第52話:聖女パルフェの学院生活を報告その2
マイクが愉快そうに話を続ける。
「痛いという症状がなくなるまで、責任持って折って回復魔法を繰り返すっていう聖女様の宣言に怖くなったのか、その後はダドリーも足については何も言いませんね。平気なんだろうと思います」
「実に小娘らしいである。笑えるである」
「ですよね。オレも胸がスッとしました」
「同感ではあるが、自ら敵を作りに行くスタイルはどうにかならないものか」
「スピアーズ伯爵家から苦情が来たという話は聞きませんな。マイク、その後のダドリーなる令息との関係はいかがなものであるか?」
「たまたまユージェニー嬢と昼食をともにしていた時に出くわしまして、少々嫌味を言われました。聖女様はドラゴンのうんこになってしまえと言い返していましたが、特に根に持つということはないみたいです。ダドリーのことを何とも思っていないようでした」
「適当なオモチャだ、くらいに思っていそうだな」
ユージェニー嬢のいる時にドラゴンのうんこ発言か。
つくづく予想外だなあ。
「ふむ、それから?」
「つい昨日のことです。聖女様は魔道理論のアルジャーノン先生の助手を努めました。そこでダドリーが魔法を暴走させまして」
「待て、魔道理論だろう? 魔法実技でなくて。どうして魔法が暴走する?」
「聖女様が各魔法属性の塊を見せるという実演を行っていたんです。ダドリーはそれに対抗したんだと思います。暴走というのが正しいかどうかわかりませんが、とにかく魔法を発動したまま止められなくなって」
「高等部一年生で魔法を発動させられるとは大したものであるな」
「ふうむ、場はどう収まった?」
「聖女様が解呪しました。勝手に魔法を使うなという先生の注意の前でしたので、ダドリーの失策も不問となりました」
「そのダドリーとユージェニー嬢の関係性は?」
魔法を使える新入生か。
ユージェニー嬢を襲った犯人の可能性があるのではないか?
「ダドリーは身分が上の方には低姿勢です。加えて格好付けですので、女性には基本的に親切です。ただユージェニー嬢はダドリーを少なくとも好んではいないと思います。ダドリーが現れた時、オレにもわかるくらい表情が硬くなりましたから」
「何故女性に親切なのに、小娘に突っかかるであるか?」
「さあ、それは何とも? 聖女様平民なのに目立ってるから面白くないんじゃないでしょうか?」
「そのダドリーの魔法の腕はどうだ?」
「聖女様は褒めてましたよ。でもあくまでも魔道理論すら習ってないのにっていう条件付きです」
「魔法属性は?」
「ダドリーのですか? 雷です」
ユージェニー嬢とぶつかってしまった令嬢は、足がもつれたという話だった。
おそらくは風か土属性の魔法だ。
雷属性の魔法とは考えづらいな。
魔法の練度や女性に親切という点からも無視していいか。
いかんいかん。
これくらいのことは学院や王宮も検討しているだろうし、パルフェも承知の上だろう。
私の考えるべきことではない。
「そのダドリーとは絡みが多いのであるか?」
「向こうが絡んでくるんですよ。ただ聖女様も段々ダドリーに慣れてきたみたいで、楽しんでるんじゃないかと思います」
「その他の講義でパルフェはどうだ?」
「行儀作法で先生に素晴らしいって褒められていましたよ」
「「えっ?」」
目が点になる。
パルフェの行儀作法の何が素晴らしいのだ?
「あり得ないである」
「微塵のブレもない、体幹のしっかりしたカーテシーだと。実に優雅で美しいと」
淑女の礼か。
確かにパルフェの体幹はしっかりしているし、シスター・ジョセフィンに教わってもいた。
しかし付け焼刃だぞ?
高位貴族の令嬢もいる中で、優雅で美しいと褒められるほど際立ったカーテシーってどういうことだ?
ゲラシウス殿が得心したように言う。
「おそらく飛行魔法か浮遊魔法で、体重をかけないようにチョンボしているである」
「ああ、なるほど。それは誰にもマネできない」
「聖女様もそう言っていました。しめしめ、あとはお肉を付け届けしておけば単位は取れるなと」
「聖女らしからぬズル賢さである」
「でも付け届けは人間関係を円滑にする礼儀の内だろとも言ってましたよ」
再びゲラシウス殿と顔を見合わせる。
それはそうだが。
「付け届けも行儀作法の範囲内という解釈か。独特だな」
「間違ってはいないでありますな」
「まあ好きにさせておけ。教師も潔しとしないならつき返すであろう」
パルフェはもっと大々的に問題を起こすかと思っていた。
これくらいなら御の字だ。
「選択科目はどうだ? パルフェが何を選択しているかわかるか?」
「ええと、座学で経営学、哲学、薬学、芸術体術で刺繍と声楽です。オレとは一つも被ってないんで、講義の様子まではわかりません」
「ふむ、マイクよ。よく把握していて偉いである」
「む? 変わったラインナップだな」
「アハハ。どうして聖女様は神学を選択してないのか、意味不明なんですけどね」
本当だ。
意外過ぎる選択だったので見落としていたが、神学が含まれていない。
聖教会の修道士修道女で神学を選択していない者なんて、これまでにいたか?
「つくづく罰当たりな小娘め!」
「聖教会以外の神様は知らなくていいや、とは言ってましたけどね」
「「なるほど?」」
「座学はあまり馴染みのない分野を、芸術体術は遊びだからストレスかからないやつを選んだんですって」
よく知らないが、刺繍ってストレスがかかるものではないのだろうか?
座ってちまちま作業しているパルフェは想像できないのだが。
「パルフェは剣術か無手術を取ってると思ったんだ」
「ええ? 女の子ですよ?」
女でもだ。
その方が想像しやすい。
「ちなみにマイクの選択科目は?」
「座学で神学、帝国語、魔物学、芸術体術で無手術と水泳です」
魔物学はパルフェの狩ってくる肉に興味があるからだろうか?
それ以外は普通だ。
水泳を取っているのはよくわかる。
ほぼ夏季だけで単位が認められるから、泳げる者にとっては負担が少ないのだ。
「そうか、パルフェは外国語も取ってないのか。数ヶ国語ペラペラなのにな」
「そうなんですか?」
「ああ。どうもいい成績をとろうという頭がまるっきりないようだ」
完全に学院生活を満喫するモードだな。
学院在籍時のスコアは就職や婚姻の重要な指標なのだが。
まあ聖女でクインシー殿下の妃がほぼ内定しているパルフェが、スコアに頓着する必要などないか。
「マイク君、何やってんだよ」
「あっ、聖女様!」
パルフェがやって来た。
不機嫌さがありありと顔に出ている。
まことに聖女らしくない。
「アナスタシウス様とゲラシウス様が、聖女様の学院生活を知りたいと仰っていたんだ。それで」
「もーおっちゃんズなんか待たせとけばいいじゃん。屋台の売り切れは待ってくれないんだぞ?」
今日は春の祭りの日だ。
春の祭りは町人の祭りとも言われる。
交通規制の行われる建国祭よりも多くの屋台が出るので、建国祭以上に楽しみにしている者も多いのだ。
パルフェの言い分は正しいが、それにしても言い方がひどい。
「話したいならおっちゃんズも一緒に行こうよ。もう皆門のところで待ってるの」
「皆?」
「平民の修道士修道女とか癒し手のお姉さん達とかだよ」
貴族の修道士修道女とはあまり仲がよくないとは聞いているが、それ以外とはうまくやっているんだな。
「特に急ぐ聖務もない。ゲラシウス殿、まいろうではないか」
「は」
買い食いもおつなものなのだ。