ヒーローは絶対に泣かない15
「もういい!影光のバカバカバカバカ!うんこ!」
私はそう言って、教室を飛び出していった。
廊下を走り、階段を走り、下駄箱につく頃には、自分は何をやっているんだという気持ちになった。
影光がああいうの断れないの知ってるじゃない。
今すぐにでも手伝いに戻って、一緒に帰りたいけど、なんだか気まずくてそのまま帰ることにした。
だいたい3年ぶりだよ。3年ぶりに会った幼馴染に冷たいんじゃないの。
影光がこっちに帰ってきて、同じ高校受かったのだって奇跡だったのに、私だけ浮かれてるみたいで馬鹿みたい。
影光は嬉しくないのかな……。
頭に浮かぶモヤモヤを吹き飛ばすように頭を振った。
玲奈、暗い気持ちになってはダメ!
子供の頃誓ったじゃない。ネガティブ思考はもうしないって。
明日は何があっても影光と一緒に帰って、遊ぶわよ!
影光が何を押し付けられようと関係ないわ。
縄で縛って、引きずってでも一緒にいるんだから。
影光にどうしたら振り向いてくれるかたくさん考えよう。
家についた私はカバンを部屋の隅に投げる。
私の部屋は正方形の形をしていて、勉強机とベットが1台ずつある。
そこらには少女漫画や教科書が固まって床においてある。
そろそろ母さんに部屋を片付けろと、言われてしまう。
机の上にもマニキュアやファンデーションなどの化粧品が散乱している。
その中の一つに目が止まる。
ハンドクリームがなくなっている。
私は一年中肌が乾燥する体質だ。ハンドクリーム、買いに行かなきゃ。
そうだ!
最近はいい匂いのするハンドクリームが増えてきたし、明日影光とショッピングして、影光が選んだ香りのハンドクリームを買おう!楽しみだなー。
影光とのデー……お買い物にわくわくしすぎて、その日の夜は小学生のように眠れなかった。
次の日の学校も早る思いで放課後を待った。
本当はお昼も影光と一緒に食べたいのに、ここ2、3日は部活や委員会があるせいで会いに行けなかった。
女子力を上げたくて、家庭科部に入ったけど失敗だったかもしれない……。
影光といる時間を自ら減らしてしまった。
いや、これも大人になったとき影光の好感度をあげるために必要不可欠。我慢するのよ玲奈。
とにかく今日のデートを成功させる!!
「おい!美園!話聞いてるのか!」
数学の教師が私の名前を呼ぶ。この先生の名前なんだっけ?
「はい、聞いてます」
本当は聞いてないけど、正直に言うと怒られるしな〜。
「じゃー、この問題の答えを書いてみろ」
黒板には長い式が書いてある。因数分解の問題か。
私は前に出て計算式を黒板に書く。
「せ、正解」
教師が驚いているようだが、そんなの無視し私は自分の席についた。
「あいつノート真っ白なのに正解したぞ」
「しかも応用問題だろ!どうして正解できんだよ」
周りが騒がしい。
別に数学ができたからって、影光は興味ないだろうし意味ない。
そうこうしているうちに授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
荷物を整理して、かばんを持ち、教室を出る。
影光は隣のクラスだから行きやすくて助かる。
そもそも同じクラスなら行きやすいとか関係ないのに。神様はわかりやすく助けてはくれない。
影光の教室につく。しかし、見渡しても影光の姿がない。
もうどこかに行ったのだろうか。
「あれー?玲奈ちゃんどうしたの??」
「また旦那迎えに来たんでしょ」
「旦那じゃないわよ。茶化さないで」
いつも話しかけてくれるC組の女子たち。名前はわからないけど。
「影光はどこ?」
「伏見くんならさっき急いで出てったよ」
さっき話しかけてくれた女子とは違う人が教えてくれる。
影光はもうどこかへ行ってしまったのか。
