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ヒーローは絶対に泣かない13

しかし、もやもやがなくなることはなく。


次の日になってしまった。


授業が頭に入ることは一向になく。昨日のことだけが、頭の中でぐるぐると回転する。


今も黒板には、ぬいぐるみに入った綿のように、ぎっちりと数式が書かれているが、俺のノートは真っ白であった。別に大したことはないはずなのに、気になると止まらないんだよな。あとで玲奈にでもノートを見せてもらおう。


授業の終わりを知らせる鐘がなる。生徒たちはお昼を求めに教室を出ていく。俺も早く行かないと、パンが売り切れてしまう。


「月里ー!お昼一緒食べよう」


「あっ、かなえか」


教室の真ん中で百合ヶ原と月里が会話をしている。


「って月里、ノート真っ白じゃん!」


「ちょっとぼーっとしていたら授業終わってて」


同じ過ちをしている人がいると、安心感があるな。仲間いた〜みたいな感じで


「そか、じゃー、あとで私のノート見せてあげるね」


いいなー、月里は。ノート見せてくれる友達がいて。俺にも玲奈がいるけども。


他のクラスだと内容が若干違ったりするからな。


ん?俺も百合ヶ原からノート見せてもらえばいいんじゃない??


(は?なんであんたに見せなきゃいけないの)


そんな言葉が飛んでくることは容易に予想できた。


「そういえば面白かったよ。貸してくれた本!また、今度なにか貸して」


以前、月里は百合が原に『走れメロス』を貸していたけれど、それのことだろうか。もしかしたら別の本かもしれない。


月里は「うん」と返事をしながら机の中の本を出す。


「え?早速貸してくれるの」


「ううん、これは別の人に貸そうと思ったんだけど……」


月里は歯切れ悪く言う。そんな月里の様子を見て、百合ヶ原が月里の肩をつかむ。


「もしかしてあいつに……?」


こっちを見るなよ百合ヶ原。うっかり目があったらどうするんだ。何か気まずいだろ。これで月里から「違うよ」と言われたときには、気まずすぎて爆死する。


「ううん、影光くんじゃないよ」


目が合わなくて本当に良かったー。


「うん!渡してこようかな」


月里は何かを決心し、大急ぎで教室を出る。


「ちょっと待ってよー」


百合ヶ原も続いて後を追った。


月里はいったい誰に本を貸すつもりなのだろう。


だいたい昼休みにそんなのんきな行動をしていたら、ご飯食べる時間なくなってしまう。


昼休み……


俺も急いで教室を出た。


そして……今俺は空っぽのトレイが並んだ購買の前にいる。




俺らの高校はパンや文房具などを売っている便利な購買がある。昼休みと、放課後の2時間、営業している。


教室の一角を借りて、黄色いTシャツにデニムのエプロンをつけた、三十代くらいの天パの女の人がいつも売り場に立っている。


しかし、この購買は一年の教室がある第一校舎から第2校舎を挟んで第3校舎の一階にある。つまり遠い。第2第3校舎を牛耳っている高学年のほうが圧倒的に好きなものを変えるチャンスがある。そもそも出遅れた俺に買える食べ物などなかった。


