第4話:聖女らしいとは贔屓目にも言えない
――――――――――ハテレス辺境区から王都コロナリアへ、飛行魔法にて移動中。アナスタシウス大司教視点。
「ふうむ、慣れてしまうと存外快適ではないか。初めはどうなることかと思ったが」
「でしょ? あたしもお気に入りの魔法なんだ」
飛行魔法というものはもちろん初体験だが、なかなかに愉快だ。
空気の塊に包まれて飛んでいるので、風はもとより暑さ寒さも感じない。
木の枝や鳥などの少々の邪魔ものなら弾く。
さすがに建物に激突なんてのはダメだそうだが。
「高いとこ飛んでる方が、建物や木とかないから却って安全なんだよ。初めてだと怖いかもしれんけど、あたしはむしろ低いとこ飛ぶ方がコントロールが難しくておっかない」
「うむ、道理だな」
慣れるのに時間がかかったのは御愛嬌だ。
説明もなく制止も聞かず、いきなり飛び立つパルフェがいかん。
「この町も結構な規模だなー。でも王都じゃないんだよね?」
大きい町があるたびにパルフェが聞いてくる。
出発前、王都は間違えようがないと言っていたのにな。
こういうところは田舎少女らしくて微笑ましいのだが。
「ああ。王都コロナリアは全然こんなものじゃない。もっとずっと大都市だ」
「すげーなー。時間的に王都もそろそろなんでしょ?」
「そうだな。このペースなら、王都到着まで二〇分もかからんだろう」
「うんうん。もうちょっとだね」
今の町も王都を出てから着くまでに二日かかったのだがな。
飛行魔法の呆れるほど速いこと。
「辺境には飛行魔法の使い手が多いのか?」
「ハテレスに? いや、使い手いることはいるけど、日常的に移動に使ってるのはあたしだけだったよ」
「ふむ、そんなものか。大変に便利な魔法だと思うが」
土属性持ちならぜひ覚えるべきなんじゃないか?
「割と操作が難しい魔法だからかもしれないな。旅してたフー何とかっていうじっちゃんに教わったんだ。ながーい白ヒゲの」
「……漂泊の賢者フースーヤ翁?」
「あっ、そうそう、フースーヤって名前だった。おっちゃんの知り合い?」
「知り合いというか」
超有名人じゃないか。
当代最高の魔道理論の権威者にして実践魔法の先導者。
王宮に招かれていたフースーヤ翁に挨拶したことくらいはある。
「じっちゃんはあたしの師匠だよ。ハテレスに来るたび、いろんなこと教えてくれるんだ。魔法だけじゃなくて」
「いいことだな。辺境に住んでいると、なかなか他所のことを教わる機会もないだろうから」
ふうん、フースーヤ翁は意外と弟子の面倒見がいいのだろうか。
気難しい方だと聞いたことがあるんだがな。
「師匠の名前くらい覚えておきなさい」
「あたし必要のないことは覚えられなくて」
「師匠の名前は必要のないことなのか」
どうせ私の名も覚えていないんだろうな。
パルフェへの理解が深まるたび、ガッカリ度が増すのは気のせいか?
まあ聖女のなさねばならぬ職務には関係がないから構わないが。
「そーいえばじっちゃんが言ってたな。あたしが王都へ行くと大変なことになるから絶対に行くなって。ずっとハテレスにいなさいって」
「えっ?」
かの賢者フースーヤが王都に行くなと?
パルフェのマイペースな性格と高い魔法の力を考えると、何かをしでかす嫌な予感しかしない。
「まーいーや。思い出すのが遅かった。あたしの運命は王都にあることに今決めた」
「私も少しだけ後悔している」
「だいじょぶだいじょぶ。たくさん後悔するのはこれからだ」
「全然大丈夫じゃない!」
「そお? あたしはそーゆーの気にしない方だよ」
「私が気にするのだ!」
連れて来たのは失敗だったか?
