第4章 第12話 ヴァルナガルナの迷宮通い(2) 豚鬼の軍勢
迷宮五十六階層。
五十五階層からの下り階段を降りると平原だった。百メル先には視界一杯の豚鬼の軍勢がいた。
「」
徐に階段を逆行し、豚鬼が追ってきてない事に安堵する。
「どうすんのあれ」
「ローエンディアの西迷宮より酷くないですかあれ」
「疲労回復装備絶対必要だよね?魔力の自動回復装備とかないっけ?」
「エイル先生が甲冑衣装デビュー?!」
「しません」
ひそひそと作戦会議にもなっていない会議は続く。とりあえずマツリが甲冑衣装に着替えて疲労回復を優先する。
「うぅ……。姫騎士っぽくて恥ずかしい」
マツリが両手で顔を覆って蹲る。
「「?」」
既に着ている二人は何が恥ずかしいのか分からない。
「豚鬼に姫騎士なんて酷い目にあうやつじゃん!酷い目に!」
マツリが一人でキレているが、何をどう慰めれば良いのか分からず放置する。
「マツリ、とりあえず魔力回復とか疲労回復とかの装飾品とかない?継戦能力が欲しい」
「甲冑衣装着ろし」
「それ以外で頼むってば」
マツリが虚空を見つめて何か無かったかと思案する。
「妖刀【紅雀】と、妖刀【青墨鴉】。紅雀は拵えが紅くて金色の雀?鳳?の図案が特徴で、青墨鴉は拵えが黒っぽい青色してて、銀色の鴉の図案が特徴。紅雀は斬れば魔力が、青墨鴉は斬れば体力が回復するっていう脇差タイプの妖刀。エイルが持ってる筈だけど」
エイルは自分の異空間収納から脇差を取り出して床に並べてみる。ゴロゴロ出て来た脇差の中で、マツリの言った特徴の二本を見付けた。
「これかな?」
マツリはそれを見て頷いた。
「うん、これ。紅雀と青墨鴉だね」
「妖刀か。どんな妖が素材に使われたのやら」
エイルが他の脇差を片付けてその二本を腰に差す。
妖刀は金属素材の他に妖の骨や角など、硬質の物質を原料に加えて作られた魔力を持つ刀だ。使い手が役者不足で妖刀に呪い殺される話など、東方諸島群では良くある御伽噺である。
「エイルなら調伏出来るでしょ。斬りまくって上下関係はっきり理解させるんだね」
マツリが気楽に言うが、実際これから豚鬼の軍勢を相手にするのだ。妖刀を躾けるには丁度良い。
「どうせならもう一本か二本、妖刀あったら教えてくれない?。打刀か大太刀のが良いな」
エイルがマツリに訊くと、マツリはまた虚空を見つめて思い出そうとする。
「大太刀の妖刀【龍閃】。龍の素材が使われてる特級のじゃじゃ馬で、龍の閃光を斬ったとか逸話のあるやつ。調伏できるまで魔力と霊力吸い上げるらしい。あと打刀の妖刀【魂祓】。悪魔族素材が使われていて、相手の魂魄に直接ダメージが入るらしい。これも特級のじゃじゃ馬で、調伏するまでに逆に喰われるかもね」
それぞれの妖刀の特徴を訊いて取り出してみる。
龍閃は深藍色の龍素材が使われているのが判る拵えで、月白色の刃を持っていた。
魂祓は琥珀色の艶のある拵えに、濡羽色の刃を持っていた。
「龍閃と魂祓か。覚えたぞ。お前らも調伏してやるからな」
エイルは龍閃と魂祓は一旦異空間収納に収め、先ずは今回の戦いに必要な夫婦の二刀を躾ける事にする。
マツリは膨大な魔力と霊力で乗り切るだろうが、ラクスレーヴェとアーシェスは若干不安が残るが、この土壇場で妖刀の様な物を渡す訳にもいかず、これまで通りの武装で臨む。
「さて、それじゃ豚鬼の軍勢相手に頑張りますか」
四人は顔を見合わせて大きく頷くと、下り階段を再び降り始めた。
迷宮五十六階層(再)
下り階段を階段を降り切って十メルほど軍勢に近付くと、軍勢側に動きが出始めた。
豚鬼の軍勢の右翼と左翼がそれぞれ前に進み出し、こちらを囲って磨り潰す気で包囲が始まる。豚鬼の軍勢の中央の陣は動かず、包囲が終わるのを待っているようだ。
「豚鬼相手とはいえ対軍勢って馬鹿じゃんッ!ほんとこのダンジョン馬鹿じゃないの!?ラクスとアーシェはお互いをフォローし合え!マツリは判断任せる!俺は中央に斬り込んくるわ!」
叫ぶだけ叫ぶと、エイルは紅雀と青墨鴉の二刀を抜き放ち、豚鬼の中央の陣へ切り込んで行った。
左翼と右翼からの圧力を受けつつあるマツリ達は、お互い背を守り合うように位置取りして迎え撃つ構えだ。
「ちょ、え?先生ほんとに中央に突っ込みましたけど?!」
横目で確認していたアーシェスが戸惑った声を上げた。
「あの二刀を振るならエイルは大丈夫。すぐに大将首を刎ねてくれるから。こっちはこっちで集中しないと」
