ヒーローは絶対に泣かない7
次の日の放課後、荷物をまとめて帰ろうとすると例の女子3人が教室の隅にいた。百合ヶ原は一緒ではないようだ。
3人は、俺の方をチラチラと見ながらくすくす笑っている。
今日一日で随分と見慣れた光景だ。
俺の席が窓側の一番後ろで、彼女たちは廊下側の前にいたおかげで、声は全く聞こえない。きっと良いことは言われてないだろうな。
直接伝えられない嫌な言葉が、聞こえちゃうのってすごい傷つくよね。
百合ヶ原の罵倒のほうが何倍もマシだった。
教室にいるのも嫌になったので、俺は早々に廊下に出る。
特に用事もないので帰ろうとしたが、月里のことが気になって、自然と足が選択教室に向かっていた。
また陰口を聞いて落ち込んでないかとか、女子3人が話しかけてこなくて寂しくしてないかとか、百合ヶ原とは仲良くできているだろうかとか、大きなお世話かもしれないが気になってしまった。
第一校舎の二階から廊下を歩いて第2校舎の二階に。廊下から見える校庭では今日も部活動に奮起している生徒がたくさんいる。月里も部活動をしているだろうか。昨日も訪れた選択教室の前で足を止める。ドアを開けると、月里は昨日と同じ場所で本を読んでいる。
月里は俺の方を一瞥すると、「また来たの」と冷たく応答する。
「あのあと、百合ヶ原とは仲良くやってるのか気になって」
月里は「百合ヶ原?」と首をかしげたあと、「かなえのことか」とつぶやいた。
いつの間にか呼び捨てで呼ぶようになっている。
「まー、一緒にお昼食べるくらいには仲良くしてるわ」
「それはそれは。良い友達ができてよかったな」
俺はそのへんに置いてある椅子に腰をかける。
換気のためか窓が空いていて、風が教室内に吹き込む。俺の不安は一瞬にして、風に飛ばされていった。
「僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい」
「誰かの名言?」
月里は読んでいた本をとじ、俺の方をじーっと見る。眼鏡の奥の瞳はまるで俺の胸の中でも覗くかのようだった。
「アルベール・カミュ、フランスの小説家の言葉よ」
月里は1呼吸置いて続きを話す。
「本物の友人っていうのはどういうものを言うのかしら」
また、月里は難しいことを考えているんだな。俺は友達という友達(玲奈を除いて)がいないからわからない。だけど友達に限らず人間関係なんてそんなものだろう。親や兄弟じゃない限り、その関係性はあやふやにできている。
俺が何も言わないでいると、月里は呆れたようにため息をついた。
「友達のいないあなたに相談しても無駄よね」
さらっとひどいこと言われた。
「しつれーいしまーす」
扉が勢い良く開かれ、陽気な声が耳に入る。
「おー!いた!不思議くんだ」
もしかして俺のことを呼んだのか。なんだそのメルヘンな名前は!俺の名前は伏見だ!
「ちょっと相談したいことがあって来たんだけど」
勝手に話が進められていますが、まずあなたは誰ですか?
そう言ってやろうと思ったが、先に口を開いたのは月里の方だった。
「あなた誰?突然入ってきて失礼じゃない?」
なんか月里さんイライラしてます?
「あっ!あんたが月里さん!」
月里がなぜか俺の方を見る。
「え?顔見知り?」
月里は知らないと言いたげにブンブンと首をふる。
「いや〜話聞いたよ、不思議くん。その子が悪口言われてるのを格好良く止めていたそうじゃないか」
え?あれってそんな噂になってるの?
「俺、感動しちゃったよ。あの言葉も好きだよ"俺はあいつだけのヒーローだ"ってやつ」
やめろ!ちょっとした黒歴史を掘り起こすな!
