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第6話:カツラのおっちゃん

 ――――――――――王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。


 アナスタシウス大司教猊下が、西方の何とか言うド田舎から一四歳の聖女候補を連れ帰ったである。


『ゲラシウス殿、紹介しておこう。彼女がパルフェだ』


 肖像画の残されている歴代の聖女は皆、薄い髪色で長く伸ばしているである。

 目の前の小柄の少女は比較的短い黒髪であった。

 正直意表を突かれたである。


『筆頭枢機卿のゲラシウス殿だ』

『筆頭枢機卿? 偉い人?』

『地方の主要教会の司教と同格だな。王都聖教会では私に次ぐナンバーツーだ』

 

 長らく現れなかった聖女候補だ。

 しかも吾輩の娘と同じ一四歳。

 ニコッと笑った顔は愛嬌があってなかなか可愛いである。

 吾輩も歓迎したかったであるが……とてもムリである!


 大司教猊下はあんな失礼極まりない小娘を聖女と認めるおつもりなのか?

 会話してみてのファーストインプレッションは最悪である。

 ああ、今思い出しても腹が立つ!


『お主が新しき聖女候補であるか』

『うん、パルフェ・カナンだよ。よろしくね、カツラのおっちゃん!』

『か、カツラのおっちゃん……』

『あっ、ひょっとして薄毛は秘密だった? ごめんよ、カツラのおっちゃん』


 なななな何と無礼な!

 ばばばばバカにしてるのかっ!

 修道女どもの憐れむような視線が痛かったわ!

 あんな礼儀のなっていない小娘は聖女と認めん!

 絶っっっっっっ対に吾輩は認めないである!


「ゲラシウス様、少々よろしいでしょうか?」

「ん? ああ、シスター・ジョセフィンか。何用であるか?」


 シスター・ジョセフィンが不安げに話しかけてきた。

 シスター・ジョセフィンはエインズワース公爵家の御令嬢で、純粋ではないものの極めて強い聖属性の魔力を持っている。

 齢一〇歳の折から現在まで八年にもわたって聖女代行を務め、国防結界の維持に関わっている、ウートレイド王国と聖教会にとっての大功労者である。


 シルバーブロンドのロングヘアに整った顔立ちと見目も麗しく、正直けしからん田舎の小娘の何百倍も聖女に相応しい。

 誰が何と言おうと絶対にである!


「アナスタシウス様がお連れになった先ほどの方、パルフェ様でしたか? 新しい聖女だと紹介されました」

「まだ候補だ。吾輩は承認していないである」

「そうでしたか」


 緊張気味の美しい顔をやや弛緩させるシスター・ジョセフィン。

 まだ候補とはいえ、大司教猊下が直々に辺境区を訪れ、連れ帰った少女である。

 礼儀はなっていなくとも能力自体に問題はないのだろう。

 ほぼ聖女となることは決定であろうが、シスター・ジョセフィンには何か懸念があるであるか?


「先ほどのゲラシウス様の……御髪の件を見ておりまして」


 うおお、あれを見られていたとは!

 恥ずかしいである!

 カツラの下が茹で上がるである!


「あやつはまったく失礼だ! シスター・ジョセフィンもそう思うだろう?」

「はい。辺境区生まれだそうですが、それは礼儀の有無とは関係のないことです」

「誠にもってその通り! 追い出してやるである!」

「聖女は王族と関わることも多ございます。不敬は聖教会にとって仇になりましょう」

「む、見過ごせぬポイントであるな」

「そうでございましょう?」


 頭に上った血が引き、冷静さが戻ってくる。

 そうだ、辺境小娘のあまりの無礼に判断力を失っていたが、王族に対してあの態度を取られてはたまらぬ。

 ただでさえ現在聖教会は王家とギクシャクしているのだ。

 これ以上の関係悪化は、ウートレイド王国の安定を損ないかねないである。


 一方であやつの有用性も評価せねばならぬ。

 真の聖女が現れたとなれば、聖教会にプラス要素も大きい。

 庶民の人気取りには大いに役に立つであろう。


「王家と不要な対立を引き起こす可能性を危惧いたします。御賢察を」

「いや、シスター・ジョセフィンの言う通りだ。しかし……」


 純粋な聖属性の魔力持ちならば、国防結界の維持に役立つことは確か。

 シスター・ジョセフィンのおかげで現状用が足りているとはいえ、単独聖属性持ちはごく希少だ。

 あんな躾のされていない野生児でもいないよりはマシである。

 シスター・ジョセフィンの負担が大幅に減る。


「結界についてでしたら私がおります。一生懸命に尽くしますので」

「……うむ」


 シスター・ジョセフィンはこう言うが、果たしてどうだろう?

