やっぱり転生
初投稿です。
ゆるい気持ちで読んでくださると幸いです。
4月のある日、午後も過ぎた頃、吉祥寺駅より少し離れた場所にある古いビル。
三階にある狭い会議室で7人の男女たちがパイプ椅子に座りながら、ホワイトボードに注目をしていた。
ホワイトボードに書かれた文字を横に立っている痩せた中年男性が声を張って喋りだした。
「皆さん、今夜は全員そろっての初ライブとなります。」
そして少し間をおいてから、
「私は歌いませんがゲスト参加として王様を用意しています。」
一瞬ざわつく会議室。
「社長!マジですか?」
一番後ろに座っている長身の男が問いただした。
社長と呼ばれた中年男性が答える。
「マジです。サプライズゲストとして飛び込む予定です。」
一同ため息を付きながら、窓側に座る小柄な女の子が一言
「あまり目立たないでくださいね。」
その言葉に皆うんうんとうなずく。
社長はそんな態度も気にせずに続けた。
「では皆さん、移動してリハーサルを行いましょう。そして必ず成功させましょう」
と、手のひらでホワイトボードを叩く。
ホワイトボードにはこう書かれいてた。
『異世界転生7 生ライブ』
そう、彼らは最近人気急上昇中のVチューバーグループの7人だった。
VチューバーとはCGで作成されたアバターで活躍する動画配信者のことだ。
現在、数万人のVチューバーが存在し、まさに群雄割拠の時代であった。
そう、さっきまでいた世界では。
空が澄んでいるな。
最初に出てきた感想がそれだった。東京の空を見慣れてしまった彼は故郷の空を思い出していた。
「。。。いや、ここは何処だ?」
全員社長が運転する小型バスに乗ってスタジオに向かっていたはず、
誰かの叫び声、落下する浮遊感と衝撃。そして闇。
交通事故だったのだろうか。仰向けになって気絶していたのだろうか。
体に痛みはないようだが、背中の感触がごつごつと硬い。
少しぼうっとしていたが急に他の人たちの安否が気になり上半身を起こした。
「みんな、大丈夫!!?」
見渡すとあり得ない光景に一瞬混乱する。
そこにいたのは全員、Vチューバーのアバターだったのだ。
まさかと思い、自分の着ている服を見る。
間違いなくアバターの水色の服、農民の姿だった。
幸いにも怪我はないようだ。
そして彼の声で気が付いたのか次々に同じような反応をしている。
皆無表情でキョロキョロとあたりを見渡していた。
そんなみんなの反応を見ていると深刻な状況であるにかかわらず、声を出して笑ってしまった。
そんな彼の姿を見て皆同じように笑い出した。
だれも取り乱さないのは異世界転生という状況を一瞬で理解できるほどにジャンルとして浸透していたからだ。
そんな中、いかにも「王様」のような恰好をした男が立ち上がって話し出した。
「皆、大丈夫ですか?ケガは、、、なさそうですね」
一通り見渡して「王様」は動揺しないように深呼吸をした。
王様っぽい口ヒゲの先が少しだけ揺らめいた。王冠と赤いマントがいかにも王様っぽい。
威厳はありそうだが威圧感はない不思議な感じがする。まあ中身は一般人だしそんなものなのだろう。
「わかると思いますが、私です。社長の安藤です。皆さんも確認のために自分がだれなのか話してください。」
王様から一番近くにいた男が最初に答えた。
「農民のイナバです」
青いオーバーオールに白い長そでのシャツ。
農民にしては綺麗すぎるがVチューバーとはそういうものだ。
安直だが背中にクワを背負っている。
農家出身ではないが、社長に農民役が似合いそうだと言われてこのアバターとなった。
親戚の農家に頼んで畑などを借りて野菜作りや稲作なども配信している。
美形ではないが素朴な性格が好かれて幅広いファン層を持っている。
イナバが話すとほかの人も話し出した。
「魔王のデュークです。」
と、気まずそうに言ったのはいかにも魔王様といった黒い衣装の長身の姿である。
黒い長髪に10センチくらいの2本の角、絶対に街なんかに行ってはいけない。
