ヒーローは絶対に泣かない5
・・・・・・
世の中の物語は、良いシーンや感動シーンのあとに、どのようになっているのだろうか。
例えば、長年片思いしていた相手に告白して成功したとか。
女の子の悩みを解決して、"困っている女の子をほっておけない"などの決め台詞を言ったあととか。
どうなってるかはわからない。なぜなら場面が変わってしまうからだ。次の日になったり、何年後とかになったり、直後の出来事はウヤムヤにされてしまうのだ。
だが、現実ではそうはいかない。言うだけ言った俺のことを、女子4人は冷たい目で見てくる。このまずい空気から一早く逃げ出したい。
「何それ寒っ、」
4人のうち一人が、止まった時間を動かしてくれる。
その一言をきっかけに女子4人はわらわらと下駄箱で靴を履き替え、帰っていった。
誰もいなくなった下駄箱で一人、俺は恥ずかしさに悶ていた。
なにが"あいつだけのヒーロー"だ。恥ずかしいし、ダサいし、もしこれが小説の1シーンなら格好悪ーと嘲笑されること間違いなしだ。
さすがに、このまま帰る勇気はない。今度こそ”なんかあいつついてきてるんだけど”と思われてしまうこと間違いなしだ。
不本意ながら、俺は来た道を戻ることにする。そういえばこの学校は、自販機のアップルティーが美味しいと評判だったな。それでも飲んでから帰ろう。
俺は階段を上り第2校舎へと向かう。自動販売機は第2校舎1階と第3校舎1階の渡り廊下にある。第1校舎の作りが特殊なせいで、一階にいたのに階段を上らないと第2校舎の1階に行けないのはとても面倒である。第2校舎に着くと、先程までいた選択教室の横を通り、階段を降り、第3校舎に向かう途中で止まる。自販機は入学式からこの一ヶ月一度も利用したことないので、噂のアップルティーがどれだかしばし探す。
俺がまだお金を投入していないのに、自販機にお金を入れる音がした。隣を見ると、見たことない女子がいる。
女子生徒はレモンティーのボタンを押し、そのレモンティーを俺に差し出した。
俺がぼーっと見ていると「受け取りなさいよ」と急かしてくる。
「あの…どちら様でしょうか」
「はー!!人に説教しといてよく言うわ!」
説教をした覚えはないが、似たようなことを第1校舎で女子4人に言った覚えはある。この女子はそのうちの一人か。
「4人のうちの1人か」
俺が確認のために言うと、「何その言い方ムカつく」とムカつかせてしまった。
「クラスメイトの顔くらい覚えたら?」
「え?お前クラスメイトかよ」
「お前って、他の3人もクラスメイトよ」
最悪だ。1日に一回は顔を見るであろうクラスメイトに、俺は説教したのか。
陰口とかがちょっとだけ聞こえるやつじゃん。
俺がショックで青ざめているのも知らずに、目の前の女子は俺の袖をつかんで引っ張る。
「ちょっと付き合いなさい」
「え?なんで?」
「レモンティー奢ってあげたでしょ」
「俺、アップルティーがよかったんだけど」
「うるさい。いいからついてきて!」
そう言われ、女子に連れてこられたのは選択教室の前だった。
女子は教室のドアをあけ中に入る。入るとすぐ俺の袖から手を離し、読書をしている月里の前まで行った。
「かなえさん」
月里が女子の名前を呼ぶ。どうやらかなえと言うそうだ。
「わ、私はお姉さんとか関係なく、北見さんと仲良くなりたいから!」
月里が困惑した表情でこちらに「どういうこと?」という視線を向けてくる。俺も突然、連れてこられた身なのでわかりません。
かなえは俺のことを指差す
「あいつに言われたんだ。"姉が理由で嫌いなやつと仲良くなろうとするな"って、もしかしたら北見さんは私のことそう思ってるのかなって。確かにアミたちは北見さんのこと良くないふうに言うし、お姉さんのこと大好きだけど、私は違うって伝えたくて」
月里は、自分のことなんて見てくれる人はいないとか言ってたけど、結構近くにいたんだな。
「でも、私、あなたがアミさんやサキさんたちと陰口言い合ってるの知ってるわ」
言い合ってたんかい!!今までのいい話は何だったんだ!
