第38話:建国祭の光と影その2
スカーレット王妃殿下が話題を変えるように言う。
「パルフェちゃんは王立学院について、予備知識はあるんですの?」
「あ、よく知らないや」
「初等部では徹底的に基礎を教わるんですのよ。教養人として当然知っておくべき知識と行儀作法を」
「ヤベー。行儀作法は初等部すら通りそうにないんだけど」
「シスター・ジョセフィンに教わりなさい」
「何とか抜け道を考えないと」
だから真剣に抜け道を考えるのはやめなさい。
行儀作法を学ぶことに真剣になりなさい。
「高等部では初等部以上の知識を学びます」
「魔法や剣術の講義があるのも高等部からと聞きました」
「行儀作法もより高度なものが要求される」
「おっちゃん、あたしを追い詰めないでよ。マジで困ったなあ」
頭を抱えるパルフェ。
だから素直にシスター・ジョセフィンに教われと言うのに。
何故殊更に嫌がるのか。
「課外活動はとても楽しいらしいですよ」
「課外活動? 何それ?」
これは説明が必要だろう。
「学生の自主性を重んじた活動だ。課外とは言っても単位がある。どこかのクラブに所属し、顧問の教官が活動に応じて単位を認定する」
「へー、先生は一応いるのか。どんなクラブがあるの?」
「私の時代は剣術、馬術、魔法は花形だったな」
「女子は音楽と刺繍が人気ですわ」
「今音楽は器楽と合唱の二つに分かれたようですよ」
「慈善や奉仕のクラブもある」
「それはどこが違うの?」
「慈善は孤児院や貧窮院へ慰問に行ったり、不用品バザーを行って売り上げを寄付したりしていたな。奉仕は市民生活の手伝いだ。建国祭の準備にも関わっている」
「色んなクラブがあるんだなあ。目移りしちゃうぞ?」
「ボクは魔道具に興味があるんですよ」
「魔道具か、いいねえ」
クインシー殿下の顔が赤くなる。
わかりやすいなあ。
「パルフェが魔道具に興味を示すのは意外だな」
「そお?」
「魔法でゴリ押す主義なのかと思っていた」
「そりゃそうだけど、魔法は技術や修練に左右されちゃうじゃん? 世の中を発展させるためには汎用の魔道具の開発が必要だよ」
「……たまに聖女っぽいところを見せるなあ」
「たまにじゃないわ。四六時中だわ。ゆりかごから墓場まで聖女だわ」
ゆりかごから墓場までって、そういう時に使う言葉じゃない気がする。
「でも魔道具クラブはないんですよ」
「クラブって作れないの?」
「作れなくはないが顧問の教官が必要だ。教官は皆忙しいから、喜んで顧問をしてくれる者はおそらくいない」
「それにクインシー。あなたがクラブを作ろうとしてはいけませんよ。王子の希望は多少ムリがあっても通ってしまいます。学院の正常な運営のために自重しなければなりません」
「……はい。そうでした」
「じゃあ、あたしが作るね」
「パルフェはクラブ活動はできないぞ?」
「えっ? 何で?」
「聖教会の修道士修道女は、奉仕や慈善活動を日常的にしているだろう? 自動的に課外活動の単位は認定されるのだ」
「どーしてそれ今頃になって言うのよ! あっ、でもクラブ活動やっちゃダメってことじゃないよね?」
「は?」
高等部の学習内容はかなり高度だ。
加えて聖務があるとなると、通常は課外活動を行う時間などないと考えるのが自然だ。
しかしパルフェはシスター・ジョセフィンが太鼓判を押すほど、高等部レベルの知識がある。
日々の学習はそれほど大変ではない?
