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ヒーローは絶対に泣かない

子供の頃に読んだ黄色いハードカバーの『名言集』というタイトルの本にこんなものが書いてあった。


"世界はその人を映し出す鏡だ"と、イギリスの小説家ウィリアム・メイクピース・サッカレーが言った言葉だ。


全く持ってそのとおりだと思う。人は自分自身では自分を見ることはできず、感じることはできない。


世界に他人に映し出してもらうしかないのだ。


だからなりたい自分になるには、他人がそう評価してくれるように見繕わなければいけない。


「ねー影光、3時間目って何したっけ?」


例えば現在の俺を形作っているのは、目の前にいる幼馴染の評価だけだ。


「たしか2時間目が英語でしょ」


ただ人間の最大のデメリットは他人が自分をどう思っているか想像でしかわからないことだ。


「えーと、私その後何したっけ?」


今、この幼馴染は俺のことをどう思っているのだろう。


「ねー、影光!聞いてるの!」


「なー玲奈、俺のことどう思う?」


少し苛立ちげに話しかける声を遮り俺は幼馴染に聞いた。


「何突然キモいんだけど」


どうやら俺はキモいらしい。突然、自分のことをどう思うとかいうやつは確かに変なやつに見えるかもしれない。


キモいは言い過ぎだと思うけどな。


他人からの評価は想像するしかない。


「影光のことどう思うって……別に……」


玲奈がモゴモゴと口を動かす。


放課後の教室に差し込む夕日が玲奈を赤く染めた。


あまりに横槍な夕日が眩しいと思い、カーテンを少し動かす。


「って、そんなことどうでもいい!私の話聞いてないでしょ!!」


「3時間目は理科だよ」


思いっきり立ち上がり大きな声で叫んだ玲奈は、「あっそう」と拍子抜けしたように椅子に座った。


「そんな勢いよく立つなよ。パンツ見えるぞ」


「見えないわよ!」


太ももが見えるまでスカート短くしていながら何を言っているんだ。


玲奈の身なりは随分と変わってしまった。


肩まで伸ばした髪は、明るい茶色に染め、ヘアアイロンを駆使してふわっとした形に整えている。


髪の明るさに合わせて化粧もほどよく仕上げ、ぱっちりな二重も作りものだ。


唯一、前髪を止めているプラスチックの黄色のヘアピンだけが子供らしさを演出している。


昔はもっとおとなしい風体の子だったのに……。


「理科ってことは丸山先生か」


目の前の変化に寂しさを感じている俺にはおかまいなしに、玲奈は日誌を書く作業に戻っていた。


玲奈は俺の視線にチラッと一瞥する。


「考え事してたでしょ」


「何だよ考え事って」


「影光が考えることなんて、ネガティブなことか屁理屈でしょ」

「屁理屈なんて考えてない」


だいたい屁理屈は考えただけじゃ効果を発揮しないだろ。


「どうせ有名人や偉人の名言借りて、どうでもいいことをさも人生の答えのように考えてたんでしょ。サッカレーの名言とか影光好きだもんね」


ここまで自分のことを理解されるのも考えものだな。言い返したくてもぐうの音も出ない。


「そんなこと考えているから日直の仕事なんて押し付けられるんだよ」


日誌を書く仕事は、本来今日の日直が行うものだ。


「押し付けられてない。喜んで引き受けたし」


部活が忙しいと困っていた日直さんを、帰宅部の俺が助けてあげたのだ。


「誰でも助けようとするとこは影光のいいとこだけどさ、ほどほどにしなよ。だいたいなんでこんな面倒くさいこと引き受けるかな。絶対いいように使われてるだけじゃん」


別にいいように使われたっていい。


今日の日直さんが、影光って優しいやつだなと思ってくれればいい。


自分の評価は自分ではわからないのだから、できる限り徳を積んで自分への好感度を信じられるようになるしかないのだから。


「目指すのは"幸福な王子"だな」


「いろんな人に自分を覆ってる金をあげる話だよね。あれ王子の像だからいいけど、人だとグロいよね」


いやな言い方をする。


「影光がそんなに損を積みたいなら、私があなたの皮を剥いであげる」


玲奈は俺の手の皮をつねりながら言う。


誰が損を積みたいだ、俺が積みたいのは"徳"だ。


「あー!もう日誌あきたー」


「じゃー、帰ればいいだろ!玲奈だって日直じゃないんだから」


なんなら同じクラスですらない。


「そしたら影光と一緒に帰れないじゃない」


「なんでだよ。一人で帰れよ」


「こんなにかわいい女の子が帰りを誘ってるのに一人で帰れなんてひどい」


玲奈が大根役者もびっくりの泣き真似をする。


しばし泣き真似を続けた玲奈は、飽きてしまったのか、俺の反応がつまらなかったのか、スッと無表情へと顔を変える。


「あんたはそんなんだから、入学して1ヶ月経っても友達ができないのよ」


大きなお世話だ。それに話しかけてくれる人はいるし、日直さんとか……。


「で、帰らないの」


「だから一緒に帰りたいって言ってるでしょ!!」


「なぜに?」


さっきカーテンを締め切らなかったせいでまた赤い夕日が玲奈に差し込んだ。


「そ、それは、ほら、引っ越しの手伝いしてあげたでしょ。お礼にスタバのフラペチーノでも奢ってもらおうと思って」


たしかに一ヶ月前に引っ越してきたとき、荷解きを手伝ってもらった。


父親の仕事の都合で、俺はこっちの県に戻ってきたのだ。受験と引っ越し準備の時期がかぶっていたせいか、去年の1月から3月はずいぶんと慌ただしかった。


「3年振りだよね」


「そうだな。3年も経ってると結構変わるもんだな」


昔の思い出を思い返す。そんな物思いにふけっている俺だが、玲奈が机を叩く音で現実に引き戻された。


「そんなことを言いたかったんじゃない!スタバのみ行くわよ!日誌も手伝ったんだからフラペチーノ2杯ね!」


日誌は別に頼んでないのだが……。


「おーいたいた」


教室の入り口を見ると、たしかクラスメイトであろう人物がいた。


「伏見!頼む!」


その人物は胸の前で合唱をつくり、少し頭を下げる。伏見とは俺の苗字だ。この人は俺が伏見影光と知っているようだ。俺は全く覚えていない。


「掃除当番サボろうとしたら見つかっちゃってよ。代わってくれないか?今日バイトがあるんだ」


うちの高校はバイトが認められているから、バイトをしていると帰宅部でも忙しくなるんだな。


「うん、いいよ」


俺は自分の髪を止めているヘアピンをなぞりながら、満面のスマイルで応答する。


「ありがとう!恩に着るよ!」


まー、掃除くらいやってやるさ。これも徳を積むためだ。"世界はその人を映し出す鏡"なのだから


ーーーーーーーーーー


俺は隣からの視線を感じた。そちらに顔を向けると、ジト目でこちらを見る玲奈がいた。


「影光……。スタバは?」


「掃除終わった後……とか……」


「もういい」


玲奈はそう言って、荷物を雑に持ち教室から出ていく。


「影光のバカバカバカバカ!うんこ!」


バンッ!!


最後にこれでもかというほど悪態をつかれ、引き戸を思いっきり締めていった。


うんこって……女の子なんだからそんな下品な言葉は使わないほうがいいと思うぞ…。

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