結果を伝えておく。最低限一頭、回遊状況次第であと数頭との戦闘が予想される。
エイルがルート取りをしている横でラクスレーヴェが罠に警戒をしている。マップをみながらでは罠の警戒がおろそかになってしまうため、代わりに警戒してもらえるのは大変ありがたい。
しばらく進んでいると正規ルート上に居座っている一頭がいる部屋に辿り着いた。紅鱗の竜は丸まって寝ていたようだが、めんどくさそうに鎌首を擡げてこちらを睥睨する。
「紅鱗が美しい竜殿よ。その奥に通らせてもらいたい。小物の相手が面倒なら素通りさせて貰えないだろうか?」
念のため声掛けしてみるが、首筋の凝りを解すように左右に傾げたり捻ったりするだけで回答は返って来ない。
「(また駄目か)」
エイルは肩を落とし早々に諦めると、戦闘開始を予感する。
紅鱗の竜は鼻息を吐くと咥内にちらちらと炎を見せる。
「その火炎息吹が回答とみてよいか」
紅鱗の竜がエイルに火炎息吹を放射する。エイルは予想の範囲だっため、即座に【水壁】で相剋しつつ、その喉元へと走る。
「上から目線で火炎息吹吐くのは悪い癖じゃないかなッ!」
喉元の逆鱗に乱茨姫を刺し込み、その喉奥で棘茨を爆発的に増殖させる。
紅鱗の竜は想定していなかった突然の強撃に錯乱し、首を振って振りほどこうとするが、乱茨姫は根を張る樹木のように棘茨を喉に喰い込ませており、外れない。
「GAAaaaaaaaa!」
エイルは背後を振り返りマツリ達が動き出したのを確認すると、スイッチして後衛に下がる。
錯乱して首を振り回し、釣られて尻尾も大暴れして足踏みを繰り返す竜に、トーコが錬気の乗った金行【斬糸】でその行動を絡め止める。【斬糸】は紅鱗の竜の首に、脚に、翼に、尻尾にと全身を絡め取り、縛り上げる。錬気によってその高度を増し切断力も増している【斬糸】は、苦もなく片翼を斬り飛ばす。
喉元を絡めた【斬糸】が鱗を切断しながら紅鱗の竜を締め上げていく。
マツリが大戦鎚で乱茨姫の石突を徒上げてより深くに喰い込ませ、ヒイロが大戦斧でトーコが切断を狙っている首元に援護の斬撃を叩き込んで、拮抗していた甲殻を砕く。
ラクスレーヴェが金行の【斬糸】に併せ【水牢】で竜の呼吸を封じ、
アーシェスが木行の【樹根】で相生を仕掛け、水牢の水の魔力を吸い上げて砕けた鱗の内部にその根を伸ばす。
ラクスレーヴェが【火葬】で木行の魔力を相生して体内から火炙りにし、
アーシェスが【岩牢】で相生して紅鱗の竜の口を無理矢理閉じさせ封じる。鼻先に現れた岩塊の重みでその首は更に下がる。
トーコが仕上げとばかりに錬気を【斬糸】に込め、土行の魔力を相生で吸いあげて締め上げる力を増していく。縛り上げた【斬糸】は鱗を断ち、甲殻を断ち、肉を、骨を断って斬り刻んだ。
最後には悲鳴一つ上げる事も適わず、紅鱗の竜の肉塊の山が積み上がった。
「竜のサイコロステーキ、楽しみにしてますよ、マツリさん」
やり切った感のあるトーコが羽織りの袖で口元を隠しつつ、マツリに笑ってみせた。
マツリはニヤリとし返して「任せといて!」と返事を返した。
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