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ヒーローは絶対に泣かない19

「ママ早く!早くして!」


車の中で私は何度もママを急かした。


病院の駐車場につくと、私は一目散に病院へと走った。


病院の中は広すぎて、影光の部屋なんてわからない。親が走ってくるのが遅すぎて足をじたばたさせる。親が看護師さんに部屋を聞き、影光が2階の病室にいることを知った。


病室を開けると、4つのベットがあった。他の人はどこかに行っているようで、影光だけがポツンとベットに座っていた。


「影光!」私はそう叫んで影光を抱きしめた。


よかった。影光が生きてる。


「よかった!よかった!」


影光の胸でグズグズとなく私を見て、影光は


「ねえ、君は誰?」


影光が何を言ってるかわからなかった。


「わ、私だよ。美園玲奈だよ」


「ごめん……わからない」


影光は川に落ちた衝撃で記憶を失っていた。


そこからの影光はまるで人が変わってしまった。いつもの作り笑いすらなくなり、黄色のスカーフもつけなくなった。


外へも出たがらなくなり、本当に私が引っ張り出すようになった。まるで昔の私みたいだ。


今日も影光の手を引いて無理やり公園に連れて行く。


「影光!砂遊びしよ!ね!」


「うん……」


毎日毎日、ずっと暗い顔をしている。無理に笑っている影光が懐かしい。


今までの影光はもういないのかな……。


私の好きな影光はもうどこにも……。


「うわーーーーーーーん」


川の方で女の子が泣いている。


私はその女の子のもとに行って、いつも影光がするように声をかけた。


「どうしたの?」


「くまさん、くまさんがー」


川を見ると、くまのぬいぐるみが流されていた。


どうやら落としてしまったようだ。


そこまで深い川じゃないけど、膝の高さでも川は危ないって言うし、この川は腰くらいあるし、私泳げないし、川に比べて公園の地面が高いから飛び込まなきゃいけないの怖いし、そんな様々なリスクが頭の中をかけめぐる。


「これ持ってて」


いつの間にか横に立ってた影光が、羽織っていたカットシャツを渡してくる。


私がそれを受け取ると、柵を飛び越え川の中に落ちていった。この前川に落ちて、病院に運ばれたというのによくできるな。その時の記憶もないのだろうか。


ほどなくして影光はくまのぬいぐるみを持って帰ってきた。


「とってきたから、泣き止みな」


影光はいつもの暗い表情のまま女の子に呼びかける。


「わー、ありがとう!」


影光は川の水で泥まみれだというのに、くまのぬいぐるみはとってもキレイだ。川から公園に上がってくるとき、洗ってきたのだろう。


女の子はぬいぐるみを受け取ると、私達に手を振りながら帰っていった。


「良かったね喜んでもらえて」


そう声をかけると、影光は床に尻もちをつく。


「ど、どうしたの!!」


驚きで声が裏返ってしまった。


「いや、さすがにちょっと怖くて」


事故のときのことは覚えてるのだろうか。影光は表情こそ変えていないが、体はがくがく震えていた。そんなに怖いのに川に飛び込むだなんて。影光は何も変わっていなかった。私はそれが嬉しくて嬉しくてたまらず、泥だらけの影光をぎゅっと抱きしめた。




「このタイミングで引っ越しだなんて」


「でも、今の影光にはいい刺激になるかも」


「そうね、連絡ちょうだいね」


「ええ、」


私のママと影光の母親が話している。


小学6年生の夏のこと、影光は父親の仕事の都合で、遠くの地方に引っ越しをすることになった。


最近、学校も行かなくなった影光にとっては、新しい場所での生活はいいものかもしれない。


子供の頃の私は、漠然とそんなことを考えていた。


「影光……はい」


私は大きなリュックを背負った影光に手を差し出す。


「これは?」


その手の中には黄色のヘアピンを握りしめていた。


「やっぱり影光は黄色が似合うからプレゼントしようと思って、男の子にヘアピンは変かもだけど、どうしてもお揃いにしたかったの……。あっでも、私のとは違って、細いのにしたからそんなに目立たないと思う……」