昼抜きで午後を生き抜くのか。そう諦めかけていたが、ふと売り場の端っこに食パンが1袋あった。8枚切りのよくスーパーで見るやつだ。


こんなパンを高校生が買うだろうかと疑問に思ったが、俺はその120円の食パンをありがたく買うことにした。


「あの…これください」


俺が指差すと女の人は大きく驚いた。


「まいど!この食パン買ったのこの学校であんたが初めてだよ」


買いたくて買ったわけではないんだけどね。


「食パンしかなかったら、みんな諦めて学食に行ってしまうからね」


そう言いながら教室の窓から見える学食に目を向ける。


一方、俺は財布を落として頭を抱えていた。


その手があったじゃん。


うちの高校は購買以外に体育館の横に学食がある。美味しいという噂は聞かないが、食パンよりは絶対うまい。


今さら断ることもできないので、食パンを持って購買をあとにする。


「おー、不思議くんじゃん!」


陽気に話しかけてきたのは、白石だった。


「こんなとこで何してんの?」


購買と1年の教室の間の第2校舎で一体何をしていたのだろうか。1年の教室からも遠いのに…。


「え?あー、さんぽ?」


疑問符をつけられてもこっちが困惑してしまう。


「実は不思議くんに会えたらいいなーと思って歩いてたんだ」


「俺に?」


「そうそう。さっきさ月里ちゃんからこんなもの借りて」


そう言って、白石は1冊の本を俺に見せる。


「なんか無理やり押し付けられたからさ。どういう意味なのかなって」


そんなの俺だってわかんないよ。


月里が教室で見ていた本は白石宛だったのか。百合ヶ原にも本を貸していたし、それと同じようなものだろう。


白石は見飽きた映画のDVDケースでも見るように、ほんの表紙や裏表紙を見る。


「イソップ童話だって、赤ずきんとかお菓子の家だっけ?」


「赤ずきんもヘンゼルとグレーテルもグリム童話だ」


「あっそっか」


白石が興味なさそうに適当に返事をする。


「じゃー、イソップ童話って何?」


「北風と太陽とかアリとキリギリスとか」


「あー、そういうのね。ウサギとカメとか。あとは……」


白石は間をおく。


「オオカミ少年とか」


白石は何か含みを持たせて言った。


俺が黙って、白石を見ていると、白石は続けて言った。


「言っとくけど、俺は嘘なんてついてないからな」


急にどうした。別に何も言ってないぞ。


「本当は月里ちゃんに言ってやりたかったけど、不思議くんだって本当は思ってるだろ。なんか違ったなって」


白石は微笑みながら言う。


「でも、本当に嘘なんてついてないぜ。実際、手紙は毎日のように送られてきたし、舞桜と歩いてるときはつけられたしな。虚言なんて一言も言ってない」


責めたわけでも追いつめているわけでもないのに、随分と白石は必死そうだ。


「お前は誰に弁明しているんだ」


そう言ってやると、白石は黙ってしまった。


「なー……ずっとお前に言いたいことがあったんだ」


「なんだ?告白か。悪いな。俺には可愛い彼女がいるんでな」


「勝手に振るな」


白石の冗談を軽くあしらい、俺は続けた。


「白石も第1校舎の下駄箱にいたんだろう。俺が女子4人といるとき」


あの、恥ずかしくもカッコつけてしまった場面を、白石は知っている。


「どうしてそう思うんだ」


「お前以外、誰も知らなかったからな」


半分は勘だけど、北見会長でさえ白石から聞いたらしいし、あの場に白石がいる可能性は高いと思った。


「よくわかったね」


「あっ、本当にいたの」


「あてずっぽだったのかよ!」


白石がオーバーに驚く。知ってたんなら周りに広めといてくれよ。おかげで、いもしない恋人のために暴力を振るうバイオレンスマンになっちゃっただろうが。


「これは嘘だよな。白石は友達から聞いたと言っていたじゃないか。なんで嘘をついたんだ」


「嘘だなんて大袈裟だな。特に意味なんてないよ」


俺が黙ると、白石はソワソワとし、廊下の壁にもたれかかる。廊下の壁には窓があり、そこから校庭とボールを蹴り合う生徒が見える。


白石も同じ風景を見ていた。


「強いて言えば、君に負けたくなかったからかな。第1校舎の下駄箱で不覚にも君がかっこよく見えてしまった」


あれをかっこいいと思うのはどうかしているし、不覚にもとはどういう意味だろうか。


「俺だって一人でストーカー野郎に言ってやりたかった。『俺の女に近づくな』ってな。でも、もし逆ギレとか、反撃とかされたらさ。舞桜にかっこ悪いとこ見せちゃうだろ」


「お前の彼女は、カッコ悪かったとしてもお前に助けてほしかったんじゃないか」


「それじゃダメなんだ。舞桜や学校のみんなが望んでる俺はかっこいい俺なんだ。イケメンな俺でなくちゃいけないんだ」


白石は自分に言い聞かせるように話す。


「自分がイケメンって、ずいぶんな自信だな」


そう言ってやると、白石は少し微笑んだ。


「俺は、お前とは違う。お前みたいに周りにどう思われても正しいことをしようとか、大切な誰かを救おうとか、俺はどうしても思えない。どんなにかっこいいことをしたって、みんなから嫌われていたらただの嫌われものだ」


