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第1話「主人公、鈍感の兆しなり」

 アルフガレル地下迷宮。


 それは最難関のダンジョンに分類され、難易度「獄」を誇る一度入ってしまったら何人たりとも帰ることは許されないこの世の地獄である。


 そんなダンジョンの最下層で、腰に刀を携え鼻歌交じりに歩いている一人の少年がいた。

 名を銀という。彼はこの世界に生まれ落ちた者の一人であるが、別世界の記憶を持っていた。

 つまりは、転生者というわけである。


「相変わらずあっち~なぁ。ここは真夏の車内かってんだよ」


 ちなみにこの世界には車など存在しない。そのような技術的に優れた産業は発展しておらず、その代わりとしてこの世界は魔法がある。


「うへぇ、デカムカデじゃん。こいつ食べられないくせになんか臭いしドロップも暑苦しい鎧しか落とさないから嫌いなんだよな」


 銀の目の前に現れた高層ビルくらいの長さのムカデは、ジャイアント・ヘルアーマー・ワームといい討伐難易度は驚異のA-である。A-というのは、大体上級冒険者(B~C)が束になって挑んでようやく勝てるレベルの強さだ。


「まあ、もう"斬った"んだけどね」


 しかし、そのA-も銀によって一瞬にして輪切りにされ、音もなく消え去った。


「ええっと、ドロップ品は……」


 彼は人差し指を突き出し、空気をかき回すように動かす。

 これは他人から見た場合であり、実際は空間に映し出された画面を指でスクロールしている。

 いわゆる転生特典である。解体する必要もなく、素材やその素材からつくられた製品を入手することができ、そのときに目録が映し出されるといった仕組みだ。


「うーん。やっぱり微妙だな。ムカデの足とかこんなに要らないだろ。爪楊枝にでもするか?」


 なお、このムカデの足は粉にすると毒や麻痺を事前に防止する薬の材料になり、ギルドに戻った際受付嬢に感謝されることになるのをこの時の銀は知らない。


「そろそろお腹が減ってきたな。ここらへんで飯にしたいところだが」


 腕を組みながら周囲を見渡しているが、これといってめぼしいモンスターはいなかった。


「……ん?気のせいか?今、鶏の鳴き声みたいな音がした気がしたんだが」


 どうやらこの男、極度の空腹状態で幻聴を起こしてしまったらしい。実に哀れである。


「1層?いや、2層下か」


 地面に耳を当てそう呟くと、起き上がり、直後抜刀した。


「斬ァ!!」


 銀の目の前の床に綺麗な正方形の穴が開き、そこから飛び降りた。


「PHUUUUUUUUUGAAAAA!!」


 そうして目に入ったのは、青い炎を纏った鳥が、二足歩行の牛に噛みついているシーンであった。


「クックック……アーッハッハ!!最高だ!!今日は焼肉だな!!豚がいれば完璧なんだが仕方ない!!」


 そうして銀は再び腰の刀に手をかけて――抜刀


「GUGYAAAAA!!」


 二足歩行の牛は一瞬にして、刀の錆……にすらならず消えた。


「おお!!特産A5和牛全部位盛り合わせセット出てんじゃん!!」


 ほくほく顔でドロップ品を確認している銀に、蒼炎の渦が巻きつく。


「PHYAAAAAAA!!」


 通称《不屈のサファイア》と呼ばれるこの青い炎を纏った鳥は中級ダンジョン以上でたまに見かけるフェニックスの変異体である。フェニックスと同様の性質を持つこの鳥は、死ぬたびに強くなる。己が負けを認めるまで再誕し、その炎はすべてを焼き尽くす鮮やかな青となる。

 この鳥の真価は、ダンジョンの難易度により遷移する。なぜなら、この鳥は敗北数が多いほど強く大きく燃えるからである。精神もそれに伴い太く折りづらくなり1度や2度の勝利で負けを認めることはなくなる。

