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ヒーローは絶対に泣かない22

名前の知らない鳥が鳴いている。


朝曇りってこういうのだっけ、空が真っ白に曇って6月が近づいているなと感じる。


少しジメジメした通学路を軽やかに歩く。


影光に会ってから学校に行くのが楽しくなった気がする。


校門は遊園地の入り口に、一階が下駄箱しかない第一校舎は不思議な作りのアトラクションのように見える。


踊りだしたくなる気分で下駄箱を開ける。


……その中身は私の心の中とはとても対象的だ。


上履きが見えないくらいにゴミと画鋲が詰め込まれていた。


咄嗟に周りに人がいないか確認してしまう。


誰もいない。


こんな子供みたいないたずら、まだ流行ってたんだ。


私はかばんから袋を出して、下駄箱の中のゴミ、画鋲を入れる。


「おはよう」


袋に入れ終わったところで、かえでに声をかけられる。


ポニーテールをぴょんぴょんさせながら今日も元気よく抱きついてくる。


この素直な意思表示は私も真似できたらいいなと思ってしまう。


「何してたの?」


「いや、別に…」


つい隠してしまった。


なんでだろう。恥ずかしいからかな、心配かけたくないからかな。


影光だったら話したのだろうか。


私はそのままかえでと教室まで行く。


こういうとき、本の中だと机に落書きされているのが定番だけど、机はなんともなかった。


狙われたのが下駄箱だけなんて、随分と小心者のいじめっこだ。まー、他の生徒が見えるようにやられるのも嫌だから助かるけど。


安堵したのもつかの間、教科書がなくなっていたり、筆箱を汚されていたりと、騒ぎたてなければバレない程度のいたずらが一日中続けられた。


放課後になる頃には体のどこかが疲弊しているようで、部活に行く支度をしながらため息をついてしまう。


「どうしたの?深いため息なんかついて」


朝のように後ろからかえでが抱きついてくる。でも、かけられた言葉には朝のような元気はなく、私を心配してることがわかるトーンだ。


「別に大丈夫」


「つ・き・さ・と!」


いつのまにか私の正面に移動したかえでが、私のほっぺを両の手ではさむ。


「私が気づいてないと思ってるの。朝から嫌がらせされてるんでしょ」


うまく隠せてたと思ったけどバレていたのか。よく考えると、授業以外ずっと一緒にいるかえでに隠せるわけがなかった。


「なんで相談してくれないの!」


「だって」


両肩を前後に揺らされながら反論しようとしたが何も思いつかない。


「寂しいじゃん。困ってるなら言ってよ。私たちの仲でしょ」


「どういう仲なの?」


「それは……お、大人の……」


「ただのクラスメイト」


「せめて友達にして!」


きれいにツッコミのセリフを言いながらかえでは私の机をバンバン叩く。


「真面目な話、困ってたら言ってよ。好きな人が困ってるのに何もできないなんて嫌だよ」


かえでは本当に悲しそうな顔をする。


「ごめんね。でも、心当たりがあるから」


「そうなの?」


「うん、これから会いに行くつもり」


「一人で?私も行くよ」


立ち上がった私についていこうとする、かえでを私は止めた。


「いい、これは私一人で解決すべきことだから」


「そう」


かえではさっきよりも一層悲しい顔をした。


「二人で行っても話しがこじれるから」


「じゃ、じゃー、今度カラオケ一緒に行こう!ボーリングでもいいよ!」


脈絡がない。突然の誘いだが、アミたちに誘われたときよりも嬉しく思う。


「それは遠慮しとく」


「なんで!」


本当は了承したかったが、言葉では反対のことを言っていた。それでもかえでは、私が遠のけてもちゃんと追いかけてくれる。


「本がたくさんおいてある喫茶店がいい」


私が代替案を出すと、かえでは満面の笑みで喜んだ。


「わかった!探してみる!」


人と話すのは苦手だけど、うまくできただろうか。私がかえでとの会話について、自己分析している。そんなときだった。


「何かあったのか?」


振り向くと影光が側にいた。


心配そうに私を見つめる表情を見ると、胸が痛くなる。


「女子の会話を盗み聞きですか〜?キモいんですけど」


かえでが随分と酷いことを影光に言う。いつもこんな感じなのだろうか。


「聞いてねーよ。ただ月里が疲れてるように見えたから、あと聞こえなくても変だったぞ二人の会話」


聞いてないのに変とは、どういうことだろうか。


やっぱりうまく会話できてなかったのかな。


「何でもない。昨日は深夜まで本を読んでたから疲れたように見えたんじゃない」


私はそう言い残して、教室を出ようとする。


影光はおいてかれたようにその場に立ち尽くし、かえでだけが私の背中を追いかけた。


「ねー、あいつには言わなくていいの」


かえでがこそっと私に言う。


私はかえでの質問に無言で解答する。


かえでは、何かを汲んだように教室に戻って行った。


決死の思いで教室を出たが、目的地はすぐ隣の教室だ。


「玲奈さん、ちょっといい」


私に呼ばれた玲奈さんは、あからさまに嫌な顔で私のことを睨む。


「はー、何となく用はわかるけど、普通会いに来る?」


「私、我慢するの苦手なの」


「そう」


良からぬ雰囲気を感じてか、クラスの人がチラチラとこっちを見ていた。


それとも玲奈さんは実は有名人?


「ここじゃ目立つから静かなとこ行こ」


玲奈さんの提案に賛成して、私達は教室から離れる。


歩きながら本を用意してこなかったことを後悔する。


今日だったらシャーロックホームズかポアロか。


もっとマイナーな愛憎劇の脚本もいいかもしれない。


私はしばし伝えたいことを素直に伝えられないときがある。


だから本で気持ちを伝えるときがある。


会話なんて何文字もない言葉より何万文字も書いてある一冊のほうが心が伝わるに決まっている。


でも、今日はそれができない。


限られた時間、限られた文字数で、この女に伝えなければならない。


"お前が犯人だと"


