ヒーローは絶対に泣かない4
後ろから急に声がして、びっくりしてしまう。
振り返ると、見知らぬ女子生徒が四人いた。
「あみさん、かなえさん、さきさん、たえさん、どうしたの?」
月里が彼女らの名前を呼ぶ。どうやら月里の知り合いのようだ。
「これからカラオケに行くんだけど、北見さんもどうかなって」
シュシュでポニーテールを作った、背の高い女子が月里のことを誘う。
「ごめんなさい。今、姉さんを待ってるの」
「お姉さんとどこか行くの。私達もついていきたいな!」
「それいいね!」
「北見さんいいでしょ」
月里が姉と言うワードを出すと女子たちは少しテンションが上がったように会話をまくしたてる。
「ごめんなさい。家族で食事に行くから」
「そっか。それは残念」
「じゃー、私達行くね」
「北見さん、また明日」
女子4人はワラワラと教室を出ていく。まるで嵐のようだったな。
「友達が多くて羨ましいことで」
思ってもないことを口にする。
「あなたは友達いないものね」
たしかに事実だし、自分自身受け入れているし、それに玲奈がいるし、気にしてはないが、別の人に言われるとカチンとくるな。
「でも、あの人たちは友達とは少し違うわ」
「そうか、仲良さそうに見えたけど」
「あの人たちは私じゃなくて生徒会長である姉と仲良くなりたいのよ。そのために私の近くにいるの」
「本当に?確かめたわけじゃないんだろ。思い過ごしかもよ」
他人の考えていることなんてわからないものだ。わかったらどれだけ楽なことか。
「そんなことない。みんな姉ばかり見る、私を見てくれる人はいないわ」
さっきのゲームを思い出した。
"ヒーローは敵がいなくなったことで不安になりました。もう誰も自分を見てはくれないのではないかと"
あれは月里自身の話ではないだろうか。
赤毛のアンが、作者のモンゴメリと同じ教師になったように、人は経験を体験を感情を物語にしたがる。
「ヒーローは……」
氷のように静まり返った教室を溶かすように、俺は言った。
突然の俺の発言に、月里は「は?」と苛立ち気な表情をする。
「さっきのゲームの話だよ。リベンジしようと思ってな」
俺がそう言うと、「どうぞ」と月里が促す。
「ヒーローは最後の敵を倒しても、人を救い続けると思う。戦うだけがヒーローの役割じゃないだろう。掃除したり、落とし物届けたり、周りが自分をヒーローだと思ってくれれば、ずっとヒーローでいられるんだ」
「50点ね」
随分と辛口な評価だ。思わず「残り50点は?」と聞き返してしまう。
「掃除や落とし物はヒーローの役割にしては地味ね」
もっともだ。でも、世の中は劇的なピンチより平凡な困りごとのほうが多いものだ。
「それじゃ帰るね」と言って俺は席を立つ。
「また、来ていいわよ。一人もつまらないし」
月里はぽつんとそんなことを言うので「友達でも呼んだら」と答える。
「友達に心情予想ゲームとかつまらないこと言えないわ」
俺はいいんかい。遠回しに友達から除外されていて悲しい。
俺は月里に「気が向いたら」とだけ言い残し、教室を出た。
ようやく帰れると思いながら階段に向かう。
このまま階段に向かうとちょうど職員室の前に出る。そこから第一校舎に戻り、1階に降りなければならない。
しかし、職員室の前で立ち話をする5人の人影が見えた。
月里に会いに来ていた4人と、北見会長が立ち話をしている。
通りづらいな……。
今はまだ距離があるけども、第一校舎に向かう廊下を通過したら必ず見つかる。女子4人からは、さっきも空気のように扱われていたしバレないだろう。問題は北見会長だな。また厄介事に巻き込まれそうだ…。
しかし、そんな俺の心配も杞憂だったようだ。
「さようなら」と声が聞こえ、四人と会長は反対向きに別れていく。