「ほんと同じクラスとか最悪よね」
不意に棘のある言葉が耳に飛んできた。
「俺はヒーローとか、まじウケるんだけど」
「インキャな顔のくせに何がヒーローだし」
「まじ腹立つよな」
悪口とか陰口とか言うならもっとヒソヒソとやってほしい。聞いてるこっちが不快になる。
女子3人がゲラゲラと笑いながら話している。
あなた達みたいな人が、みんなに聞こえるようにそういうこと話すから、化粧したり髪染めたりしている女子が悪く言われるんだ。私がかみ染めるときも親にすごく反対されたのは、あなた達みたいな人のせいだと思う。
こんなヒソヒソガールたちは無視が一番。
そんなことより影光を探さなきゃ。
「ホント目障りよね、伏見」
「消えてくんないかな、伏見」
「ちょっと!」
私は気づくと、女子3人の前にいた。
さっきまで話しかけてくれていた人たちが、「やめときなよ」と言ってくれる。
だが、その名前を聞いて、無視なんかできない。
「私の前で影光の悪口を言うのやめてくんない」
「は?お前誰だよ」
3人のうち一番背の高い女子が、私を睨みながら言う。
「私はD組の美園玲奈。私の前で影光の傷つくこと言う人は許せない」
そういうと、3人のうち一番背が低い女子が笑った。
「もしかして伏見のこと好きなの」
その発言にほか二人も爆笑する。
「そういうことか」
「伏見が好きとか、趣味悪」
小学生みたいな言動にほどほど呆れてしまう。
「好きで悪いの。大切な人のこと守るなんて当たり前でしょ。それを笑うなんてあなた達は人を好きになったことがないのね。かわいそうに」
3人はまだなにか言いたげに口をモゴモゴさせていたが、「もういいよ行こう」と言いながら行ってしまった。
「あいつもウザいな」
3人女子の捨て台詞の"あいつも"って何?
私と影光のこと?
影光もあの3人に説教でもしたってこと?
嫌われるのが嫌いな影光が、一番やらなそうなことだけど。説教でもしなきゃいけない状況になったとか?
私は考え事をしながら、影光を探すべく校舎の中を歩いた。
もう帰ってるかもしれないけど、私の勘と推理がまだ影光が校舎にいると言っている。
そもそも私も急いで影光のもとに行ったのに、影光はそれ以上に急いだということになる。特別な用事があった、そしてそれは学校の中にある気がする。
"消えてくんないかな伏見"
うーん、もしかしてあの3人女子の悪口聞いて急いで帰ったのかな…。なんかそんな気がしてきた。
今からでも駅に向かう?
いや、電話しちゃえば確実じゃん。なんで気づかなかったんだろう。
そう思い、カバンからスマホを出す。
その時、教室のドアが開く音がした。
妙に周りが静かな中で響いたその音に目を向けた。
第2校舎2階、職員室前の選択教室。何に使われているかよくわからない教室から男子生徒が出てくる。確かクラスメイトだった気がする。名前なんだっけ?
「あれ?美園さんじゃん!」
制服を適度に着崩し、イケメン風な顔の男子が話しかけてくる。
「なにしてんの?」
「影光、知らない?」
聞いても意味ないかもだけど…念の為ね。
「影光?あー、不思議くんのことかー!」
誰それ?
「不思議くんなら選択教室にいるよー。じゃー、俺部活あるから〜」
イケメン風男子はそう言い残し、階段を降りていった。
どうやら影光は選択教室にいるらしい。あんなところで何をやっているのだろう。
ゆっくりと扉まで近づくと、影光の声と女の声が聞こえた。
女の声が聞こえた!!!!
一大事だ。影光に彼女(とは限らないけど)がいる。
私はドアに耳を近づけ中の様子をうかがう。
「あなた昨日そんなことしてたのね」
「そんなことって何だよ」
「アミさんたちに説教したんでしょ。それで昨日、かなえがあんなこと言い出したのね」
昨日?アミ?説教?なんの話をしているの?