気に入ってくれなかったらどうしよう。受け取ってくれなかったらどうしよう。そんな考えで頭がいっぱいだ。


「ありがとう……」


影光は恐る恐るヘアピンを受け取って、ぎこちない仕草で髪の毛をはさむ。


「手紙毎日書くから、大人になったらどんなに遠くても会いに行くから」


「俺も手紙書く……ね。その……玲奈ちゃん」


影光は久しぶりに私の名前を呼んで、ニカッと口角をあげた。


その表情がもう100年ぶりに感じるほど嬉しくて、私は影光を強く抱きしめる。


「ちょ、ちょっと痛いよ。玲奈ちゃん、玲奈ちゃん」




「玲奈!玲奈!」


リボンちゃんに名前を呼ばれて目を開ける。あれ?国語の授業じゃなかったっけ?いつの間にか6時間目になってしまったようだ。


理科の教師が眉をピクピクしている。


生徒指導の先生でもある理科の先生は怖いと有名だ。


「美園、俺の授業で寝るとはいい度胸だな……」


理科の先生は、黒板の続きを書きながら私に問う。


「この問題の答えはなんだ!美園!」


「酸素12mol、水素24mol」


「せ、正解」


私は何事もなかったように、国語の教材を机の中にしまって理科の教材を出す。


「なんで今まで寝てたのに分かんだよ」


「というか、計算は?暗算でやったの」


こんな問題難しくもなんともない。


夢の中で思い出に浸ったせいか、さらに影光に会いたくなったーーーー。


授業よ早く終われーーーー!


理科の先生は不満そうな顔で授業を続ける。


その後も私は上の空だったが、怒られることなく授業は終わった。


私はすぐに影光の教室に行ったが、影光の姿はなかった。


「またいないのーーーー」


いつも影光はどこに行っちゃうのー!


「どうしたの?旦那に置いていかれた」


「倦怠期〜」


教室にいる女子がちょっかいをかけてくる。


誰が倦怠期だ!私はマンネリとは最も遠い場所にいるぞ。


影光の居場所には検討がついた。あの選択教室とか言う場所にいるに違いない。


私は影光の教室をあとにし、選択教室に向かう。


走るのは好きじゃないけど、走る。


勢いよく第2校舎につながる連絡通路に飛び出たが、私は思わずブレーキをかけ廊下の角に隠れる。


連絡通路を歩く影光と、月里とかいう女が一緒に歩いていた。


仲良さそうに歩いている。


最近、影光に会えないのはあの女と会ってたからかな。


影光はやっぱりあの女が好きなのかな。


今も影光は笑いながら話してる。


私にはあんな笑顔を向けてくれてたっけ。


しょうがないよね、影光が選んだんだもの。


切り替えてかなきゃ。影光が幸せになるためなら私はなんだってする。


しっかり応援しなくちゃ


………………………あれ?


気づくと私は、影光の体に腕を回していた。


「玲奈……」


影光が私の名前をつぶやく。子供の頃は抱きついたってただ嬉しいだけだったのに、今はとってもドキドキしてる。もっと近づきたくて、回してる腕に力が入る。


だめ、離れなきゃ、影光を困らせてしまう。


体は私の意志に反発するように、影光から離れようとしない。


影光から制汗シートと少しの汗の匂いがする。きっと体育でもあったのかな。体育があるなんて知らなかったな。


私の知らない影光がいるのが許せない。


この女に見せる笑顔も話した内容ももしかしたら手をつないでるかもこんなふうに抱きあっているのかも。私は知らない。知らない知らない知らない知らない知らない知らない。


やだやだやだやだやだ、影光を一番知ってるのは私。影光は誰にも渡さない。


ちがう!!


私は影光が幸せならそれでいいのだからこんなの間違ってる、こんな考えも間違ってる。


早く早く離れなきゃ……。


やだ離れたくない。離れたらまたどっか行っちゃう。


影光に嫌われてもいいの!


あの女が変なこと言うからだ。だから間違ったことを考えてしまうんだ。


「玲奈……どうしたんだよ」


影光の顔が見れない。


「なんでもない、バカ影光」


こんなに私はわかりやすいだろ。察せよバカ!


はー……わたしは何をやってるんだろ…



※ ※ ※

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