「……うむ、パルフェなら可能だろうな」
「やたっ!」
「ただし許可が必要かもしれない。入学したら確認しなさい」
「はーい」
「魔道具を研究したいなら魔法クラブにしておきなさい。後に宮廷魔道士になる者が多いですよ。魔道具に詳しい人もいるかもしれません」
「魔法クラブなら、魔道具を作製する際に絶対に必要な検測器やテスターの類は備えてあるはずだ」
「そーなのか。殿下、魔法クラブ入ろうよ」
「はい!」
急ぎ足で王宮の女官がやって来た。
「聖女パルフェ様。出番でございます。バルコニーの方へどうぞ」
「りょーかーい」
兄陛下の建国祭開催の挨拶は既に終わったらしいな。
話に夢中になっていて気付かなかった。
「パルフェちゃんの祝福を見られるのね?」
「うん。しまった、ネギソード使ったことないな。どれくらい魔力補正あるんだろ? 練習しときゃよかった」
「祝福は薄く広くだぞ」
「わかってるわかってる」
建国祭で聖女の祝福が行われるのは二〇年以上なかったことだ。
今日は公の催しで新聖女パルフェが姿を現す初めての機会でもある。
朝の人通りからすると、数万人の市民が集まっていても不思議はない。
バルコニーから下を眺めて興奮するパルフェ。
「うわあ。こんなにたくさんの人がいるの初めて見たよ」
うおおおという呻き声にも似た歓声が聞こえる。
聖女パルフェ以外にクインシー殿下への期待の掛け声もあるな。
「さて、いくぞお! 唸れ、ネギソード!」
剣ではないと言うのに。
拡声の魔道具を用い、群集に向かってパルフェの声が響く。
『天の神よ、地にあまねく祝福を!』
眩しい!
空から叩きつけるようなものすごい祝福だ。
やり過ぎなのでは?
「聖女様、すごいです!」
「ネギソードの魔力補正が結構強いね。二割くらい増強されてる気がする」
「随分広い範囲に祝福が及んでいるんじゃないか?」
「王都コロナリア全域だよ。ちょうど王宮は王都の中心だって言うから」
「え? 魔力は大丈夫なのか?」
「思ったより魔力持ってかれるな。王都の人口三〇万人くらいだって聞いてたんだけど」
「建国祭の日は近隣から人が集まりますから」
「そーなの? それは計算に入ってなかったな」
しかし顔色を見る限りへっちゃらだな。
相変わらずバカげた魔力量だ。
私は前任の聖女ヘレンの祝福も浴びたことがあるが、これほどの質と量を伴ったものではなかった。
兄陛下が感嘆している。
「聖女パルフェよ。素晴らしい祝福であった」
「王様ありがとう。でも張り切り過ぎちゃったかも」
「む? 来年はもう少し控えめでもよいのだぞ?」
「手を抜いたと思われるのも癪だから、来年もこの規模の祝福でいくよ。それよりお腹減っちゃった」
「ハハッ、王宮料理人に街の露店のものに似せた料理を作らせてあるぞ。存分に食すがいい」
「やたっ! 食べ放題だ!」
――――――――――同刻、王都コロナリアの某所にて。とある少女視点。
何が建国祭だ。
浮かれている愚民どもめ。
王家や聖教会にいいように支配されているのがわからないのか。
王家が憎い。
聖教会が憎い。
本当は私は誰よりも恵まれていなくてはならないのに、どうしてこんな薄暗くどこかかび臭い部屋の片隅で膝を抱えていなくてはならないのか。
「理不尽だ」
もちろん誰も聞いちゃいない。
でも声に出すと少し気が収まった。
同時に考え方が方向性を持つように思える。
「ぶっ壊してやる」
いつ? 何を?
そんなのは後で考えればいい。
時間だけはあるのだから。
突然光が飛び込んできた。
何だ、これは?
祝福の光?
「あ、温かい……」
冬の最中、祝福で実際の温度が上がるはずもない。
身体の代謝が微妙に上がったことにより、温かさを感じたのだろうとムリヤリ結論付けた。
実際にはそういうことじゃないとわかっていたけど、心を揺らされたことを認めるのは負けのような気がした。
祝福の術者には心当たりがある。
「偽聖女パルフェ」
一四年ぶりに現れたという、聖属性を扱える辺境区出身の少女。
どうして今になってそんなイレギュラーな存在が現れるのか。
神の存在を信じかけて首を振る。
この世に神様なんて、いない。
もし神様がいるなら、私がこんなに不幸なのはおかしいではないか。
偽聖女が憎い。
偽聖女に与する者どもが憎い。
だけどあの祝福は。
こんなクズみたいな私にも届いた温かな祝福は本物だった。
私を救えるなら聖女と認めてやってもいい。
皮肉にもそう思った。
「誰か助けてよ」
膝を抱えて、ただうずくまる。
私は世界を知らない。
目から流れ出る液体がしょっぱいことだけを知っている。