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ヒーローは絶対に泣かない21

目の前で涙目になりながらギャル女が影光を抱きしめている。


まるで私の方が影光のこと好きなんだからと言われているようだ。


ギャル女、名前は玲奈って言ったっけ?


流石に恥ずかしかったのだろう。すぐに離れて「またね」と言って走っていった。


私を一瞬睨みつけて。


「いいの?追わなくて」


「いや……まー、今日はお前と帰って決めたし」


とても気になると顔に書いてある。


影光は昔から自分のやりたいこととは、逆を行くものね。


「じゃー、帰りましょう」


私達は影光の荷物をとりに教室に戻り、学校を出た。


この高校の多くの生徒が電車通学で最寄り駅までの道は雑多な高校生で溢れていた。


でも、玲奈には一度も会わなかった。


混んでいるのは道だけではなく、電車の中もだ。


「それにしても埼京線はいつも混んでるな」


「そうね」


私は人混みに押されいつの間にかドアにもたれる姿勢になっている。影光は私が押しつぶされないように、私の前に立ってくれている。


影光はつり革を掴んでいるが、人がうごめくたびにスペースが空いている私の方に近づく。


あとちょっとで私もあの子みたいに抱きしめられる。


影光に忘れられて絶望し


玲奈と影光を妬ましく思い


私はずっとモヤモヤしているのに。


影光と距離が近い。ただそれだけで心が晴れやかになる、飛び跳ねたくなるくらいざわつく。


「月里、顔が真っ赤だけど暑い?」


「暑いわよ。もうちょっと離れて」


「無茶言わないで」


はー……わたしって馬鹿だな……


本当は嬉しいのに、なんでこんなこと言っちゃうんだろう。


「こうやって人混みのせいで距離が近くなるとか、まるで少女漫画みたいだな」


「少女漫画のヒーローにしては随分とかっこ悪いね」


「お前も主人公にしては生意気だぞ」


影光が眉をピクピクさせながら反論する。


「だいたい向かい合ってドキドキするなんて未熟な恋ね。星の王子さまも言ってるでしょ。愛は向かい合うことじゃなくて、同じ方向を向くことって」


「少女漫画のドキドキはサンテクジュペリの言うそれではないと思うけど、なんでも名言にすればいいってもんじゃないぞ」


「せっかく読書が好きなんだから、こういうこと言ってみたいじゃない」


ちょっと顔が熱くなって、影光から目をそらす。


「シェイクスピアは恋は盲目って言ってるじゃないか。見えてないならどっち向いててもいいんじゃないか」


影光はいたずらっ子の顔をして言う。そんなバカみたいなことを得意げに言う彼が面白くって、つい笑いが漏れてしまった。


「なにそれ、バカじゃないの、屁理屈、頭悪、ハハハ」


「月里さん、言い過ぎでは……」


こんなバカみたいな話ができるのは影光だからだ。他にも今読んでる本とか、本以外のこととかたくさん話した。影光が失った私の記憶を埋めるように、柄にもなくたくさん喋った。


あー、影光と話すのは楽しいな。


こんな私にも笑いかけてくれる、この人が……


あっという間に時間は過ぎ、大宮についてしまった。家まで送ると言われたが、なんとなく悪くてバス停まででいいと言った。


ホントはついてきてほしかったけど、これ以上一緒にいたら影光との時間を使い果たしてしまいそうな気分になった。


バスがやってくる少しの間、影光は黙って一緒にいてくれる。この沈黙さえも安心する。


目の前にバスがゆっくりと停車する。


「ねえ、影光」


「ん?」


「またね」


「ああ、また学校で」


バスに乗って影光と別れる。


空いてる席に座り、窓から外を眺めると、駅から離れるにつれてお店が減り、街灯が減り、住宅街や畑が増えていく。こんなに景色の変化があると、まるで夢から覚めたみたいだ。