そう。私に嫌がらせをしていたのは、この玲奈さんだ。


昨日から今日で変わったことなんて一つしかない。


玲奈さんが、影光にとった行動だ。


明らかに、玲奈さんは影光が好き。


だから隣にいる私が邪魔で仕方がないのだろう。


私から見たらあなたのほうが羨ましいのに。


化粧とか、おしゃれとかして、私よりスタイルもよくて、きっと影光はこんな明るい子のほうが好きなんじゃないかって


読書ばかりしているわたしなんかより。


私は諦めたほうがいいの?と思うくらい。


私達は靴を履いてあまり人の来なさそうな場所を選び、第一校舎の裏にたどり着いた。


校舎裏にしてはきれいにされている違和感が気にならないくらい。


私は目の前の女に集中していた。


呼び出したはいいが、何を話せばいいのか。


私が頭を悩ませていると、玲奈さんの方から口を開いた。


「昨日のことなら気にしないで、私もどうしてあんなことしたのか、わからないし」


なんのことを言っているのだろう。


「文句を言いに来たんでしょ。影光に近づくなって、私は影光のこと大事だからこれからも仲良くしたいけど、、彼女がいるのに恋人になろうとは思わないから」


「誰が影光の彼女だって?」


「え?あなたでしょ」


玲奈さんはそう言ってまっすぐ私のことを見る。


「私、彼女じゃないけど」


・・・


「えーーーーー」


3秒くらい経ったあと、玲奈さんは大声を出した。


「彼女じゃないの??」


「ないよ」


・・・


「よっしゃーーーー」


キャピキャピな見た目とは相反して、男らしくガッツポーズをする。


「なんだよ、だったら早く言ってくれよ。いや〜良かった本当に良かった」


「勝手に勘違いしたのはあなたじゃない」


「だったら私が影光と一緒にいてもあなたとは何も問題ないわね」


それはなんか嫌だ、と思った。だけど言葉にすることはできなかった。


「ん?付き合ってないなら私を呼び出した理由は何?」


そうだ。予想外のことがあって、忘れていた。


「あなたでしょ。私の下駄箱汚したり、筆箱隠したりしたの」


「は?何のこと?」


玲奈さんはすっとぼけたような顔をする。


「あなたなんでしょう。影光が好きだから、私が邪魔だったんでしょ」


つい語気が強くなってしまう。


これはいたずらされたからだけが理由ではないような気がした。


「たしかに私は影光が好きだし、あなたのこと邪魔だと思ってるし、影光の隣は私じゃなきゃ嫌だとも思う。でも、影光が嫌がることは絶対にしない」


玲奈さんは私を睨んでそう言った。


「影光が嫌がる?」


「付き合ってなくてもあなたは影光の友達でしょ。ムカつくけど、影光の大事な人を傷つけたりしない。そもそも誰かを傷つける行動を影光は嫌うから」


「だから私は、無罪と言いたいの。そんなことで納得できるとでも」


私は少しムキになっている。自分でもそう感じる。


玲奈さんは校舎の壁に体を預けて話を続ける。


「別に信じてくれないならそれでも構わないよ。ただ忠告するよ、影光にそのことがバレたら全力で影光を守ってね」


「どうゆうこと」


玲奈さんは手持ち無沙汰とでも言うように地面の石をローファーで蹴り上げる。


「あなただって影光のこと大切に想ってるでしょ。あなたが困ってるって知ったら、影光は絶対に助ける。そして傷つく」


「わかってるわよ。だから影光には何も言ってないわ」


「ならいいけど、でも気をつけてね。影光はそういうの察してしまうから。相手の望む言葉を行動をとりたがるし、とってしまうから。影光は本当に優しくて、とてもモロい」


影光のことを何でもわかったふうに話す玲奈さんが、ひどく嫌だった。


