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ヒーローは絶対に泣かない24

電車を2回ほど乗り換えて、バスに乗って病院へ向かう。


病院につき、受付を済ませ、病室に向かう。玲奈は変わらずそこにいた。


「玲奈さん……」


月里が小さく囁いた。


「あれからずっと起きないんだ」


俺は玲奈のべットの隣にある丸椅子に座りながら言った。いつも座っているやつだ。


月里もこの件の当事者の一人だから、玲奈がどうなっているか知っているのかもしれない。


「電気つけないの」


月里が言う。


「玲奈が寝てるから」


俺は短く答えた。起こしたいなら電気をつければいいのかな。そんなことをしても起きないことはわかってるのに、バカみたいなことを考える。


いっそ俺もその眠りにつかせてほしい。


「影光、大丈夫?」


「なにが大丈夫だよ」


月里が心配してくれる。大丈夫と答えたが、ぜんぜん大丈夫ではない。


「今日、ひどい顔をしていた。授業中も生徒指導室にいたときも」


「そうかな」


「ずっと学校休んでたでしょ。毎日ここにいたの?」


「うん」


月里が突然、俺の肩に手を置いた。


「あなたは一人じゃないわ。私が隣にいるから一緒にいるから玲奈さんの代わりでいいから、だから寂しくないよ」


肩に置かれたてはとても暖かくて、泣きそうになる。そうか。俺は寂しかったんだな。一番そばにいてくれる人がいなくなって寂しかったんだ。


暖かな手がふっと肩から離れていく。


「私、飲み物買ってくるね」


月里が病室の出口に歩いていく。


そんな月里に振り返ることなく言った。


「月里を玲奈の代わりだなんて思わないよ。だから君がいたとしても俺は毎日、玲奈の面会に行くし、玲奈がいても君に会いに学校に行くよ」


月里は「うん」と答えて病室を出た。


俺はあの日、玲奈が救急車につれていかれた日、同じくらい月里のことも心配だったんだ。


俺はさっきまで月里の手がおいてあった肩に触る。もう少し触れていてほしかったな。


とっても暖かかったから。




「ねー、なんであんたまで一緒にご飯食べてるの?」


「なに?だめなの?」


俺はちょっと好戦的に月里の友人、百合ヶ原かなでに言葉を返した。


「ダメに決まってんでしょ!せっかくの月里とのお昼をなんであんたなんかに邪魔されなきゃいけないのよ」


「邪魔なんてしてないだろ。一緒に食べてるだけで」


「これだから友達いないやつは」


なんで皆、俺に友達がいないというのだろうか。俺にだって大切な友達くらいいる。おせっかいで、かまってちゃんで、喫茶店のフラペチーノが好きな女の子がいる。


ふと、その子のことを考えてしまい、暗い気持ちになる。


「こら!かなで、人の嫌がることは言わない」


月里が百合ヶ原に言う。まるで幼稚園の先生が園児に注意するようだった。


「えー、月里はこいつの味方かよ」


「そう。一緒にいるって約束したから」


昨日の病室での話だろう。そう、俺は今月里に許されてここにいる。


昨日まで真っ暗だったのに、誰かがそばにいるだけでほんの少し景色が明るい気がした。


「でも、心配だよな。病院に運ばれた子。私としては月里が無事で良かったって気持ちが勝っちゃうけどさ。それでも可愛そうだなって思うよ。しかも犯人がもう縁は切れてるとはいえ、前に私とつるんでた奴らなんてさ」


かえでの話を聞き、つい顔がうつむいてしまう。


月里も同じ行動をしたようで、かえでが慌ててフォローをいれた。


「あれ?まずい話題だった。こんな暗くなるとは思わなくて。あれか?伏見が一週間休んでたのと関係あるのか?なら、謝るよ。ごめん」


百合ヶ原から見たら月里のことを知らない女子が守ってくれたって認識なんだろう。


俺と玲奈が友達というのも知らないはずだ。


それにしても、俺のことが嫌いなはずの百合ヶ原が、ここまで優しく接してくれると逆に不気味だな。


「大丈夫だよ。こっちこそ変な雰囲気にして悪かったな」


「大丈夫じゃないわよ」


え?玲奈……。


「なんで影光いないの?なんでそんな笑っていられるの?私を一人にしないでよ。影光」


玲奈がこんなこと言うはずない。これは幻聴だ。自分が作り出した。ただのまやかし。


「影光!」


我に返ると、月里が俺の肩を揺すっていた。


「大丈夫?」


「う、うん」


ひどい幻聴だ。でも、俺はきっと考えてしまっている。玲奈がこんなに大変なのに自分はここにいていいのかと。月里や百合ヶ原と楽しく過ごしてていいのかと。きっと玲奈は俺がそうしている方が嬉しいに決まってる。でも、俺自身は得体の知れない罪悪感に苛まれている。