大騒ぎにな様子が目に浮かぶ。
配信では強気の発言で女性ファンが多いが、実際には小心者で優しい男である。
「猫族のミアだよ。」
少し眠そうに話した茶色いショートカットの彼女は猫族という設定だ。
といっても猫耳と尻尾があるくらいの違いだが。
まともに働きたくないという理由でこの業界に入ったが、配信中に寝落ちすることも度々。
寝落ちはファンには容認されているので反省はしないと公言している。
5分間喋らないと猫の姿になるアバター設定で、それを期待するファンもいるとか。
「サキ、魔法使い。」
会議室で社長に茶々を入れた女性だ。
一番小柄な体に大きな帽子、紺色の服にミニスカート、そして真っ白な魔法の杖。
白いのは髪の毛だけではなく眉やまつげもだ。
おとなしそうな顔と性格だが、炎上も恐れない毒を含んだ発言で度々切り抜かれて動画のネタにされている。
一部のファンからはロリ担当と呼ばれている。
「リンです。吟遊詩人エルフのリンです。」
薄い緑色の衣服をまとった彼女は、元アイドルだったらしい。
所属していたアイドルグループが不自由でもっと自由に歌を歌いたいとの理由でアイドルをやめたそうだ。
数いるVチューバーの中でも歌唱力はトップクラスだ。
エメラルドグリーンの瞳と髪の毛がエルフというイメージにピッタリだった。
背中の弓はエルフのお決まりらしい。
「料理人のトーコです!」
と誰よりも元気に言ったのは赤い髪の女の子は料理研究家兼Vチューバー。
ライブで配信する実写の料理配信は彼女の人気コンテンツとなっている。
背中には注ぎ口のついた深めの大きなフライパンとおたま、腰には包丁とスパイス瓶とオリーブオイルなどトーコの7つ道具と呼ばれている装備だ。
安直なデザインだと言われているが本人は気に入っているようだ。
よく食べているせいか色々と発育がよろしい。
「天使のルーシェです。」
一人だけまとっている空気が違っていた。実際に少し光っている。
大きな天使の羽、美しい金色の長い髪。モニター越しにみる姿も美しいが実体化された姿が神々しい。
話し方も常に優しく丁寧でキャラを演じるまでもなく普段から天使のようなのだ。
彼女が人前に出てしまえば魔王と逆の意味で大騒ぎになるだろう。
それを聞いて「王様」は言った。
「なるほど、全員自分のアバターの姿になったと。信じられませんが転生ってやつしょうね。」
この状況では誰も否定することもできず、王様の次の言葉を待った。
「とりあえず、ここがなんなのか調べましょう。屋根はないですが、教会っぽいですし。」
あたりを見渡すと、朽ちた小さな教会のような建物であることが分かった。
天井が半分ないため、風雨にさらされた椅子の隙間から草が生えていた。
まだ屋根の残っている少し奥のほうに大きな台座に乗った女神像のようなものが置かれている。
その像は両手を胸のあたりで組み、視線がこちらを向いているようだった。
何かしゃべりだしそうな予感がして、惹かれるようにその前な集まった。
よく見ると女神像とその周りだけは掃除されているように綺麗だった。
ぞして皆が見つめていると女神像が弱々しく光りだした。
「皆さま、私は女神のレイアといいます。」
王様が何か話そうとしたが、それを遮って女神は話を続けた。
「今は時間がありませんので手早く説明します。あなた達は不慮の事故で全員命を落としました。
そして私は消えゆく魂をこの世界に召喚して、あなた達を世界に認識されていた姿と力で再構成しました。」
王様がその言葉に対して疑問を「なぜ」と一言口に出した。
女神さまは続けて答えた。
「あなた達は命を失う運命ではなかったし、あなた達の魂を私がとても気に入ったからです。
だから、この世界で自由に生きてください。あなた達の力があれば、、、」
そういって女神は消えてしまった。
黙り込む一同。
死んだ実感はないのに、死んでしまったという事実。
残してきた家族は、友達は、悲しんでいるだろうか。いろいろな事が頭をグルグル回っている。
