第1章 第13話 雇われ襲撃者と陰謀の陰
二日目の旅路も順調だった。馬にはマツリが疲労回復や身体強化を掛けることで、予定より三割程早いペースで進んでいた。エイル達は【コンテナ・ハウス】を使う事で街道沿いの野営地に拘らず進めるため、敢えてペースを落とす事もなかった。
状況が変わったのは三日目の太陽が西へ傾いて、夕刻が近付いてきた頃合いだった。擦れ違い様の馬車から、御者をしていたエイルに矢が射かけられた。
「ッ!!」
エイルは至近距離から飛んできた矢を手甲で弾くと、車内に向けて叫んだ。
「敵襲ッ!!馬車一台!!」
襲撃を掛けてきた馬車から、御者を含め六人の男が襲って来た。
大楯と戦棍一名、片手直剣一名、両手斧一名、弓一名、魔杖一名、短杖一名という構成が見て取れた。野盗というより、探索者パーティの動きと装備に見える。
エイルは即座に御者台から飛び出し、大楯持ちの前衛に迫りなが片手直剣を取り出して上段に構える。大楯持ちは戦棍を後方に引き絞り、楯を前方に突き出す姿勢で走って来る。楯による殴打シールドバッシュが狙いか、引き絞った戦棍による力いっぱいの殴打が狙いか。後方に続く両手斧と片手剣との連携を考慮すると、接敵して楯で視界を塞いでからの他メンバーによる攻撃が本命かもしれない。
エイルは楯持ちに上段からの斬り下ろしを仕掛ける。
楯持ちは楯を上段に斜めして掲げ、受け流しの構えを見せた。
エイルは楯持ちが掲げた楯の端から片手直剣の切先が見えている状態で手を放し、その場に這うように身を伏せつつ、打刀の抜き打ちで楯持ちが前に出していた左足首を両断した。
「ぐあぁっ!?」
楯持ちは上段の攻撃を受け流そうとしたところで意識の外からの一撃に混乱し、倒れ込んだ。楯持ちが体勢を崩し切ったところで首に一撃を刺し込み、命を刈り取る。手放していた片手直剣は地面に落ちる前に、収納へと回収した。
両手斧が下段を払うようにエイルを狙い、片手剣が上への退路を塞ぐように斬り下ろしを以ってエイルを狙う。エイルの背後には仕留めた楯持ちが倒れかけており、後ろに下がる事も制限されていた。
「獲ったぁ!!あぁぁぁ!?」
片手剣の男が必勝を確信して雄叫びを上げ、次の瞬間には目の前の理不尽に目を見開いた。
後ろを塞がれ、縦と横の連携で攻められたエイルのとった対応。下段を払う両手斧の芯を左足で踏みつけにして軌道をずらし、右脚を地面から離すと同時に斧の上で膝を抱えた側宙のように躱しきった。踏みつけられ軌道を変えられた両手斧は地面にめり込んで止まった。斬り下ろしだった片手剣は、打刀で完璧に受け流しきった。
唖然とする片手剣と両手斧の男二人。
両手斧を地面から持ち上げ直す様な時間は与えず、エイルは両手斧の男の首を刎ねた。ハッと自失から回復した片手剣の男は斜め後方へとステップして距離を空けた。斜めにズレたのは、後衛からの射線の確保。エイルはベルトから鉄杭を三本まとめて抜き、空いた射線上を駆ける。慌てて放たれた矢は手にした鉄杭で叩き折り、返す流れで一投。縦回転で飛んだ鉄杭は魔杖を構えた男の顔面を強打してめり込んだ。
「ひっ」
隣に立っていた短杖の男は完全に腰が引けており、すぐに何か出来るような状態には見えなかった。二投目が弓矢の男の胸骨を陥没させ、三投目が短杖の男の頭蓋を砕いた。
「さて。片手剣の探索者君。まだやるかい?」
エイルが片手剣使いに向き直って口角をあげる。
「……いや。降伏する。……こんな化け物が相手とか聞いてねぇぜ」
男は剣を放り出すと、頭の後ろで手を組み両膝をついて降伏をアピールした。
「……で、探索者君への依頼は使用人風の男であったと」
「そうだ。平民相手と見下していたから、貴族か貴族出身の使用人だと思う。歳は五十歳前後で中肉中背、髪は灰色、口ひげを蓄えていた」