「そ、それは、あのグループにいれば北見さんとずっと仲良くできるって思ったから」
「でも、私傷ついたわ」
直接伝えられない嫌な言葉が、聞こえちゃうのってすごい傷つくよね。
「ごめんね。ほんとに悪気はなかったの」
かなえさんは、月里の目の前で頭を下げる。
かなえさんの背が高いせいか、月里が小さいからか、かなえさんがお辞儀しても月里よりも頭が高くなる。
「じゃー、証明して、本当に私と仲良くなりたいって証明して!」
かなえさんの表情がよく見えるであろう月里は、無理難題を言う。仲良くなりたいと思っている証明って何をすればいいのだろう。
お金を渡せばいいのか?
誓約書を書く?
今までの詫びとして小指を落とす?
うーん、現実的なとこでも真ん中だけれど……。
どれもピンとこないな。
かなえさんも相当困っているようで、あたふたとしている。
「わ、わたしは、北見月里のことが大好きだーーーーーー!」
ちょっと焦ったあと、覚悟を決めたような顔をして、かなえさんは言った。
それも大声で。
きっと学校中に響いただろう。
声の大きさで思いの大きさを伝えることが、かなえさんが出した答えだったようだ。
だが傍から見たらただの告白だ。
「え?告白?」
月里も同じことを思ったらしい。
これは勘違いしても仕方な
「そうよ!告白!」
勘違いではなかったらしい。
かなえさんは凛とした顔を真っ赤に染め、スポーツか何かで日に焼けた茶髪のポニーテールをブンブン振っている。
「北見さん、いつ見てもとってもきれいで、読書してる姿とか美しすぎて、本当はもっと一緒にいたいんだけど恥ずかしくて」
勢いで全てを言おうとしているようだ。
「あのメンバーでも最初は恥ずかしさから"読書ばかりしてるよね"とか笑ったりしたけど、ホントはそんなこと思ってなくて、最近じゃ悪口がエスカレートしてたから止めようとしてて」
確かに4人の会話で一人だけ止めようとしてた人がいたような気がする。
「とりあえずあなたが大好きなの!付き合ってください」
かなえさんはまた月里の前で頭を下げるが、次は手も差し出している。王道の告白スタイルだ。
「ごめんなさい、かなえさん。あなたをそういうふうには見れないわ」
「や、やっぱり陰口言ったから……」
真っ赤だったかなえさんの顔が、真っ青になっていく。
「いいえ、あなたの気持ちはすごく伝わったもの。だからお友達から始めましょう」
月里から差し出された手を、かなえさんはぎゅっと握りピョンピョン跳ねながら大喜び。
月里の発言だと、これから付き合う可能性もあるふうに聞こえるんだけど大丈夫かな?かなえさん、糠喜びにならない?
俺がそんな心配をしていると、後ろから声が聞こえた。
「さとちゃん!終わったから帰ろう」
振り返ると北見会長がいた。
「お姉ちゃん」
月里が返事をする。
さとちゃんが誰だかわからなかったが、月里のことだったようだ。
月里の里だけとって、さとちゃんか。
月里は読んでいる本をパタンと閉じると、かばんを持って姉の方へと向かった。
教室にかなえさんと二人取り残される。
気まずいなと思っていたとき、廊下を戻ってくる足音が聞こえた。
戻ってきた月里はかなえさんに本を渡す。
「それ、貸してあげる。じゃー、また学校で」
そう言って月里は行ってしまった。
かなえさんの手には"走れメロス"が握られている。
たしか友達のために走り続ける話だっけ?
かなえさんは、これはどういう意味とでも言いたげな顔をしている。
俺にそんな顔されても困る。