重くなった空気の中、魔法使いサキが一言つぶやいた。
「もう顔バレも心配しなくてよくなったな」
顔バレとはVチューバーの中の人の顔がばれてしまうことで、Vチューバーがもっとも恐れている事故である。
実写配信をする場合、反射して顔が映り込みそうなものはガムテープを巻き付けたりと気を使わなければならない。
「私は顔バレしても気にしないけど」
と料理人トーコがいうと
「うん、私も」
と、エルフのリンもそれに同意する。
それを聞いて他の人たちは、驚いた顔をしながら二人を見て同時に「なんで?」と、声をそろえて言った。
それが可笑しくて噴き出してしまったイナバをきっかけに皆一斉に笑い出した。
「だってスプーンで顔バレかけたし」
それはトーコが配信で作った料理を食べようとしてスプーンに顔が映り込んでしまった事件のことである。
スプーンの曲面で歪んでしまったので素顔はバレなかったが、歪んだ曲面から復元した顔が人ならざる顔としてネットニュースに取り上げられたのだ。
「復元トーコ」とサキが一言。
その画像を思い出して皆一斉に笑い出した。
それまでの暗い空気が一変して、明るくなったのを感じて王様が大きな声で話し出した。
「皆さん」
皆が自分のほうを向いてることを確認して話しはじめた。
「皆さん、とりあえず今後のことを考えましょう。
今後どう生きていくか考えなくてはいけません。」
「ですが、その前に女神様が言っていた、認識された力のことを確かめないといけません。」
はっと気づいて料理人トーコが言った。
「あのさぁ、認識された力ってもしかして、あのゲームとかショート動画のことかな?」
あのゲームとは、このVチューバーグループが有名になるきっかけとなった無料の格闘ゲームである。
毎週のようにバージョンアップされその度に人間離れした強さと技が追加されていった。
プログラマもノリノリで勝手に変な技とか演出も加えられていったのだ。
ゲームバランスもゲームシステムも無茶苦茶になってしまったが、無料配布されていゲームなので炎上することもなく評価は上がっていった。
それどころか視聴者の書いた無茶なコメントを拾って実装してしまったのだ。
「皆さん、外で力を試してみてください、できる限り力を出しすきないように弱くお願いします。」
王様の言葉で皆、建物の外に出て行った。
イナバだけを残して。
この中で唯一、イナバだけが魔法を使えないのだ。
王様ですらゲームのラスボスとして魔法攻撃が実装されているのにである。
しばらくすると外から激しい音や地響きなど起きていたが、それもやがて収まった。
ただ一回だけ打ち上げ花火のような遠くへ火の玉が飛ぶような音がしたのが気になった。
そして強張った表情で一同が帰ってきた。
いつも冷静なサキの鼻息が荒い。
「マジで魔法できた。ヤバイ」
とイナバに話しかける。
後ろから来た魔王デュークが言った続けて言った。
「危なすぎて技なんか出せないよ、力を抑える練習しなきゃ」
「マジですか?」とイナバが聞くと料理人トーコが代わりに答えた。
「ゲームのまんまだよ。もしかしたらショート動画で出していた力もあるかもしれない。」
猫族のミアが話に割り込み、
「じゃあ一番強いのはイナバかもね」
と言うと皆うんうんと頷いた。
「いや、そんなことは、、、、あるかも。」
開発者が悪ノリしてイナバだけゲームバランスを無視した技が多数あり最強なのだ。
まあ、ほかのメンバーも物凄く強いのだが。
突然、トーコがイナバを指さしながら言った。
「ねぇ、あの技出せるかな?クワ振りながら進むやつ」
一同、「あっ」という顔をしてイナバの顔を見る。イナバもそれを察して外へ向かう。
全員イナバについてゾロゾロと歩いていく。
初めて外を見たイナバは驚いた。広々と広がる草原と青い空。
季節は春だろうか?草原の香りが心地よい。
ゆっくりと眺めたかったが皆の視線を感じたので草原に歩き出してクワを振り上げた。
うまくできるだろうか?