「どこで依頼を受けた?依頼の内容は?」
「依頼は領都バーグラム寄りの街道の野営地で。内容はナハートから領都に移動中の馬車の襲撃と、中にいる貴族令嬢を攫うこと。依頼でナハートにいくついでの小遣い稼ぎだった。護衛は成人したてのガキが二人って聞いてたんだが、とんだ化け物がいたもんだぜ」
一通りの事情聴取が済んだら、死体を回収して片手剣使いは縛り上げた。襲撃者の装備と馬車も収納に回収し、馬車を曳いていた馬はエイルとマツリで馬具を取り付けて乗っていく事にした。
「とんでもねぇ魔法の鞄だな。いや、ストレージの魔法か?」
ミノムシのように転がされている襲撃者はその根こそぎ奪われていく様子に、ボソリと呟いた。
「ノーコメントだ。このままバーグラムの探索者ギルド経由で突き出してやるから、向こうでもちゃんと話しろよ?」
「あぁ、分かってる。依頼者を庇う理由もねぇ」
「ラムザ~。死体の探索者プレート、銀級みたいだよ」
「パーティの連携で実力以上の戦果を上げてきたベテランだろうな。身元証明に丁度いい」
現場の処理が終わると、捕虜に猿轡と目隠しをして荷台に放り込んだ。
三日目の夜も【コンテナ・ハウス】で休んだ。捕虜は目隠しのせいで周囲で何が行われているか分からず、ガレージ内に出した自立式のハンモックに放置された。地面に放置されると思っていた男はハンモックの揺れに緊張を溶かされ、あっという間に寝入ってしまった。
そしてリビングでは情報共有と認識合わせの会議が行われていた。
「……なるほど。依頼者は多分、我が家の家令の手の者です」
「なに?実家の犯行なのか?」
「そもそも今回、私達が出かけていたのは隣領の催しへの顔出しだったのですが、この催しに私を送り込んだのが、第二夫人のメレアという人です。メレアは大変野心家で、自分の息子である次男を次の領主にしようとしています。私は第一夫人の長女で、メレアには目の敵にされているのですが、家から追い出すために隣領の男爵家嫡子と勝手にお見合いを組まれてしまい、無視という訳にもいかず、顔出しだけでもと行ってきた帰りでした」
「貴族家の権力争いって怖いね~」
マツリが全力で嫌そうな顔をして、二の腕を摩っていた。
「縁談がまとまれば追い出せるから良し。纏まらなければ消してしまえ、という事かと。家令は第二夫人の縁戚で、次男派です」
「状況証拠として、サイアリス嬢は実家の第二夫人勢による暗殺を疑っていると」
「そう、ですね。証拠が出てきた訳ではないので、状況証拠でしかないのは確かです」
「話には出てこなかったけど、長男は?跡継ぎ候補はそっちでしょう?」
「お兄様は最近体調を崩されて、臥せっている事が多く……。領主の仕事は体力仕事でもあるので、治らなければ次男にも目が出てきたと考えていそうです」
マツリとエイルは顔を見合わせる。
「それ、長男に毒盛られてない?第一夫人の子供を殺して乗っ取ろうっていう魂胆が見え見えすぎない?」
「……。やはりそう思われますか?父がと第一夫人である母が中央に召喚されて不在なのを良いことに、やりたい放題されていますよね……」
聡いサイアリス自身もその疑いは持っているようだった。
「よーし、ラムザ!!サイアリス様とご長男様を助けて、第二夫人を懲らしめるの手伝おう!!」
「マツリ。俺達は探索者であって衛兵や監査官ではない。あくまで依頼で動くという事を忘れるな」
エイルはサイアリスにニヤリと笑って見せる。サイアリスにも言いたいことは伝わったようで、笑顔が伝播した。
「では、探索者ギルドについたら≪黒絹≫に指名依頼させて頂きますね!」
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