北見会長は生徒会室に戻るのだろう。階段を下っていく。これで見つかることはない。女子4人は第一校舎の方に向かっている。きっと俺と目的は一緒だろう。つけてるみたいな形になってしまった。この高校は作りが特殊で第一校舎の一階には階段と1年生の下駄箱しかない。つまり他の道を使って、迂回することもできない。
諦めてこのまま歩こう。つけているように見えるのも自分自身だけで、気にするようなことではないはずだ。
その証拠に前の女子4人は、俺の様子に気づく気配もなく会長の話で盛り上がっていた。
「やっぱり生徒会長カッコいいよね」
「ホントホント同性だけど惚れちゃうわー」
月里の言うとおり、4人は会長のファンのようだ。
「北見さんはいいなー。私も会長とご飯行きたい」
「でも、ホント北見さんと仲良くなれてよかったよね。おかげで毎日会長に挨拶してもらえるし」
「そうね。会長の妹と同じクラスでラッキーだった」
ふと、月里の言葉を思い出した。
"あの人たちは私じゃなくて生徒会長である姉と仲良くなりたいのよ。そのために私の近くにいるの"
"そんなことない。みんな姉ばかり見る、私を見てくれる人はいないわ"
それが本当だとしたらきっと悲しいだろうな。寂しいだろうな。
だからといって、俺にできることはない。
もし姉とか関係なく友達になってほしいと思うなら、それは月里が言うべきだ。
『自分の内面を見て』『姉の話ばかりしないで』と。
確かに女子4人は不純な理由で友達でいるかもしれない。けどそれは悪いことではない。
年収を見て結婚相手を決めることは悪いことではないだろう。
人は誰しも打算的に行動するときがある。それは悪ではない。偽物でもない。
本当の友達だって言えるはずだ。
その関係に意義を立てたいなら当人がなんとかするべきだ。
無関係の人が頼まれてもないのにちょっかいをかけることではない。
嘘から生まれる友情だってきっとあるのだらか。
「それにしても北見さんって暗いよね」
そろそろ下駄箱につく頃、一人の女子がそう言った。
「わかる。わかる。会長と違いすぎ、ホントに血つながってんのかな」
「そんな言わないほうがいいよ。可愛そうだよ」
「それにあいついつも断るよね」
「遊び誘ってもそっけないしね」
「正直うざいんだけど」
「会長の妹じゃなかったら、絶対友達にならないわ」
そう言って、女子たちはケタケタと笑った。
その会話には月里に対する悪意が感じられた。
この女子たちに月里と仲良くなる気がないなら話が違う。
理由が何であれ仲良くする気があるならいい。
けど、そうじゃないなら最悪だ。
月里は、姉が理由せいで偽りの友達を作り、
女子4人は、会長が理由せいで嫌いな人と仲いいふりをしなければならない。
誰も救われない。
この最悪を、今の俺が変える方法は限られている。そして、思いつく方法は俺の理想に反することだ。
こういうのが一番困る。正しいことをしようとすると、自分が大事にしているものからはみ出してしまうなんて。
けど、月里とこの4人が救われないより、俺一人が落ち込むほうがいいだろう。
「ちょっと…」俺は意を決して言った。
「そういうこと言うのやめなよ」
「何?そういうことって」
4人のうち一人が挑発気味に返す。
「別に月里を嫌いに思うことは否定しない。姉が理由で仲良くなるのも否定しない。だけどな、姉が理由で嫌いな人と仲良くなるのは違うんじゃないか」
きっと嫌われるだろうな。やだな。
「友達になるって決めたなら好きになる努力をしろよ。そうじゃないなら近づくな!わかったな!」
俺は少しでも彼女たちの心に届くように強く言った。
「は?あんた北見さんのなんなの?」
女子4人の目は、俺を敵視しているようで怖かった。
もう何を言ったって嫌われる未来は変わらないだろう。なら最高にアホなことでも言ってやろうと思った。
「俺は月里の……あいつだけのヒーローだ」
・・・・・・