「マツリ先生が言うなら。私たちはやられないように、生き残るのが仕事ですね」
◆◆◆◆
豚鬼の軍勢の中央陣地に飛び込んだエイルは、二刀の脇差を操って一刀一殺を繰り広げる。豚鬼たちは身体がエイルより大きい。離れた所からだと、エイルが何処にいるのか分からず軍勢が上手く機能していない。
対してエイルは、目に入る者全てが敵だ。簡単でいい。
【血払い】の付与効果で斬り払えば血脂が刃に残らず飛んでいく。一刀ごとに新鮮な斬れ味のまま、振り続けられた。そしてマツリの言った通り、豚鬼を斬る度に魔力や体力が回復するのを感じる。これなら無限に戦える。そういう高揚感に見舞われる。
時折豚鬼の攻撃がエイルを掠め、時には直撃もしているのだが、その損傷はナノ・ユニットが魔力を喰って修復し、紅雀が豚鬼の命を喰って魔力を回復する。動き続ける事で覚えるはずの疲労感すら、青墨鴉が豚鬼を喰らって瞬時に体力が全快する。
「ははははッ!!ヤバいなこれ、頭馬鹿になりそう!!」
斬って刺突して豚鬼の命を喰い散らかす。斬って斬って斬り続けた先に、頭三つ分は周囲より大きい豚鬼が居た。
「大将首か?!ロードか?キングか?エンペラーか?何でもいいわ、死ねッ!」
エイルが二刀で斬り掛かると、この戦ではじめて剣戟が受け止められた。
エイルは再度斬り掛かるが、防御が巧みで浅い傷しか負わせられなかった。
「やるじゃん大物ッ!」
エイルは紅雀と青墨鴉を空中で手放して異空間収納に収め、瞬時に抜いた龍閃で斬り掛かる。龍閃には込めた錬気以上に吸い上げられる感覚がある。実際に吸われているのだろう。豚鬼の大将首はその月白の刃に根源的恐怖を覚え一歩後ずさったが、その事を屈辱と感じたのか雄叫びを上げて大鉈を振り上げ迫って来る。
エイルは大将首の踏み込みに合わせて左斜め前に踏み込む。大将首が降り下ろした腕と大鉈の死角に入ったエイルを、大将首は完全に見失っている。
エイルは渾身の錬気を込めた右薙ぎを放ち、大将首の胴を腹から背まで両断し切った。龍閃が大将首の命を喰らい、もっと喰わせろとエイルを昂らせる。
「喰わせてやるからしばらく黙って使われてろッ!」
エイルは龍閃に念を込めて叫ぶと、大将首の周囲に居た頭二つ大きい豚鬼達を斬り殺す。斬って斬って斬っていると、不意に疲労感に気付き、慌てて龍閃を収納して紅雀と青墨鴉を取り出し振るう。
この二刀は餌の質に煩くない。さっきの龍閃は強い餌を喰いたがっていた。妖刀にも性格があるものだな、と感じつつ体力と魔力を万全の状態まで取り戻すと、再び龍閃で大型の指揮官個体を探しては斬り殺していく。指揮官個体が見当たらなくなると二刀に戻し、豚鬼をとにかく多く殺しながら移動していく。気付けば中央の陣に大型の指揮官個体が居なくなっていた。エイルは左翼側に豚鬼を食い荒らしながら移動していき、大型個体を見付けては龍閃で刈り取る。そうやって大型個体を探して斬り殺していると、左翼にも大型個体が居なくなった。エイルは右翼に移動し、同じように食い荒らしていく。
◆◆◆◆
エイルが妖刀の食欲に振り回されている間、左翼と右翼に挟まれたマツリ達も奮闘していた。死骸で足場が荒れるとすぐに収納し、戦い易さをキープし続ける。一体どれだけ戦い続けたのか分からなくなっていたが、不意に左翼と左翼からの圧力が減っている事に気付いた。
「圧力弱くなりました?」
「多分。そう感じますね」
アーシェスとラクスレーヴェの見解が一致する。
「エイルが総大将倒したんじゃないかな」
マツリが中央の陣を見ながら言った。
「なら、ますます負けられませんね!」
三人は魔力を節約しながら戦っている。体力は甲冑衣装の疲労回復で補う継戦能力を重視した立ち回りだ。
やがて左翼側からの圧力が更に減っていき、右翼側の圧力も下がって行った。
「先生、指揮官個体を殆ど倒したんじゃないの?」
アーシェスの独り言にマツリがくすくすと笑いながら刀を振るう。
「そう思うよね?多分実際そうだと思う」
指揮官個体が全て倒されると、豚鬼の軍勢は組織だった行動が無くなっていた。それどころか、敵前逃亡者まで出始めている。
マツリ達三人の周辺にも、豚鬼が寄り付かなくなっていた。そこにエイルが戻ってきて言う。
「指揮官個体は全部回収した。下り階段まで行けそうだから行こう」
エイルを先頭に道を斬り拓き進軍していく。斬り捨てられた豚鬼はマツリ達が回収して回っている。やがて豚鬼の軍勢だった烏合の衆に遠目にみられつつ、下り階段を堂々と下って行った。




