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ヒーローは絶対に泣かない2

向かい合わせにくっつけた机と、その上においてある2冊の日誌、伏見影光だけが教室に取り残された。


「掃除するか……」


すべての椅子を机にあげ、机を動かし、箒にモップもかける。一人でやるにはなかなかに骨が折れる。だいたい他の掃除当番はどこへ行った。


いつも3人くらいいるだろ。


なぜ一人なのか……。


そんなことを考えるだけ時間の無駄だなと気付く。どうせバックレたとか、なんの捻りもない答えに決まっている。


もう無心でやろう。この教室をキレイにすることだけ考えるんだ。俺は集中力を限界まで高めた。人間は集中すると時間の感覚がなくなるようで、体感時間ではあっという間に掃除を終わらせていた。


キレイになった教室を見ていると、達成感がわいてくる。うん、俺は頑張った。しかし、この達成感はつかの間のもので、すぐに倦怠感が襲ってくる。


「帰るか」


そうぼやきながら窓の外を見ると、真っ赤な太陽はまだ顔を出していた。


外を見ると、陸上部らしい人たちが走っている。それ以外にもまだ人がたくさんいるような気配を感じさせた。


随分と遅くなったと思っていたが、そうでもないらしい。帰りに本屋でもよる時間はありそうだ。


中途半端にしまったカーテンを開けて、帰路につくためにリュックをもつ。そのとき、教室の入り口から視線を感じた。


俺は思わず「誰!」と叫んでしまう。


その瞬間、女子の制服を着た生徒が廊下を走り去ってしまった。


玲奈が戻ってきたのだろうか。別に逃げることないのに……。


廊下に出るともう女子生徒はいなくなっていた。


身代わりになるように教室の前に栞が落ちていた。青色の押し花のキレイな栞だ。さっきの人の落とし物だろうか。玲奈は、こんなもの持ってなかったと思う。なら、誰が俺のことを見ていたのだろうか。


自分を見ていたなんて思い込みが激しいな。


妄想はここまでにして、忘れ物として普通に届けよう。


俺はリュックを背負い教室を出て、生徒会室にむかった。


この学校では忘れ物は生徒会室に届けることになっているらしい。


その生徒会室は特殊な場所にある。1年生の教室がある第1校舎2階から第2校舎へ行き、階段で一階に降りる。階段横の勝手口みたいな扉を開けると、キレイにしてあるもののところどころ古びているプレハブ小屋にたどり着く。そこが生徒会室だ。


俺はノックをし、生徒会室の扉を開けた。


「失礼します。忘れ物を届けに来ました」


生徒会室に入ると四人の生徒会が長机を囲んで作業をしていた。


誰一人顔は知らないが、一目で生徒会長は誰かわかった。カリスマ性というのだろうか。凛々しい顔立ち、キリッとした目、腰までありそうな長い黒髪は美人の見本のようだ。顔の脇を流れる髪に黄色のリボンを絡ませているのが、妙に似合わない。それ以外は生徒会長という人物を絵に描いたような人だった。


その生徒会長は俺のことを見るなり突然立ち上がる。キリッとした目を限界まで開き、まるで幽霊でも見るかのような驚きようだ。


「あの……俺の顔を何かついてますか」


俺がそう言うと、生徒会長は我に返り、凛々しい表情に戻る。


「いや、何でもない。一年生よ。生徒会室に訪ねるときは学年と名前をいつもんだぞ」


「あっ、すいません」


たしかに普通の教室に入るのとは違うよな。どちらかといえば職員室のように扱うべき"聖域"なのだろう。俺が学年、一年のと言いかけたところで一つ疑問が生まれた。


「先輩、なぜ俺が一年だと…?」


「あー、それはな」


生徒会長は自分のブレザーの襟を持つ。


「校章の色がその年によって変わるんだよ。今年は一年は青、我々2年は緑だ」


生徒会長の言うとおり、校章の周りがフェルトで覆われていて、そのフェルトの色が緑になっている。俺のは青だ。赤も見かけた気がするからそれが3年生か。


そういえば上履きも三色あったな。ちょうど俺は青だから上履きも学年のカラーになっているのか。


「私はこの高校の生徒会長、北見陽海だ」


生徒会長、改め北見会長は名乗りながら僕の前に立ち、「君の名は」と促す。


「一年の伏見影光です」


「はじめまして影光くん。それで忘れ物と言っていたが」


俺は押し花の栞を北見会長に見せる。会長は栞を見ながら数回まばたきをし、視線を俺に戻した。


「影光くん、届けてくれてありがとう。本当は忘れ物は生徒会で預かることになっているんだが、私はこの栞の持ち主を知っている。とても大切な物のようだからすぐに届けてほしい」


「届けてほしいって、俺が届けるんですか?」


俺がそう言うと、会長はわざとらしく頭をかかえ困ったような表情をする。


「あー、私だって自分で届けてやりたいさ。ただ生徒会は激務でね。猫の手も借りたいくらいなんだ」


絶対、面倒くさいだけだ。なんか他の生徒会メンバーが視線をそらしている気がする。一番近くにいる丸眼鏡、七三分けの先輩は同情の目でこちらを見ている。


同情するなら助けてくれ。


先輩の反応を見る限り、もしかして俺は面倒ごとに巻き込まれようとしているのか。


「頼まれてくれるかい?」


面倒なのは嫌だな。俺はこれから本屋でくつろぎ、家のクッションで今日の疲れを癒やす予定なのだ。生徒会業務の100倍は忙しい。


断ってやろう。そうしよう。


「わかりました。届けます」


しかし、俺の他人に認められたいという理想が、俺が断ることを許さなかった。


俺はヘアピンを指でなぞる。


北見会長から持ち主の居場所を聞き、俺は生徒会室を後にする。


はー、めんどくさい……

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