ヒーローは絶対に泣かない9
玲奈だけでなく、周りのお客もある一点を見る。当然俺も。
しばらく経っても誰も動かない。
こんな小さな子が泣いてるというのに、どうして誰も助けないんだろう。
手を差し伸べることのほうが、正しいと皆わかっているはずだ。だけどきっと考えてしまうんだろう。もしかしたら母親はもうすぐそこかもしれない、自分が声をかけたら更に泣くかもしれない、一緒にいる友達や恋人に面倒ごとに首突っ込みやがってと思われるかもしれない。だから皆手を差し伸べない。
俺はそれでも正しい方を選ぼう。
俺は子供の方に一歩踏み出す。しかし、先に子供にたどり着いたのは玲奈だった。
「大丈夫、どうしたの?」
玲奈は子供と少し話すと、俺に「迷子だって」と言う。
競っているわけでもないのに、なんだか悔しい気持ちになってしまう。
玲奈は、そんな俺の胸のうちでも読んだのか「私の勝ちー」といたずらっぽく笑った。
やれやれという気分で、俺は玲奈の横に立つ。
「お名前なんて言うの?」
子供に尋ねると泣きじゃくりながら「琴似莉桜」と答える。俺は続けて訪ねた。
「莉桜ちゃん、お母さんとはどこにいたの?」
「洋服のお店いたの……ネムルンちゃん追っかけてたらどのお店かわからなくなっちゃった」
ちょっとあたりを見回すと、着ぐるみがそこらを歩いていた。あれについていったのか。なんのキャラクターか知らないが、ナマケモノをモチーフにしたキャラクターで子供に大人気とニュースでやっていたのを覚えている。
「もしあのゆるキャラについて行ったんだとしたら近くに母親いるんじゃない?」
玲奈の提案に賛成し、周辺の女性服店を探す。
歩いてるうちに莉桜ちゃんは、いつの間にか泣き止んでいた。
「莉桜ちゃんは、今日お母さんとお洋服買いに来たの?」
玲奈が莉桜ちゃんを元気づけるために他愛もない質問をする。
「うーん、服っていうか。お姉ちゃんのプレゼントを買いに来たの」
「へー、お姉ちゃんいるんだ。えらいね、お姉ちゃんのために」
「ううん、偉いのはお姉ちゃんなの。小さい頃にお父さんがいなくなってからお母さんは仕事で忙しくて、お姉ちゃんが家のこと全部してくれて」
「だからプレゼントするの」と莉桜ちゃんは手をぎゅっと握りしめた。
玲奈は「そっか」と優しく莉桜ちゃんの頭を撫でる。
その後、周辺にある女性服の店をまわったが、莉桜ちゃんが買い物していた場所にはたどり着かなかった。
小一時間ほど歩き回って、俺と玲奈はため息をついていた。
「見つからないね」
「そうだな」
俺らが落胆していると、莉桜ちゃんが「お兄さん、お姉さん、ごめんなさい」とシュンとする。
「莉桜ちゃんは悪くないよ」
そんな莉桜ちゃんを玲奈がすかさずフォローする。
いつの間にか莉桜ちゃんの両手は、それぞれ俺と玲奈の手に繋がれている。
「よし!もう一踏ん張り頑張りますか!」
「だけどこのフロアの服を売っているお店は見回ったけどな」
やる気を出した玲奈に水を指すようなことを言ってしまったかな。玲奈は肩をがっくり落として、「うーん」と悩んでいる。
ふと、玲奈が莉桜ちゃんと繋がれている右手を見た。
「なんかさ、こうして歩いてると親子みたいじゃない」
「何を突然。今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ」
「むー!周りからどう見えるかって大事でしょ!見え方一つ変わると、世界が変わるのよ!だから夫婦に見える私達はもう夫婦同然よ」
何を分けのわからないことを言っているのだろうか。玲奈自身も自分で行って恥ずかしくなったようで顔を真っ赤にしている。だいたい見え方を変えても学生服を着てる俺らは親には見えないだろ。
その時、ふと柱に貼ってあるネムルンちゃんのポスターが目に止まる。
そうか、見え方を変えれば、客観視すれば母親を探すのは間違いだったのかもしれない。
「玲奈、戻ろう」
俺が莉桜ちゃんごと手を引っ張ると。玲奈は「どこ行くの??」と驚きの声を上げながらもついてきた。
目指すは3階、エスカレーターで一つ上の階に行くと少し広いスペースでネムルンちゃんが子供と握手をしている。その周辺を見渡すと、焦った表情で誰かを探す女性がいた。
「莉桜ちゃん、あの人…」と指を指すと、俺が言い切る前に「お母さん!!」と言って莉桜ちゃんは走っていってしまった。
「莉桜!!よかった。どこに行っていたの?」
「あの、お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒にお母さんを探してくれたの」
そう莉桜ちゃんが言うと、お母さんと思われる人が近づいてきて「ありがとうございます」と頭を下げた。
「お姉ちゃんのプレゼントしっかり選んであげるんだよ」
玲奈が莉桜ちゃんにそう言うと莉桜ちゃんは「うん!」と元気よく返事をしながらお母さんと一緒に行ってしまった。
行ってしまうと悲しいものだな。
「影光、なんでここに莉桜ちゃんのお母さんがいるってわかったの?」