額に緊張の汗が流れる。
すぅっと深呼吸をするとゲームのイメージを浮かべる。
そして次の瞬間、畑を耕すようなモーションであっという間に5メートルほど進んだ。
体もクワも驚くほど軽く感じた。
背後には耕された土となぜかジャガイモが所々に落ちていた。
そして歓声。
「イナバくんやったよ!食べ物がないことにはどうしようもないからね。」
と王様が喜びながら言った。
格闘ゲームの技の一つだが、相手に当たらず空振りするとジャガイモが掘れるという技である。
「あとは私たちに任せて!」
芋を拾いながならトーコがサキに言う。
「サキちゃん、芋洗いたいから水出して!」
「まかせな」と親指を立てるサキ。
杖で空中を指すと、水の玉がみるみる出来上がる。
1メートルくらいになったところでサキが合図する。
「トーコ」
トーコが芋を放り込むと、サキが杖の先を小さく回転させる。
洗濯機のように回転する水流の中で芋がきれいに洗われていく。
「サキちゃん、火!」
今度は火の玉を空中に出現させる。
トーコは左手でフライパンを火にかけ、腰の瓶を取りオリーブオイルを注ぎ始める。
決してなくならない謎のオリーブオイルだ。
油が煮えてくるとトーコは綺麗になった芋を見極めて水の中に突っ込むみ次々と空高く放りあげた。
そして右手で腰から包丁を抜くと落ちてきた芋を瞬時にくし切りにして油のなかに受け止めた。
当然のように芋が盛大に油を飛び散らせる。
「あちあちあちっ」と少し慌てるトーコ。
「アホだ」とつぶやくサキ。
やがてパチパチといい音がなりだす。
目を閉じ油の音に集中するトーコ。
誰にも判らないような小さなパチンという音を聞くと背中からおたまを取り芋を抑えながらフライパンを傾けて瓶に戻している。
決して劣化しない謎のオリーブオイルだ。
「サキちゃん塩!」
すぐに「いや、ないよ」と答えるサキ。
「知ってる!」と返しながら腰から塩のビンを取り出す。
さっくりと揚げられた芋に塩を振りフライパンを振りながら混ぜる。
フライドポテトの完成だ。
だけどフライパンを置くちょうどよい場所がないためトーコはイナバにこう言った。
「イナバぁ、そこの倒れてる柱持ってきて」
トーコがおたまを向けた先には直径1メートルくらいの折れた石の柱が転がっていた。
「いや、無理です。腰折れます。」
イナバは断るが
「大丈夫だよ、この体は半端ないから。」
と返されたので半信半疑のまま折れた柱に近づく。
持ち上がるわけがない思いながら折れた断面側に立って両手でつかんだ。
「よっこいしょ」と、
お腹に力を入れて持ち上げようとした瞬間に軽すぎて後ろに倒れそうになり、そのまま何歩か後ずさりする。
発泡スチロールで出来た張りぼてのような感じがしたが、手のひらに感じる質感や冷たさは紛れもない石だ。
皆のほうに顔を向けると、にやにやと笑みを浮かべて一斉に見ている。
一呼吸し落ち着きながら、円柱をトーコの前にテーブル代わりにそっと置いた。
「な」
と、トーコがイナバに言う。
世間がイメージする「力」か、とイナバは軽々と岩を持ち上げてぶん投げる動画を思い出した。
トーコは考え込むイナバをちらりと見ながらフライパンを円柱の断面に置いた。
「冷めないうちにどうぞ」
と言うと皆それぞれ手を伸ばしてフライドポテトを食べ始めた。
「喉乾いたら飲んで」
サキが空中に野球ボールくらいの水を何個も浮かせた。
「うまいニャ」とミアが言うと、王様が「絶妙な塩加減、さすがです」と言う。
「青空の下で食べるポテトもいいですね。」とルーシェ。
天使がポテトを食べる珍しい姿に王様が言った。
「ファストフードの案件こないかな。」
何度かフライドポテトのお代わりをしてお腹が膨れて落ち着いたところで王様が言った。
「さて、これからどうするかですが」
と、言い終わったところで建物の反対側から地響きと叫び声のようなものが遠くから聞こえてきた。
そしてそれは少しずつ大きくなりこっちへ向かってきているようだった。