月里も引いていると思ったが、じーとこちらを見るだけだった。
「それで君は誰なんだ?」
俺がそう尋ねると、背筋を伸ばし、腰に手をあて、ワックスで固めた髪の毛を親指で指して答えた。
「俺は1年D組の白石遼。勇敢なヒーローに頼み事があって会いにきたぜ」
D組ってことは玲奈と同じクラスだな。ちなみに俺と月里と百合ヶ原はC組なので隣のクラスだ。
それにしても明るい人だな。陽キャというやつか。コミュニケーション能力あるし、イケメンだし、なんか気に食わんな。そうです、ただの嫉妬です。
「で、頼みって?」
白石は「よくぞ聞いてくれた!」と言いながら、そこらへんの椅子を雑に持ってきて座る。
よくぞ聞いてくれたって実際に言うやついるんだな。
「俺ってさ見ての通りイケメンじゃん?そのせいか敵を作りやすいのよ」
イケメンだと自身でいうから敵を作るのでは?
「最近では俺に危害を加えようとつけ狙ってるやつがいてさ。あれは逆にストーカーよ」
何の逆なのかはわからないが、白石が頼みたいことはなんとなくわかった。
「つまりその"逆にストーカーさん"から守ってほしいと」
「おっ!ヒーロー、話が早いね。"逆にストーカーさん"って言いづらくない?"逆ストーカー"にしようぜ」
どちらにせよ言いづらいと思う。あと、ヒーロー言うな!
「その"逆ストーカー"からはどんなことをされたの?」
月里は"逆ストーカー"に早くも順応している。
「それが、あからさまな被害は受けてないのよ。受けてたら教師とかに言えるじゃんかー」
「じゃー、何もされてないの?」
「いや、されてるよ。毎日つけられたり、手紙が送られたり」
月里が「手紙?」と尋ねると、白石はカバンから複数枚の手紙を取り出し、そのへんにある机の上に置いた。その手紙には「ヤリチン野郎」とか「別れろ」とか書いてある。
「これ以外の具体的被害はないんだよな」
「話はわかったけど、私達に頼まれても困るわ。そいうのは生徒会にでも頼みなさい」
たしかに俺らの高校の生徒会はそういった相談窓口にもなっている。
きっと風紀委員がいないから、その代役も務めているのだろう。
「え?陽海会長に!!」
月里は個人までは特定していない。
「か、会長に頼み事なんてできねーよ。美人過ぎてくらくらしちゃうだろ」
なんだその理由?あと”逆ストーカー”からの手紙だとあなた彼女がいるのに良いんですかね、他の女子にデレデレしてて。
「あなた恋人がいるのに、お姉ちゃんの事好きなの?」
月里も同じことを思っていたのか。それにしてもストレートに聞くんだな。
「恋と憧れは違うだろ。アイドル好きな人だって、彼女いる人はたくさんいるだろ」
月里は「あーそういうこと」みたいな顔をする。
「とりあえず会長に頼むのは最終手段な。まずは不思議くんに頑張ってもらいたいわけよ」
こいつ名前を正しく言う気がないな。こんな人の名前もしっかり言えないイケメンの頼みなんて聞く価値がないな。
「な!ヒーロー頼むよ。なんとかしてくれ」
白石は、きれいに直角に腰を曲げ、顔の前で合掌する。
なぜか目だけは合わせてきてウィンクしてくるのが鬱陶しい。
俺はヘアピンを指でなぞる。
「できる限りのことはやるよ」
その言葉を待ってましたとばかりに、白石は「マジで、サンキューな」と軽く感謝を述べて教室を出ていった。
静寂が走る。
これが伏見影光という男だ。シェイクスピアの脚本に、"この世は舞台、人はみな役者"なんてセリフがあったが、まさに俺はこの舞台で道化を努めている。ふふ、笑うがいいさ。
「あなた昨日そんなことしてたのね」
「そんなことって何だよ」
「アミさんたちに説教したんでしょ」
説教ってほどのものでもないんだが、、、
「それで昨日、かなえがあんなこと言い出したのね」
様子を見ると百合ヶ原以外の3人とは話してないのか。ちょっと安心する。
「私だけのヒーローね」
「茶化すな、なんか言っちゃったんだよ」
ノリで言っては、いけないセリフだったと思う。
「別に茶化してなんかないわ。けど、私にとってはヒーローでも、あの人たちから見たら悪役になったと思うの。あなたはそれで良かったの?」
俺は月里に続きを促すように首を傾げる。
「ヒーローになりたかったんでしょ」
続きを聞いても意味がわからなかったので、「どういうこと?」と聞こうとしたとき、教室の扉が勢いよく開かれた。
そこには玲奈が立っていた。