 前任の聖女ヘレン様は素晴らしいお方だった。

 新たなる聖女が容易に見つからないかもしれないことを恐れて、五年分にも及ぶ聖属性魔力を備蓄してくれていたのである。


 その備蓄魔力を使い尽くし、魔術師達の必死の協力も及ばずまさに結界が崩壊せんとした時、シスター・ジョセフィンが見出され、何とか現在まで結界を維持できている。

 しかし、シスター・ジョセフィンは魔力供与後にいつもフラフラになってしまうという。

 負担が大き過ぎ、ヘレン様の時のように魔力を備蓄できる余裕はもちろんない。

 聖教会の第一の存在意義が国防結界の維持にある以上、あの無礼な小娘を手放すわけにはいかぬのではないか?


「私はこう思うのです。聖女様がお亡くなりになると新しき聖女が生まれる。これは神のお導きなのではないかと」

「いかにも」


 過去千年にわたって続くサイクルである。

 誰もが当たり前と思っていたことであったが、先代のヘレン様逝去後、次の聖女がなかなか見つからなかったことから、そのサイクルに疑念を生じさせた。

 しかしあの小娘は一四歳ということであったか?

 ならばヘレン様逝去後に発見されなかっただけで、次代の聖女は誕生していたという解釈にもなるであるが……。


「であれば前聖女ヘレン様の魔力備蓄を使い切り、まさに危機という時に私が聖教会に召し出されたこともまた、神の御心ではないでしょうか?」

「……一理あるであるな」


 神が王国を見捨てないならば、言い換えると神に対する敬虔な信仰が続く限り、神は人を救う何らかの手段を用意してくださるという仮説か。

 聖女が亡くなると次の聖女が現れるという因果も説明できる。

 また仮に聖女が現れなくても、その他の救済手段があることになる。


「とすると、今のタイミングで新しい聖女が発見されるというのはどういうことでしょう。神の意思ではないのではないか、とも私には思えるのです」

「シスター・ジョセフィンの言は考慮に値するであるな」


 ニコと微笑むシスター・ジョセフィン。

 ああ、美しいである。

 もう吾輩はシスター・ジョセフィンが聖女でいいである。


 大司教猊下の思惑はどうか?

 大司教猊下は聖女不在を誰よりも憂いていたである。

 国防結界の維持に必要な聖属性魔力の持ち主よりも、聖教会信徒を繋ぎ止めるための偶像を求めていたのではないか?


 信仰を失うことは神の寵愛を失うことに通ずるのかもしれないである。

 ならば聖女を得ようとするのはわからなくもない。


「パルフェ様は本物の聖女なのでしょうか?」

「大規模な祝福を使ってみせたそうである。吾輩が直に確認したわけではないが」

「まあ、祝福を?」


 祝福は純粋な聖属性が持ち属性でないと使えないという。

 シスター・ジョセフィンですら使えぬ秘術だ。

 無礼者の聖女としての資質は疑えぬ。

 もっとも偽者ならあんな傍若無人な不心得者ではなく、もっと見た目と態度のそれらしい少女を連れてくるであろうしな。 


「ただ聖女として認めるかは別の話である」

「……ですね」

「今から聖女候補パルフェの鑑定の儀を行い、その後に聖女として承認するかを決定する幹部会である。シスター・ジョセフィンも参加するのだろう?」

「はい」

「ふむ。では、まいろうか」


 宝玉の間へ歩を進める。

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にわか冒険者の破天荒な一年間 ~世界の王にあたしはなる!
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