バスを降りて薄暗い道を歩いていくと、一際明るい小綺麗な2階建ての家につく。ここが我が家だ。入り口に至るまでの庭も広く、よく夏休みはバーベキューをする。


私の両親はレジャーが大好きなのだ。


私たち姉妹の名前にも『月と太陽』『山と海』を使いたかったくらいだ。「空海陸って感じでかっこいいだろ」と父に言われたが、同意はできなかった。


しかも私は山ではなく里だし。親いわく『月山』では名字だろ、ということらしい。もう少しいいアイデアはなかったのだろうか。


それくらいアウトドアな親と、その遺伝子を十二分に受け継いでいる姉。それと比べると、読書が好き、エアコンの効いたヘアが好きな私は、大目に見ても異色だった。


だからといって親も姉ものけ者にしたりせず、しっかりと太陽の下に引っ張り出すし、私に合わせて誕生日には本や図書カードをプレゼントしてくれるいい家族だ。でも、いつも眩しかった。


「お姉ちゃん、お風呂空いたよ」


脱衣所から出ると、姉はソファーで缶ジュースを飲みながらテレビを見ていた。


地方の名物料理を食べ歩くグルメ番組で、大きな体の芸人さんが食レポを繰り返している。


「お姉ちゃんは知ってる?影光が私達高校に通ってるの」


「知ってるよ。さとちゃんの栞を届けに生徒会に来たからね」


姉がいつものように私をニックネームで呼ぶ。


「あと、小学生の頃の記憶がないんだって、事故にあって」


「あー、だからか」


姉がそう呟く。なにが"だから"なのだろうか。


「私、あの時影光がいなくなったの。すごく寂しかったけど、そういった事情があったのね」


まるで独り言のような私の言葉に、姉は目線だけ振り向いて「そうだな」と答える。


さっきの反応から影光が記憶喪失ってことは知らないだろうけど、なんでそんなに普通なの。


もっと驚くことでしょ。


「お姉ちゃん、何か知っているの?」


すごく曖昧な言い方になってしまった私に、姉は


「さーな」と短く答える。


きっとなにか思い当たることがあるのだろう。


そういうとき、姉は適当にはぐらかす。姉の悪い癖だ。


「さとちゃんはさ。まだ影光のこと好きなの?」


その問いに素直に答えるのが嫌だった。


夏目漱石がアイラブユーを月がきれいといった理由は知らないけど、私みたいにちょっとムカついたからかもしれない。


「お姉ちゃんはどうなの?お姉ちゃんだって影光のこと好きだったでしょ」


「うーん、そうね。子供の頃より暗かったからなー。変わっちゃったのかな」


「ちょっとだけ雰囲気違うけど、優しいとこは変わらないよ」


「優しいね……」


姉さんはため息のようにその言葉をはく。


「優しい人っていうのは、優しさっていう箱の中身を知ってるだけだよ。それは特別でもなんでもない」


姉さんの言っている意味はよくわからなかったけど


「それは、影光のこともうなんとも思ってないってこと?」


「……どうかな」


こういうときこそ「さーな」とはぐらかすとこだろう。


「でも、まー、影光に言わなきゃいけないことはあるかな」


そう言いながら姉は髪を人差し指でくるくると絡める。


キッチンからは、セリフも格好もまるで悪役のように見えた。


「ねーさとちゃん、この問題の答えわかるー」


テレビはいつの間にかクイズ番組を放送していた。


それにしても突然の話題だ。


そもそも問題聞いてなかった。


「こういうの姉さんのほうが得意でしょ」


「いや、文系の問題だからさとちゃんなら知ってるんじゃないかなって」


「どんな問題なの?」


「イタリアの作家、カルロ・コッローディの代表作で、結末が残酷すぎるって理由で変わった作品」


絡まった髪には影光のマネをしてつけた黄色のリボンが編み込んでいる。小学生から今になるまでずっとつけている。


姉さんもきっと……


「さとちゃん答え分かっ」


「ピノキオ!」


私は答えを告げ、自分の部屋に戻った。


「答えは……」


リビングからは番組司会者の陽気な低い声が聞こえる。


「ピノキオです!」


「おー!さとちゃん正解!」


司会者も姉さんも2階までよく声が通る。

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