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ヒーローは絶対に泣かない8

「玲奈?なんでここに?」


「なんでじゃないわよ」


玲奈は俯いたまま月里の目の前に立つ。ちょうど月里と玲奈の間には、白石の手紙が散らかった机がある。玲奈はその机に思いっきり手をついた。


楽器でもないのに、机の音は教室内に響く。


「あんたのせいなのね」


「玲奈さん?どなたか知らないけど何のこと?」


「あんたのせいで影光は……。影光は、こそこそ悪口を言われるような人間じゃない。そういうことが一番嫌いなのに、あんたが影光にそういうことさせたんでしょ!」


俺と月里の会話でも聞いてたのか。


玲奈は今にも月里に掴みかかりそうな雰囲気だ。


「おい、玲奈。月里は何も悪くない。俺が勝手にしたことだ」


喧嘩にでもなったら大変だと思い、玲奈を月里から引き離す。


「影光は黙ってて」


俺の手を振り払う。そのまままた月里に飛びかかるのではないかと思ったが、玲奈はそこに立ったままだった。


「玲奈さん、あなたの気持ちわかるわ」


「全然わかってない」


月里の言葉を、玲奈はすぐに一蹴する。


「影光はこれまで、大変な思いして生きてきたんだからもう傷ついてほしくないの……」


「おい、玲奈その話は…」


「待ってなんの話をしているの?」


俺が玲奈を止めようとするが、月里が不思議と興味を持ってしまった。


「影光は小学6年生のときの事故でそれより前の記憶がないの」


月里は手に持っていた本を落とす。そのまま拾おうともせずに、放心してしまっている。


「その話するなよ。小学生のときの記憶がなくたって、今はそんなに困ることないし」


記憶がなくなったと言っても家族のことや勉学は忘れなかった。忘れたのは友達のことや思い出だけだ。


「そんなことない!あの時、影光辛そうだったもん。この世の終わりみたいな顔してて、だから私は」


「もういいよ、もういいから……」


玲奈は大粒の涙を流している。


「悪い月里、今日は玲奈つれてもう帰るわ」


「前言撤回するわ。あなたにも良い友達がいるのね」


なんの前言を撤回したのだろうか。俺は「ああ」と短く肯定し教室を出た。


実際、玲奈は大事な友人だ。記憶がなくなって玲奈のことを忘れてもずっと一緒にいてくれたし、そのあとすぐ引っ越すことになって中学は別の県で過ごしたけど手紙を何通も送ってくれた。手紙のやり取りを見た俺の親と玲奈の親が手紙だと大変だろうと言ってスマホを買ってくれて、それからはメールでやり取りした。


「お前は昔から泣き虫だな」


学校の廊下を下駄箱に向かって歩きながら俺が言うと、玲奈は俺の方を睨む。


「昔からって……私が泣いてるとこなんて見たことないでしょ」


「あー、でも、ほら、お前が映画を勧めてくるときは決まって”超泣けるーー”っていうだろ。」


「なにそれ?私のマネ?超キモい」


俺の渾身のモノマネをキモい呼ばわりとはひどい。でも、元気が出たようで良かった。


「そういえば結局スタバ奢ってもらってない!今日、奢って!!」


「はいはい、わかったよ」


「2杯だよ。2杯」


というわけで俺らは、スタバに向かうことになった。俺らの高校は埼玉県にある。大宮駅から2駅のところに最寄りの駅があるから、うちの高校生のだいたいは大宮駅周辺で遊んでいく。20分ほど歩くと大型ショッピングモールもあるが、駅とは反対側にある。俺と玲奈は電車通学だから大宮のスタバに寄って行こうという話になった。


大宮駅につくと、玲奈がハンドクリームを買いたいということで、スタバの前にショッピングをすることになった。


大宮駅のルミネに入ると女子向けの服やカバンなどが売っている店がたくさんある。特に目につくのは化粧品の店だ。玲奈の目的はそういったコスメのショップらしい。


ハンドクリームと言われたので俺はてっきりドラックストアで買うのかと思ったが、そうではないようだ。


「今は良い匂いのするハンドクリームとか多いのよ。学校に持っていってもハンドクリームって言えば先生に怒られることもないしね」


玲奈は「まー、今は関係ないけど」と付け足す。きっと先生に怒られるって言ったのは化粧品のことだろう。確かにうちの高校の校則には化粧禁止とは書いていないが、別に推奨しているわけではない。


「どうりで乾燥する季節でもないのに、ハンドクリームを求めに来たわけか」


「別に匂い目的じゃないわよ。本当に乾燥もするの!どうせ手にぬるなら良い匂いのするほうが良いでしょ」


気持ちがわからないでもない。俺も体育のあとには制汗シートをよく使う。


汗臭さがなくなったからと言って、女子にモテるわけでも、友達ができるわけでもないが、俺は一縷の望みをかけて汗を拭っている。


「ねー、影光はどっちの匂いが好き?」


玲奈はそう言いながら両手首をこちらに向ける。片方からは柑橘系の香り、もう片方からは石鹸の香りがした。


俺は「こっちかな」と言いながら石鹸の香りの方を指差す。


「そっか!じゃー、こっちに決めた!」


玲奈は俺が選んだ方のハンドクリームを持ってレジに行く。猫のプリントが書いてある可愛らしいハンドクリームだった。


玲奈が「買ってきたよー」と品物の入った袋を上にあげる。


この笑顔を見ると、こんな毎日がずっと続いてほしいと思ってしまうな。特に俺は玲奈の他には遊んでくれる友達とかいないし……。


「さー、これで心置きなくスタバに行けるわ!」


そう元気よく一歩を踏み出した玲奈だが、その歩みはたった一歩で止まってしまった。


中央で一人の女の子が泣いていた。

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