 であるからして、上級ダンジョン以降では不屈のサファイアの討伐数は極端に減少しており、万が一ダンジョン内で出会ったとしても避けて通るものが多数派である。


「一瞬忘れてたからって妬くなよな。お前が本命だから安心しろよ。気が済むまで何度でも相手してやるからさ」


 銀は鞘から刀を抜くと同時に1度、2度、3度と目にも留まらぬ速さで切りつけた。


「まだやれるよな?」


 手を止めることなく刀を振り回し続ける銀に抵抗するように、青い鳥は燃え盛る。


「頑張れ頑張れ。お前の上には後大体数千匹程の鳥がいるぞ」


 一時間後、青い鳥はもうそこにはおらず、ただ肉を焼いて食べている男のみがいた。


「本日の鳥、2895回で238位と。意外と長く耐えたよな」


 銀は串にネギと鳥を刺したものを七輪で焼きながら、ノートに記していた。


「あ、今まで焼いて食べてたけど、あの鳥燃えてたし生で食っても食中毒の心配はないのでは?」


 鳥の油が炭に落ちパチパチと鳴る。


「ノートに書いとくか」


 その胸を記述し、ノートから顔を上げると七輪を挟んだ向かいに人が座っていた。


「あ?誰だ?」


 女は銀に目もくれず串を横にして焼き鳥にかぶりついていた。


「うま~~~!!これは売れるわね。どう?王都で店でもやらない?」


「やらない。というか誰だよ。人様の串勝手に食べやがって」


「あら?私のこと知らないのかしら?」


「知るか馬鹿。それよりこの串の代金、高くつくぜ。なんせ市場には出回らない特別な肉を使ってんだからよォ」


「そうだったのね!納得の味だわ!!大方、不屈のサファイアってところかしら?」


「へえ。いい舌だ。なら、言いたいことは分かるだろ?」


「ええ。こちらも相応のものじゃないとね。じゃあ……こんなものはどうかしら」


 女は銀にある1冊の本を渡した。


「これは市場に出回ることが少ない伝説の本なの。少し串1本にしては価値が釣り合ってないけれど挨拶として受け取ってもらえると嬉しいわ」


「本か。あまり嗜むわけじゃないが、この著者の本は価値が高いと聞いたことがある。串1本の価値として釣り合うかは知らないが。だが、一先ず信じるとする。……大冒険家カルラ・クレバスの名を担保にしてだがな」


「あら。バレてたのね。案外鋭いわぁ」


「いや、ここ獄だから。来れる奴限られてるから。それに容姿も特徴的だしな」


 その後女、カルラと銀は笑いながら話に花を咲かした。


「6階層の魚って小さくて可愛い奴ばかりだったわよね。アレくらいのやつばっかとエンカウントしてたらもっと楽にここまでこれたのに」


「え?キモイ奴も十分にいたでしょ。確かに浅瀬は小さくて毒もない矮小な魚ばかりだったが、深く潜ったらキモい・デカい・マズいやつばっかだったぞ。多分この階層より強い奴もいた気がするしな」


「……私、次から浅瀬のみ探索することにしようかしら」


「らしくないな。大冒険家さまが」


「ああ!!そういうこといってからかうなんて酷いわ!!」


 それから下らない話で盛り上がった後、一息ついてカルラは銀に問いかける。


「銀は将来の夢ってある?」


「ない。俺は今が一番しあわせだ。今を維持するのが今の目標だ」


「そっか。……私はね、お店を持つのが夢なの。小さなお店でもいいから、美味しい食べ物を提供するお店がいい」


「そうなのか。意外だな。このまま冒険者を続けるのかと思ったぞ」


「ううん。私、あまり料理が得意じゃないから、作ってくれる人を探しているの。私が食材担当でもう1人が料理担当。そしたら冒険者も続けていけるでしょ?」


「それは……天才だな」


「だから、銀も、もし、もし冒険者飽きたら、うちに来てもいいよ。特別にコックとして雇ってあげるからさ」


「それは……無理だな」


「それは、なぜ?」


「俺が冒険に飽きることはないからだ」


「も、もう!!飽きたらって言ってるでしょ!!」


「飽きない。だから、その問答に意味はない」


「むう!!銀の馬鹿!!」


 カルラは立ち上がり、床に置いた荷物を装備した。


「これ、アーティファクトなの。古代遺物」


 突然、カルラはサクランボのような鈴を銀に見せつけ、2つのうち片方を銀に渡した。


「これ、持ち主に危険が近づくと凛々と鳴り続けるのよ。そして、持ち主が死んだら鳴りやむらしいの」


「で、俺とカルラがこれをもって何の意味がある?」


「万が一っていうじゃない?私が死んだら、あなたは私の墓を建てなさい。あなたが死んだら私はあなたの墓を建ててあげるわ」


「おいおい、俺は別に」


「こればかりは断ることは許さないわ。あなた、このままだと誰も知ることなく、死んでいくことになるわ。もちろん私もそう。それって悲しいじゃない?」


「勝手なことを。俺は死なない」


「……そう。要らないなら返して頂戴」


「いや、返すこともしない。なぜなら、カルラが死ぬ前に助けることができるからだ」


「ハ、ハア!?死にませんけど!!なに!?も、もしかして私に惚れた!?」


「惚れてはいないが、友を失うのは辛いだろ。少しでも危険から助けられる可能性があるならば、この鈴は大切に扱わさせてもらう」


「あ、あなたね。私たちは冒険者なの。あなたのその思想は致命的に冒険者として向いていないわよ」


 カルラは顔を赤くして銀を睨みつける。


「大冒険者さまのご高説ありがたいな。じゃ、俺はもう行く」


「ま、待ちなさいよ!!」


「なんだよ」


「わ、私も行くわ!!」


「いや、来んな」


 銀は道をふさいできたカルラを押しのけて走りだした。



――――――――――――――――――――――――――――



「たまたま同じ道なんて奇遇ね。銀」


「さすが、大冒険者さまは違うね。……お前は俺に喧嘩を売ってるのか?」

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