一撃
彼女は走りながら思い出していた。
赤いシスターの服装が走りに合わせて忙しそうにヒラヒラとはためいている。
こんなに必死で走るのは子供のころに蜂の巣に石を投げつけた時以来ね。
ああ、もう15歳かぁ。
歳をとるのはあっという間ね。
と、現実逃避をしていると背後から声が聞こえた。
「マリー様、待ってくださーいっ」と泣き叫ぶ少女。
すぐに「待ってぇぇぇ」とこちらも泣きながら走っているもう一人の少女。。
走りながら振り返ると後ろにはアンナとモネが泣きながら必死になって走っていた。
こちらのシスターたちは青い色だ。
もう少しで教会だ。
「あと少しよっ、頑張りなさいっ!」と元気づける。
だが少しずつ大きくなる地響きに思わず振り向いた。
遠くに巨大なイノシシがいた。明らかに追ってきている。
大イノシシは開けた場所では滅多に遭遇することはない。
蜂の時は川に飛び込んで難を逃れたけど、どこかに隠れられるような穴とかないかしら。
そう走りながら考えていると目の前に穴らしきものが。
さすがに隠れられそうもないが、その先の光景を見て唖然とした。
穴ぼこだらけだ。ところどころ草も焦げていた。
「走りづらい!!気を付けてっ!」と後ろに向かって叫ぶ。
走るスピードが落ちて大イノシシとの距離がどんどん縮んでいく。
そしてドンッという音とともにアンナが跳ね飛ばされて、すぐにモネも飛ばされた。
「ヒィィィィィィ」と声にならない声が口から洩れていた。
振り返ると大イノシシの顔面があった。
そして強い衝撃とともに空高く跳ね上げられた。
息ができない。背中からの一撃で貫かれたのだ。
高く跳ね上げられた体は放物線の頂点でくるりと回転した。
真下には大イノシシとそれに向かっていく人影。
激痛に気を失う直前に見たのは一撃で地面に叩きつけられたイノシシの姿だった。
イナバたちが建物の裏側に回ると遠くに土ぼこりが見えた。
よく見ると3人のシスターのようだった。
どうやらこの教会を目指しているようだ。
そして後ろには人の倍の高さがありそうな巨大なイノシシのような獣の姿が。
手前は皆が力を試した跡なのか、地面がボコボコになっていた。
この地面ではまともに走れないだろう。
一番後ろを走っていた人影が一人、二人とイノシシの牙で跳ね上げられた。
「危ないっ!」
次の瞬間にイナバが走り出し、トーコとリンも飛び出した。
しかし距離が遠すぎた。先頭を走っていた修道女らしい人影もすぐに跳ね上げられた。
もっと早く。そう思いながら急ぐとあっという間に距離を詰めた。
すぐ目の前に現れた巨大イノシシの顔、こんな獣は見たことがない。
しかし恐怖よりもを襲われた人を助けなければという気持ちが勝った。
そしてイノシシの頭を反射的に地面へと殴りつける。
大きな音とともに地面に叩きつけられる巨大イノシシ。即死だ。
上から落ちてきた女の子をイナバは受け止め、彼女の怪我を見て顔をしかめた。
イナバが抱えていた女の子は修道女のような服を着ていたが、腹から血を流し呼吸も出来なく苦しそうな表情だった。
急がなければ。
イナバはそう思うとすぐに振り返って教会の近くにいるルーシェに向かって走り出した。
泣きそうになるのを抑えて叫んだ。
「ルーシェさんっ!助けてくださいっ!」
トーコとリンも最初に跳ね飛ばされた人を抱えて戻ってきた。かろうじて息はあるが重体だ。
こんな酷い怪我を間近で見るのは初めてで二人とも泣いていた。
後からやってきた天使ルーシェが三人を見てすぐに指示をだす。時間がないのが一目でわかったからだ。
「3人をそこに!」
イナバたちが3人のけが人を並べて地面に横たえる。
ルーシェが3人に手の平を向けて静かに唱える。
今すぐに使えそうな魔法がこれしか思い浮かばなかったのだ。
「メガ・ヒール」と小さく呟くと白い光が辺り一面を包み、ヒラヒラと白く光る小さな羽が舞い落ちてきた。
そしてゆっくりと三人の傷がふさがり傷跡が消えていく。
流れ出た血も消え、破れていた服の穴までが修復されていった。
驚くことに背後にあった教会や庭らしきものも、同時に修復されていった。
そして三人とも目は覚まさないが呼吸が落ち着いたようだった。
もう安心だとイナバたちは息をついた。
落ち着いたところで、よく見ると全員まだ10代といったところだろうか。
先頭を走っていた子だけ服の色が赤だけど官職なのだろうか?