影光が望む言葉をくれたことなんて何回もある。そんなこと私が誰よりもわかってる。


だけどここで肯定してしまえば、私は玲奈さんに負けるのではないか。


私は負けたくない。


そう思ったとき、ふと昨日の姉の言葉を思い出した。"優しい人は、優しさっていう箱の中身を知ってるだけだよ"そうだよ。優しい人はそれが与える価値を知っているから優しくする。


「本当に優しい人なんているのかしら」


「どうゆうこと」


「影光の好きな言葉知ってる?"世界はその人を映し出す鏡"自分の姿は周りの見る目で変わるの。影光はそれを知ってるから優しくする。あなたは影光のこと何もわかってない」


私のほうが影光を知っている。


「はー、私の思い過ごしだったようね」


玲奈さんはあきれたように息を吐く。思い過ごし?何が?


「あなたは私と同じだと思った。私と同じように影光が大事なんだと、だから影光があなたのために傷ついたとき怒ったの。でも、違ったんだね」


玲奈さんは壁に預けていた体を起こした。


「確かに影光は周りからよく思われたくて優しくしようとしているよ。でも、誰よりもそれが打算的で本当の優しさじゃないって思ってる。だから悩むんだ、慎重に自分が何をするべきかを。だから傷つくんだ、それが正しい優しさと信じて。そんなことさえわからないなんて、私はがっかりだ」


……わかってるよ。


影光の優しさくらい。私にだってわかってるよ。いくら離れてたからって、小学生のときどれだけ一緒にいたと思ってるの。


でも、感じてしまう。私はこの人に勝てないんじゃないかと心のどこかで感じてしまう。


それが何より悔しい。




「危ない!!!」




影光は私だけの影光なのに……


この想いは間違えだと言われているようで、私は唇を噛んだ。


トンッ


気づいたら私は地面に倒れていた。最初は何が起きたかわからなかったけど、そうか玲奈さんに体を押されたのか。


ゴッ


その後、鈍い音がして、私の体の上に玲奈さんが覆いかぶさった。


「え?なに?」


なんとか上半身だけ起こそうと、玲奈さんの体を下にどかす。


手に湿った感覚、少し離れたとこにさっきまでなかった青に赤い模様の変な花瓶、


「ちょっと!水かけるだけでしょ!」


「違う、て、手が滑って」


「いいから早く逃げないと」


上を見上げると、3階くらいの小窓からアミさんとサキさんとタエさん、私の友達だった人達の声。


湿った手は、赤く染まっていた。




その後の記憶は正直なかった。私はただただ動けずに先生たちが来るまで玲奈さんの下敷きになってたと思う。


玲奈さんが私をかばってくれたこと


本当に玲奈さんが犯人でなかったこと


ぐったりと顔色の悪い玲奈さんの顔


手についたままの血液


頭の中はまるで洗濯機の中にでもいるようだ。


何も考えたくない。


想像したくない。


男教師の大声


女教師の心配する声


救急車のサイレン


救急隊のマニュアルのような掛け合い


聞きたくもない音がたくさん聞こえる。


「玲奈!」


私のぐちゃぐちゃな頭は、その声を聞いた途端に鮮明になった。


それなりに集まった生徒の塊の中に影光の姿がある。


悲しそうな、悔しそうな、怒り?そんな一言で表せない表情をしている。


あー、こんなときにはどんな曲が似合うだろうか。


詳しくもないのに考えてしまう。


オペラかな?バレー曲?バレーといえばブラック・スワンという話があったっけ?


もし玲奈さんが目を覚まさなければ、影光にとっての白鳥は私だけになるだろうに。


なんて……私は最低だ。


湿った手をグチャっと握りしめた。



※ ※ ※

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