ヒーローは絶対に泣かない14
……目を開けるとチャイムが鳴っていた。
何回目のチャイムがなったんだろうか。
5時間目が終わったのか、それとも6時間目がはじまったのか。
眠気眼をこすりながら顔を上げると、黒髪でメガネの女の子が机を挟んで座っていた。
「月里……」
「影光くん、さぼり?」
「まーな、今何時?」
「もう放課後」
そんなに寝ていたのか。気がついたときには意識を失っていたんだな。
「あとで、ノートでも見せてくれよ」
「5時間目は自習だったし、6時間目は国語だったからノートを取る気になれなかったわ」
月里の言葉を聞いて、授業があまり進んでいなさそうで安心した。教室に荷物でも取りに行ってさっさと帰ろう。そう思い、椅子から腰を浮かせる。
「サボりなんて、何かあったの?」
月里に話しかけられ、浮かせた腰をもう一度戻した。
「別に……」
「何もないのにサボったの?不良ね」
鼻につく言い方だ。
「本物の友人っていうのはどういうものなんだろうな」
聞いたことのある問いかけを月里に返す。
月里は少し考えてから答える。
「そんなのわからない。でも、あなたがそう質問したわけならわかる」
「なにそれ」
「本当の友達になってほしい人ができたんでしょ」
……ああ。きっとそのとおりだ。白石は唯一この学校で俺を友達と言ってくれた人だから。
「それにあなたには玲奈さんがいるじゃない。いや、玲奈さんは友達じゃなくて彼女か」
「いや彼女じゃないし、」
玲奈は大切な友達だ。いや、友達と呼ぶにはなんか違う気もする。うーん、よくわからないな。
「彼女じゃないんだ」
「そうだよ」
なぜそんなにホッとした表情をするんだ。そんなに俺に恋人がいるのはおかしいのか!
「月里はどうなんだよ!彼氏いないのか」
「いない」
「そうなのか?月里、モテそうなのにな」
周りは月里のことを地味だというが、これでいて顔立ちは整っているし、美形だと思う。背や胸が小さいのは残念だが、それを引いてもモテそうだけどな。
「今、失礼なことを考えたでしょ」
「まさかそんな」
エスパーか!こいつは!びっくりして、変な汗が出たわ!
「みんなが好きになるのは私じゃなくて姉さんだもの。私に近づく男もみんな姉さんねらいだったわ」
確かに姉のほうが背と胸はあるな。
「月は太陽に勝てないのよ」
自分は月、姉は太陽とでも言うのだろうか。
名前だけでなく、中身もそうだと言いたいなら返す言葉は一つだ。
「俺は眩しすぎる太陽よりも月のほうが好きかな。なんか安心する」
「そう」
月里は頬を赤く染め、そっぽを向く。
俺もなんとか隠しているが、すごく恥ずかしい。
比喩なんて使うから余計に照れる。
「じゃー、俺は帰るかな」
「私も帰る」
そう言って、月里はかばんを持った。
俺もつられて立ち上がる。
「姉さんまたなくていいのかよ」
「メール送れば大丈夫」
「俺、教室に荷物あるから」
「ついてく」
月里は俯いて恥ずかしそうに言う。
「なに?お前、俺のこと好きなの」
「…………さっさと歩け」
恥ずかしそうにしてたのは、気のせいだった。
冷たい目でめっちゃ蹴られる。
「帰りに本屋よるから」
「あ、そう」
「あなたも行くの。本好きでしょ」
「俺の決定権は」
本好きだけど昔ほどじゃないし、疲れたからまっすぐ帰りたい。
でも、こうやってわがままに付き合わされるのも、どこか懐かしくて悪くないと思った。
俺は歩幅を合わせて、やや背の低いメガネ女子の横を歩く。
真っ赤な夕日が廊下の窓から差し込んだ。
※ ※ ※
真っ赤な夕日が廊下の窓から差し込んだ。
影光がやや背の低いメガネ女子の横を歩く。
月里さんって言ったっけ?
西日に照らされる二人が妙に絵になるのがムカつく。
いつからこうなってしまったんだろう。
きっと2日前からだ。
私が怒って逃げてしまったあの日から変わってしまったんだ。
※ ※ ※