いや、聖女を確保するのは聖教会の悲願であるし、ウートレイド王国の安全保障上重要なことだ。
また私自身がパルフェを王都へ連れて行くことの危険性を信じているわけでもない。
いかにフースーヤ翁が危惧を抱いていたとはいえ、これは必然だったのだ。
王都コロナリアの高い城壁が見えてきた。
「あっ、ここが王都だね?」
「そうだ」
「ひやー、マジで立派な町だねえ。田舎者の目には眩しいよ」
眩しがってるのか?
興味津々なのはわかるけれども。
「門の前に人がたくさん並んでいるだろう? その付近に降ろしてくれ」
「おけまる!」
フワリと着地、うむ、見事な操作だ。
やたらと注目を集めているが、聖女のお披露目と思えば構わんだろう。
「すげー並んでるけど、ひょっとして王都に入るのには許可がいるの?」
「そうだ。許可証ないし割り符が……」
しまった、貴用門を通るための割り符がない。
従者に持たせていたのだった。
「困ったな……」
「おっちゃん偉いんでしょ? 顔で通れないの?」
「どうだかな? 試しに交渉してみるか」
顔見知りがいるから声をかけてみよう。
ダメならダメで仕方ない。
誰かに教会まで使いを頼み、私と証明できるものを持ってきてもらえばいい。
余計な手間だが。
門番が笑顔で声をかけてくる。
「これは大司教様でしたか。素晴らしい飛行魔法でしたな」
「うむ、ようやく聖女を発見することができてな。彼女の飛行魔法なのだ」
「何と聖女様! そうでありましたか」
「パルフェ・カナンだよ。よろしくね。にこっ」
愛想がいいな。
大衆相手の聖務もその調子で頼むぞ。
「それでだな。辺境区から直接飛んで来たものだから、従者を置いてきてしまったのだ。割り符は従者が持っているのだが、何とか通してもらうわけにはいかないだろうか?」
困り顔になる門番。
やはりムリか。
王都の守護者たる者が法を曲げるわけにはゆくまい。
「申し訳ありません、大司教様。それはできかねます」
「うむ、埒もないことを言った。ではすまぬが……」
「おっちゃんはいいから、あたしだけでも通してよ」
「「「「えっ?」」」」
パルフェは何を言いだすのだ?
考えていることが全くわからん。
「今からあたしが聖女たる証拠を見せるよ。ウートレイド王国ではずっと聖女を探してたんでしょ?」
「もちろんだ」
「でもあたしは辺境区生まれだから、王都に入る許可証なんか持ってるわけないじゃん? はるばる聖女がやって来たけど、規則を盾に王都に入れてもらえませんでした。聖女は怒って帰ってしまいましただと、門番さん達のお給料に影響してしまう」
「「「えっ?」」」
慌てだす門番達。
なるほどアクロバティックな理屈だが、恫喝が透けて見えていてひどい。
聖女らしいとは贔屓目にも言えない。
「聖女の証拠いくよ? 天の神よ、地にあまねく祝福を!」
派手に降り注ぐ光の雨。
先ほど辺境区で見せた祝福の、寸分違わぬ再現だ。
正門で順番待ちの平民達も空を見上げて驚いている。
「おお!」
「これは……祝福?」
「新しき聖女様が降臨されたのだ!」
「聖女パルフェだよ。よろしくね」
「「「「「「「「うおおおおおお!」」」」」」」」
「「「「「「「「パチパチパチパチ!」」」」」」」」
万雷の拍手を受け、楽しげに手を振るパルフェ。
しかし半日の間にこのクラスの祝福を二回と、三時間にも及ぶ飛行魔法か。
一体どれほどの魔力を持っているのだ?
門番が言う。
「わかりました聖女様。お通りくださって結構です」
「じゃああたしのお供のおっちゃんも通していいよね?」
「えっ……ええと、はい、結構です」
何故か私の方がお供になってしまった。
実に謎。
「門番さんの内誰か一人、あたし達を教会まで送ってよ。それで仕事として完璧じゃん?」
「うむ、同時に教会で身元確認もできるだろう。となれば法に悖ることもあるまい」
「はい。では護衛兼案内仕りましょう」
三人で聖教会本部へ。