ほかの子は青いシスター服だった。
じっと見ているとまだ涙目のトーコが一言言った。
「あんまり女の子をジロジロと見つめるもんじゃないよっ」
イナバはそう言われてたじろいで目をそらした。
「あ、ああ。と、とりあえず建物の中まで運ぼう。」
「彼女たちは任せてイナバはあそこの地面ならしといて。なんか危ないから。」
と、トーコが言うと分かったと答えるしかなかった。
リン、ルーシェ、ミアたちがシスターたちを運ぶのを横目にイナバがクワで地面をならし始める。
こういう作業は意外と好きだ。
しかもこの体だとクワも軽々と扱える。
あの三人が心配だったが、ルーシェさんたちに任せておけば大丈夫だろう。
しかし建物まで直してしまうなんて思わなかったが、
確かにそんなショート動画もあったことを思い出した。
プチヒール、ヒール、ハイヒール、メガヒールと段階的に回復魔法をかけていく動画だ。
「さすがです、ルーシェさん」と小さく呟き、作業を続けようとすると今度は上機嫌に歩くトーコが視界に入った。
イノシシの死体に向かって歩いていくトーコ。
「お肉~、お肉~、肉ゲットォォォ」とテンションが高い。
そしてイノシシの足を掴むと引きずりながら鼻歌交じりで建物の裏側へ消えていった。
動物の解体作業なんて絶対に自分では無理だろう。いや、トーコ以外には無理だろう。
色々なことが頭に浮かんだが、いつのまにか地面の穴をほぼ埋め終えたのに気付いて教会へ向かった。
助けた3人の女の子は女神像の前に並べて寝かされていて、背中には王様のマントが敷かれていた。
ふと見ると女神像の裏からトーコが口に指をあてて手招きしているのがわかった。
イナバは3人を起こさないようにそっと女神像の裏側へとまわった。
そこには全員集まっていた。
王様がイナバに真顔で言った。
「イナバさん、あの子たちを送り届けてくださいませんか?そして、この世界の事を教えてもらってください。」
「トーコさんとリンさんも一緒に行って情報を集めてください。言葉や文字。お金のこと、稼ぎ方。文明レベルやどんな社会なのか。
知りたいことは沢山ありますが、まずは生きていくことに必要に知識です。」
それから魔王デュークと天使リューシェを見ながら
「あと、魔王とか天使についてもそれとなく聞いてみてください。騒ぎになる存在だと思いますので」
そこにサキが一言付け加える。
「あなたの姿も騒ぎになりますよ、王様。」
「マジですか」と王様。
「マジ、思いっきり浮いてるよ。」とトーコが返す
確かに王様っぽい人が王様っぽい服装で不通に街を歩いていたら目立つだろう。
「と、とにかく情報を集めてきてください。我々はここで待っていますので。」
王様はそう言って思い出したかのようにトーコに
「あと、食べ物もお願いします。おいしいけど芋ばかりでは、、」
「わかったわ、まかせて」とトーコ、薄気味悪い笑みを浮かべながら、
「異世界の食べ物、ウフフフフフフ」と料理研究家の魂に火が付いたようだ。
しばらく話をしていると「そろそろ目を覚ましますよ」とリューシェが言う。
イナバ、トーコ、リンの三人は彼女たちのもとへ向かい、目が覚めるのを待つことにした