玲奈が首を傾げて聞いてくる。
「見方を変えたんだ。もし母親が莉桜ちゃんを探してるとしたらどこに行くだろうって、ネムルンのポスターはいっぱい貼ってあったから、それ見たらネムルンの着ぐるみについていったんじゃと思うかなって」
玲奈はなるほどと感心する。
「さあ、それじゃスタバのフラペチーノを」
玲奈の言葉を遮り、俺と玲奈の携帯が同時に鳴る。
相手は母親だった。
スピーカーに耳を当てると、大声で怒鳴り声が聞こえた。
「影光!どこほっつき歩いてるの!早く帰ってきなさい!」
「ごめん、今から帰るよ」
その一言だけ告げて電話を切る。玲奈の方を見るとゲッソリとした表情をしている。
「お母さんが早く帰ってきなさいって」
俺の母親と玲奈の母親は友人なのだが、同じタイミングで同じ内容の電話をしてくるとはどれだけ仲がいいのだろう。
「帰ろうか……」
玲奈が諦めたように言う。
「いいのかスタバ」
「また今度ってことで」
玲奈は俺より先に改札の方に向かう。
母親の言うとおり、遅い時間になってしまったようで、帰宅ラッシュほど混んでないが居酒屋帰りのサラリーマンが酔っ払いながら解散の音頭をとったり、介抱している姿だったりがチラチラとある。
俺と玲奈の駅は隣にあるから、帰りは同じホームに向かうことになる。
「前の家だったら、影光の家が隣だから帰りもずっと一緒だったのに」
以前、こっちに住んでたときは、玲奈の家の2軒となりのアパートに住んでいた。たしかにこれだけ夜遅いと女子一人で帰るのは危ないかもしれない。
「送っていこうか」
俺が提案すると玲奈は頭を振った。
「いい、影光ももっと遅くなっちゃうし」
玲奈は時間をかけてセットしたであろう髪を、人差し指でクルクルといじる。
「ごめんね、今日は取り乱しちゃって」
「別に、玲奈が騒がしいのも、泣きじゃくるのも日常だから平気」
そう言うと、玲奈は頬をふくらませる。
「私は毎日そんなにうるさいか!あと、私、そんなに泣き虫じゃない」
玲奈はそう言いながら俺の左頬を思いっきりつねる。結構痛い。
ゴムでも弾くように、俺の左頬から手を離すと、玲奈は真剣な表情になる。
「月里さんが悪くないのは、わかってるから」
こうも暗い顔をされると弱ってしまうな。
「やっぱり送っていこうか」
「だからいいって」
「送るよ」
玲奈は静かに頷いた。
玲奈の家の最寄り駅で二人で降りる。特に会話もすることなく夜道を並んで歩く。でも、こんな静かなな時間も俺は好きだ。
隣に誰かがいるだけで、"その人"の隣に俺だけがいるだけで暖かく感じる。
でも、俺はこの静寂を壊さなくてはいけない。
「ごめん、もうしないから」
玲奈が怒るべきなのは俺なのだ。きっと玲奈もそれはわかっていて、でも月里に八つ当たりしてしまったのだろう。
「絶対だよ」
俺は黙って頷く。
「あなたは私のために傷ついてはいけないの。わかった」
玲奈のためと言われればそうするしかない。
夜も更けてきたからか、少しまぶたが重くなる。
駅から20分の道のりを歩ききり、無事に玲奈を送り届けることができた。
「おやすみ」「おやすみなさい」
俺は俺の理想をもっと大切にするべきだ。誰からも優しい人だと思われ、誰にも嫌われずに過ごす。
他人から見る自分こそが自分の姿だということを改めて心に刻もう。
俺はもと来た道を通って、駅へと向かう。電車の中はガラガラで椅子も座り放題だが、隣の駅だからつり革に捕まることにした。最寄りにつくと駐輪場へと向かう。玲奈の家は歩いていけるが、俺の家は駅から少し離れている。自転車がないととてもじゃないが通えない。自宅は3階建てのアパートの3階だ。1フロアに2部屋しかないからどちらも角部屋になっているのは大きな利点だと思う。
「ただいま」と言い、家のドアを開けた。
目の前には鬼がいた。
俺は今、鬼の前で正座をし、「何時だと思ってるの!」とか「連絡しなさい!」とか「どれだけ心配したと思っているの」とか同じことを何度も何度も怒鳴られている。足はしびれてまるで自分の足じゃないようだ。まー、俺が悪いんですけど……。
しかし、理由はちゃんとある。迷子の子供を助けて遅くなったのだ。俺がそう主張すると、「言い訳はいい!」と、一蹴されてしまった。
もうこの家に救いはない。そう思ったときだった。電話がなり、母さんが電話を取りに行く。
「こんばんは。千咲、どうしたの?」
千咲とは、玲奈の母親の名前だ。ちなみにうちの母の名前は明里だ。
「え?あっ、うちの子が玲奈ちゃん送ってってくれたの。そうなの?迷子の子供助けてたの?うちの子が?玲奈ちゃんが言うなら間違いないか」
その後、俺の母親と千咲さんは世間話を3分ほどし電話を切った。
「どうしても玲奈ちゃんが、私に伝えてほしいって言ったそうよ。今日は許してあげるから玲奈ちゃんに感謝しなさいよ」
母はリビングのソファに腰をかけ、テレビをつけた。
玲奈マジで良い友達。それにしても迷子の話は俺もしたんだけど……俺のどこが信じられないというのだろうか。