大切な人が大変なのに、どうして笑っていられるのか。


「おい!伏見」


教室の入口に白石が立っていた。


教室の何人かの女子が「きゃーきゃー」と騒ぎ出す。


「お願いだ。少し時間をくれ」


少し悩んで、俺はその頼みを承諾した。


「影光、私も行く」


俺は黙ってうなずき、月里と白石についていく。


「おい!お前ら机くらい直してけよ!」


俺と月里は白石とともに選択教室まで向った。


今さら白石と話すことなんてないのに、どうして俺は白石についてきたんだろうな。


「それで、話って何?」


俺が問うと、白石は思いっきり頭を下げた。


「伏見、頼む!やっぱり俺に力を貸してほしい」


「彼女を救うために?それは断ったと思うんだけど」


「これを見てくれ」


そう言って白石はスマホを見せた。


「何これ」


画面を見ると、書き込みのようなものがリアルタイムで増えていっている。


『花瓶落とした事件の首謀者って9組のMKって女子らしいよ。嫌がらせもしてたんだって』


『高校生にもなって嫌がらせってダサいよね』


『会長の妹に嫌がせってヤバいよね』


『指示だけだして自分の手は汚さないって、めっちゃ悪ww』


そこには恐らく白石の彼女のことを書いたであろう書き込みがたくさんあった。


「これは学校の裏掲示板のようなもので、非公認で俺ら学生が書き込めるようになってる」


白石が丁寧に説明してくれる。


「舞桜のやつこれ見て顔青くしてて、今日クラスに行ったらみんなが避けてるような気がして、早退したんだ。もう家から出たくないって言ってる」


白石は次に彼女とのメッセージを見せた。


「だから力を貸してほしいって」


「むしがいい話なのはわかってる。でも、俺はもうどうしたらいいかわからない」


「そんなの俺も知らないよ」


「お前ならなんとかしてくれるだろ!頼むよ!俺と舞桜救ってくれ!」


頭に血が上ったのか、顔を真っ赤にして、切迫した声で詰め寄ってくる白石。俺はそんな白石の肩を持ち、壁に勢いをつけて叩き込んだ。


「だからさ、なんで俺がなんとかしてやらなきゃいけないんだ。だいたいお前にできないことがなんで俺にはできるんだ。白石のほうが友達も多くて、顔も良くて、勉強もできて、サッカーもできる。そんなお前に俺は何で勝ってるんだ何をしろっていうだ」


壁に叩きつけられた白石は、真っ赤だった顔をもとに戻していく。


でも、表情はさらに暗くなっていった。


「俺は顔が良くて、サッカーができるだけなんだ。ほかはなんにもできない。なんにもできるように取り繕ってるだけなんだ。俺が少しダサいことをするだけで、イケメンだと思ってたとか、意外とダサいんだねとか、言われて。舞桜だけなんだ、こんなダサい……本当の俺を認めてくれるのは」


「だから何?本当は何もできません。だから何とかしてくださいと」


俺は辛辣に突き放すように言葉を投げかける。


でも、白石は諦めずに俺に気持ちを伝えた。


「お前の言うとおりだったよ。嘘だらけで取り繕うだけの俺は、こんな大事なときに何もしてやることができない。俺はお前のようにはできない」


………


「舞桜は、本当はイイやつなんだよ。父親が小さい頃に亡くなって、小さい妹がいて、父親代わりになれるように頑張ってるんだ。あいつはいつも一生懸命なんだ。琴似舞桜はそういうやつなんだ」


……


「だから救ってやってくれ…頼むよ…」


白石は泣きながらその場に崩れ落ちる。


『琴似』その苗字を俺は知っていた。


玲奈と一緒に助けた迷子の女の子、姉のために一生懸命プレゼントを選んでいた女の子。


「お前の彼女の妹は、琴似莉桜か」


「そうだけどなんでお前が知ってるんだ」


白石は心底驚いた顔を見せる。しかし、そんなことどうでもいい。


「お前の彼女を救ってやってもいい」


「ほ、本当か……?」


「ただしお前にもリスクをおってもらう。こんなときに何もできないとは言わせない」


「わ、わかった」


俺は、白石の肩を押さえつけていた腕をどける。


「勝負は6時間目の全校集会だ。白石!まずお前はそこに彼女を呼べ」


「え?でも、どうやって?もう5時間目始まるし」


「いいから言うこと聞け。まずはスマホで連絡しろ」


そう言うと、白石はスマホをいじりながら教室の外に出た。


「あんなに怒ってたのに、どうして力をかそうと思ったの?」


背中から月里に質問される。


「どうしてかな?たぶん理由が欲しかったんだと思う。玲奈が大変で、でも自分のそばには月里がいて、百合ヶ原がいて、俺はもっと大変でなくてはいけない気がして」


ご飯食べてるときに聞こえた玲奈の声の幻聴。それは俺の心の中の声だ。玲奈は目を冷ましてないのに影光は友達と笑っている。玲奈のことを救えなかったくせにのうのうと登校している。そんな名前のない罪悪感が玲奈の幻聴という形になったんだ。


「今の俺は何もできないだろ。玲奈を目覚めさせることだってできない。俺が今できるとしたら、救えるとしたら、あいつらくらいだ」


俺はドアの外を見つめる。きっとその先で白石は汗をかきながら電話やらメッセージやらを送っている。


「白石の彼女の妹は、この前迷子になってて、俺と玲奈が母親のもとまで届けたんだ。玲奈が救った女の子を悲しい気持ちにさせないために、憎いその姉を救う。素晴らしい理由だろ」


俺はポッケの中から黄色のヘアピンを取り出し、長い前髪につける。


そして月里と向かい合い、手を差し伸べた。


「月里、手伝ってくれるか?」


月里は顎に手を当て、少し考えてから答えた。


「玲奈さんは許さないでしょうね」


そうだと思う。玲奈にそんなことを言ったなら『自分がやりたくないことを無理してするな!バカ!』とでも言われそうだ。


「でも、私はあなたのそばにいると決めたから。一緒に行きましょう。あなたがたとえ地獄に飛び込んだとしても私はついていくわ」


そう言って、月里は差し出された俺の手を握った。


その時、この愚かな俺を肯定してくれたように思えた。

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