白石が唯一ついた嘘の理由がわかった気がした。


「下駄箱でのこと、嘘をついたのは後ろめたい気持ちがあったからか」


きっと白石も注意しようとしたんだ。でも、しなかったんだ。それが白石にとっては疾しいことだったんだ。


「別に、本当に君がかっこよかったのが悔しかっただけだ」


白石は俺に似ている。


初めはイケメンなことも彼女がいることもムカついたが、今の白石はなんだか好きだ。


だから俺は素直に話そうと思った。


「偽物はどんなに綺麗に取り繕ったって偽物だ。白石は本物になるべきだ」


話したらだんだん止まらなくなった。


「白石なら一人でストーカーだってやっつけられた。悪口を止められた。できないと思ってるのは白石だけだ。自分で自分にカセを作ってるだけなんだよ」


熱くなって、つい詰め寄った俺の体を、白石は軽く押した。なんだか自分らしくないと思い、急に顔が熱くなる。


「無理だよ」


白石は、そんな俺とは正反対に冷静に言葉を返す。


「できる方がすごいことも、できることが正しいこともわかってる。でも、できたらやっている」


昼休みを終えるチャイムがなった。


白石は壁から体を離し、第1校舎の方に戻って行く。


「俺は臆病なんだ。失敗することが何より怖い。だから俺は必ず成功するように自分を偽り続けるよ」


お前はそれでいいのか、言ってやりたかったけど、言葉が出なかった。


言うか迷っている間に、白石が口を開く。


「オオカミ少年はバレる嘘をつくから信用されなくなるんだ。俺は絶対にバレない。バレない嘘は本物よりも本物だ。俺はお前とは違う」


そう言って、白石は立ち去ってしまった。


やっと伝えたいことがわかったのに。廊下にはただぽつんと、カカシのような俺が立ってるだけだった。


午後の授業を受ける気にもなれず、俺は選択教室で時間を潰すことにした。


ちょうど第2校舎の2階だしな。


扉を開けると、誰もいない。この教室はいつ使われるのだろうか。一人でいると随分広く感じる。


俺はいつも月里が腰を掛けている椅子に座る。同時に隣の教室で生徒がいっせいに立つ音がする。きっと号令だろう。確か隣は2年生の教室だったかな。授業している横で堂々とサボっていると、胸がドキドキするな。


とても嫌な感じのドキドキだ。胃に穴が開くたぐいのものだろう。サボるときの問題点だな、これは。他にも問題がある。やることがない。荷物は全部教室だ。


まーいい、もともと何もやる気が起きなくて授業をサボっているんだ。だから今俺が取る最善の方法は寝ることだ。


俺は近くの机を自分に引き寄せて、突っ伏して寝た。


机は硬くて居心地が悪かった。


白石は、俺のことをどう思ったのだろうか。


"お前とは違う"と言われたとき拒絶されているようでショックだった。


俺は白石と仲良くなりたかったのかな。


ストーカー事件のとき、白石が彼女に俺のことを友達と紹介してくれたことが、すごく嬉しかった。たとえそれが偽りだったとしても。


だからこそ伝えたかった。


"それで本当に大切な人が救えるのか"って、


すぐに言葉が出なかったのは、白石の気持ちも考えも理解できるところがあったからだ。


俺も周りばかり見て、他人の視線が気になる。


だって世界は自分を写す鏡なんだから。


他人の評価こそ自分の姿なんだから。

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