第73話:停滞
――――――――――『魔の森』にて。マイルズ聖騎士団長視点。
おかしなことがある。
学院高等部の二学期が終了して以降、パルフェ様が毎日『魔の森』へ行きたがるのだ。
いや、肉を食べたいお年頃と言われればその通りかもしれないが、明らかに魔物狩りにウェイトを置いていない。
いつものような鼻歌も出ない。
どういうことだろう?
「パルフェ様」
「何だろ?」
「最近のパルフェ様はおかしゅうございますぞ。いかがされたのです?」
バレたか、みたいな顔をするパルフェ様可愛い。
「……根拠がないんだよなー」
「根拠、と申しますと?」
「建国祭で何か起きるんじゃないかと思ってる」
聖騎士団員に緊張が走る。
建国祭まであと半月くらいじゃないか。
「何か、と言いますと?」
「事件。去年の自然派教団のテロみたいな」
テロだと?
最近パルフェ様はそんな事を考えていたのか?
「いや、ただのカンだよ? でもどー考えても建国祭がヤバいと思う」
ただのカンであるはずがない。
どうやらパルフェ様は何かあるらしいという、うっすらとした情報を得たのだろう。
しかし時期や規模などはわからないということに違いない。
「それで聖騎士の皆さんにはあたしの祝福に慣れていてもらいたくてさ」
「ああ、冒険者バージョンの祝福ですね?」
「そうそう。メッチャ身体軽くなるから、慣れてないと却って戦いづらいと思うんだ」
「なるほど……やはり戦いになると?」
「それはわからんけど、備えておくに越したことはないし」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
「いくよー。天の神よ、地にあまねく祝福を!」
――――――――――王都聖教会本部礼拝堂にて。アナスタシウス大司教視点。
「大司教猊下、お耳に入れたきことが」
「うむ? マイルズか」
マイルズは外回りを受け持つ聖騎士団の団長だ。
普段は報告書くらいであまり接点はないのだが、何やら深刻な様子だ。
「どうした?」
「先ほどパルフェ様と『魔の森』へ行ったのですが」
「またか。まあいい。それで?」
「最近頻度が多いですのでパルフェ様に真意を問うたところ、建国祭で何か事件が起きるんじゃないかと仰るのです」
「建国祭で事件?」
聞いてないぞ。
どういうことだ?
「猊下も御存知でなかったですか」
「ああ。マイルズの知ってることを話してくれ」
「いえ、パルフェ様もただのカンだが、建国祭がどう考えてもヤバいと」
「ヤバいとは?」
「冒険者にかけるという、身体能力のやたらと上がる祝福があるではないですか。あれに慣れておくために『魔の森』へ聖騎士を連れて行きたいという意味らしく」
「『魔の森』ならば誰にも見られないからか。聖騎士にそんなことをするということは、武力の必要な騒動になるということだな?」
「だと思います」
昨年の自然派教団のテロのようなものが起きるというのか。
自然派教団と言えば……。
「マイルズは知らないかもしれないが、四ヶ月ほど前にフースーヤ翁がフラっと聖教会を訪れたことがあったんだ」
「ほう?」
「その際フースーヤ翁が言ったことには、パルフェは生まれながらの真の聖女ではない。どこかに真の聖女が隠されているはずだと」
「何と! そんなことがあり得るのですか?」
「これはパルフェ自身やヴィンセントも似たことを考えていたようだ。魔道士の間では普通の考え方なのかも知れぬ」
ウートレイド王国と聖教会にとって重要なのは、国防結界を維持しうる聖属性魔力を単独で扱える存在だ。
真の聖女であろうとそうでなかろうと構わん。
「問題はこの後だ。フースーヤ翁が言うには、真の聖女は自然派教団に隠されている可能性が高いと」
「自然派教団ですか。あの何を考えているかわからぬ者どもが」
「去年のテロは解決しているのだろう?」
「もちろんです。おそらく実行犯は全員捕らえたかと思います。ただ……」
懸念があるのか?
「下っ端なのですよ。自然派教団でも上の方の者は関わっていなかったらしいのです。これは実行犯どもの供述、指揮系統らしきものがなかったこと、後で非公式に教団から詫びが入ったことからも、十中八九間違いないと思われます」
「去年のテロは本当に自然派教団員の暴発ということか」
「だと思います。しかし再び自然派教団のテロが起きるとすると?」
「動機はあり過ぎるな。特に連中の目的が王家と聖教会の影響力を弱めることなら、建国祭に勝る機会はない」
反王家派に自然派教団の健在をアピールすること。
昨年逮捕され終身刑となっている教団メンバーの解放。
ウートレイド王国と聖教会の象徴的な祭りである建国祭を邪魔すること。
聖女にパルフェが就任してから毎年事件が起きることで、その権威を弱めようとする目論見、が……。
「決め付けはよくないな。確とした証拠もないのに自然派教団を締め上げては、こちらの横暴が疑問視される」
「弱腰ではないですかね?」
「証拠はないのだろう?」
「パルフェ様は何も仰りませんでした。猊下の話を伺って敵は自然派教団なのかと心を新たにした思いです」
「建国祭が危険と言ってるくらいだ。パルフェだって自然派教団が相手だと考えてはいるんだろう。しかし名指ししないなら、今の段階で大げさに構えるなということだ」
「では、備えだけは欠かさずということですな」
「うむ、それでいい。去年聖女パルフェの大規模な祝福が知られたところだ。今年の建国祭は去年以上の混雑になるかもしれない。努々警戒を怠るなということならば、貴殿も指示を出しやすかろう」
「ハハッ、そうですな」
今年の建国祭は荒れる、か?
――――――――――同刻、ケイン子爵家邸にて。息女ネッサ視点。
「結構。今学期もよい成績ではないか」
「ありがとうございます」
養父に褒められた。
一人でコツコツ進められる勉強は好きだ。
そのおかげでクインシー殿下や聖女パルフェと来年同じクラスになれそうだ。
来年があれば、だけど。
「今年の建国祭では何があるのですか?」
「さ、それは。私も詳しく聞かされておらん。夏の会合以来、フューラーからの連絡もないしな」
どうやらフューラーはこちらから連絡を取れる存在ではないようだ。
本当に何者なんだろう?
「フューラーは秘密兵器がどうのと言っておられました」
「おそらくは蜂起を念頭に置いているのだと思う」
「蜂起ですか。まあそうでしょうね」
「参加したくはないものだ」
疲れた顔を見せる養父。
あれ、養父はガチガチの自然派教団員かと思っていたのだが。
武力行使には賛同していないのか?
「意外です。父様は自然派教団に心酔しているのかと思っていました」
「いや、ケイン子爵家は降爵されて拗ねたというだけだよ。教団に対して深い信仰心などない」
「そうだったのですか?」
「しかし教団内では強い態度を見せていないと舐められるからな」
頷く。
それはそうだろう。
私は既に自然派教団とはおさらばする気でいるが、養父はどうだろうなあ?
心の底までは読めない。
腹を割って話してみたい気もするけど、私を試すためにこう言っているだけかもしれないし。
……使用人連中は全員熱心な教団員だったな。
迂闊なことは言えない。
「建国祭の日なんですよね?」
「そういう話だな」
「あ、父様のところにもそれ以上の情報はないですか」
「ああ」
フューラーがいない場合のリーダーとか根回しする役の人はいないのかな?
フューラーが行動しないと何も起きないらしい。
ならこのまま何もない可能性もある?
「腹が減ったな」
「何かつまめるものを作らせます」