「私だけのヒーローね」
「茶化すな、なんか言っちゃったんだよ」
「別に茶化してなんかないわ。けど、私にとってはヒーローでも、あの人たちから見たら悪役になったと思うの」
話は断片的で全部は理解できない。でも、きっとこういうことだ。影光があの子のためにアミとかかなえとかに何かを言った。
だからアミたちはクラスで影光の悪口を言っていたんだ。
影光が一番嫌なことを、あの女はさせたんだ。
気づいたら、私は教室のドアを思いっきり開けていた。
「玲奈?なんでここに?」
影光が間の抜けた顔で言う。
「なんでじゃないわよ」
私はまっすぐに女のもとへ向かう。このとりとめのない怒りをぶつけるように、私は彼女の目の前にあった机に両の手をついた。
「あんたのせいなのね」
「玲奈さん?どなたか知らないけど何のこと?」
「あんたのせいで影光は……。影光は、こそこそ悪口を言われるような人間じゃない。そういうことが一番嫌いなのに、あんたが影光にそういうことさせたんでしょ!」
頭が熱い。自分が感情だけで喋っているのがわかる。
「おい、玲奈。月里は何も悪くない。俺が勝手にしたことだ」
「影光は黙ってて」
わかってる。この月里という女が悪くないのはわかってる。頼まれてもないのに、影光が勝手にやったことなのはわかっている。
それでもムカつかずにはいられない。
当たらずにはいられない。
だって誰にぶつければいいの。
大切な人を傷つけられた。この怒りを。
「玲奈さん、あなたの気持ちわかるわ」
「全然わかってない」
影光のことを一番わかってるのは私。
「影光はこれまで、大変な思いして生きてきたんだからもう傷ついてほしくないの……」
私はずっと知ってるんだから、影光がどんな子供だったか、どう成長し、苦難におちいったのか。
「おい、玲奈その話は…」
「待ってなんの話をしているの?」
「影光は小学6年生のときに事故に合って、それより前の記憶がないの」
ほら、驚いてる。やっぱり知らなかったんだ。
そんなことも知らないで、軽々しく私の気持ちがわかるとか言うな。
影光はもう十二分に傷ついたんだ。
もうこれ以上、傷ついちゃいけないんだ。
「その話するなよ。小学生のときの記憶がなくたって、今はそんなに困ることないし」
「そんなことない!あの時、影光辛そうだったもん。この世の終わりみたいな顔してて、だから私は」
私は影光を守るって誓ったのに……。
その言葉は涙に邪魔されて、声になることはなかった。
たくさんの感情がうごめいて、涙が止まらなくなった。
「もういいよ、もういいから……」
影光がいつものように優しく接してくれる。
八つ当たりなのはわかっている。
一番ムカついているのは自分だ。
影光のことを守れなかった。
そんな大事なときにそばにいてあげられなかった。そんな自分が一番ムカつく。
私は影光につれられ、教室を後にした。
「お前は昔から泣き虫だな」
下駄箱に向かいながら影光が言う。
まだ目尻が熱い、瞳で影光を睨みつけてやった。
「昔からって……私が泣いてるとこなんて見たことないでしょ」
正確には覚えてないでしょ、か……。昔の私は影光の言うとおり泣き虫だった。だけど影光が記憶をなくしてからは、影光の前で一回も泣いたことはない。
「あー、でも、ほら、お前が映画を勧めてくるときは決まって”超泣けるーー”っていうだろ。」
影光が、全力で高い声を出し、女の子のような喋り方をする。
「なにそれ?私のマネ?超キモい」
キモいけど、なんか馬鹿らしくてつい笑ってしまった。
本当に影光は優しくて、元気をくれる。
「そういえば結局スタバ奢ってもらってない!今日、奢って!!」
「はいはい、わかったよ」
「2杯だよ。2杯」
私達はスタバに向かうべく、大宮まで行く電車に乗った。