第35話:温かな未来
――――――――――後日、王都コロナリアの街中にて。アナスタシウス大司教視点。
「いい風だ。たまには歩くのも気持ちがいいな」
「雑踏もまた、豊かさや活気を感じるである」
王宮から呼び出されて、私とパルフェ、ゲラシウス殿の三人で登宮する途中だ。
今日はパルフェの提案で馬車を使わず歩いている。
「でしょ? おっちゃんもゲラシウスのおっちゃんも運動を心がけた方がいいよ。少し長めに歩くことでもいいんだ。でないと腰がグキッときて立てなくなる」
「身体に詳しい聖女の断言か。気を付けよう」
「吾輩も注意するである」
最近は『ダンディなおっちゃん』ではなく、『ゲラシウスのおっちゃん』と呼ばせているようだ。
先日の王宮呼び出しの際に『ダンディなおっちゃん』を連呼されて相当恥ずかしかったらしい。
「今日は何の用だろう? カーティス聖堂主管は何も言っていなかったが」
「建国祭についてではないですかな?」
「考えられなくはないが……」
建国祭を聖教会サイドで統括するのは聖堂主管であるし、憲兵隊とともに警備に関わるのは聖騎士団だ。
大司教やそれを補佐する筆頭枢機卿は報告を受ける立場であり、現場の流れや進捗状況については詳しくないのだが。
「聖女様は建国祭初めてでいらっしゃいますからな」
「ゲラシウスのおっちゃんに敬語使われると気持ち悪いんだけど」
「何と失礼であらせられることか!」
「ゾワゾワっとするわ。何であたしが精神攻撃を受けなきゃなんないんだ。理不尽も極まるから、前の言い方に戻してよ」
「では、これでいいであるか。無礼な小娘」
「振り幅がすげー」
アハハと笑い合う。
心地良いひと時だ。
「建国祭って王都で一番大きなお祭りなんでしょ?」
「さようだ。聖女は祝福を行うのが習いである。一四年ぶりの聖女出現、前任の聖女ヘレン様も晩年は祝福を行えなかったであるから、二〇年ぶりくらいになるはずである」
「そーか。じゃああたしはこれでもかと期待されちゃうわけだね?」
「うむ。王家もお主の公式の場での初のお披露目であるから、派手に行いたいのではあるまいか? それで早めに意見のすり合わせをしたいのでは、と吾輩考えるである」
「なるほどなー」
ゲラシウス殿の言うことも一理ある。
しかしそれならばヴィンセント聖堂魔道士長の同行を求められなかったのはどうしてだろう?
もっともヴィンセントはまめに宮廷魔道士と連絡を取っているから、アバウトな調整はできているということかもしれない。
「パルフェ、ヴィンセントから建国祭についての話はあったか?」
「いや、特に聞いてないよ」
「そうか。ふむ?」
まあいい、王宮に行けばわかるだろう。
数日と空けずに陛下と顔を合わせるのは苦痛であるが。
◇
「こんにちはー」
王宮の一室に案内された。
国王夫妻とクインシー殿下、フェリックス殿、フースーヤ殿が既に待っていた。おかしなメンバーだな。
そして護衛の近衛兵がいないのは何故だ?
「聖女パルフェよ。よく来た。不自由はないか?」
「ないよ。王様ありがとう!」
「ゲラシウス。よくよく誠実に聖女パルフェに仕えるのだぞ」
「は、この命に替えましても」
ふむ、やはり兄陛下は嫌っている私には触れない。
通常運転だな。
「本日お招きいただいた御用件は何でしたでしょうか?」
とっとと用を済ませて帰りたいが、護衛を遠ざけてあるところからすると単に建国祭についてというわけではなさそうだ。
内密の話かもしれない。
何でもないことのように兄陛下が言う。
「ああ、それなんだが。もちろん決定というわけではないが、クインシーの妃に聖女パルフェはどうかと思ってな」
「「えっ?」」
「もちろん構わないよ」
「「えっ?」」
そういう話があるようだとは聞いていた。
しかし学院高等部入学前のこの段階での提案にはビックリだ。
しかもパルフェは即答?
「い、いかなる理由で?」
これだけ絞り出すのが精いっぱいだ。
意表を突き過ぎる。
「だって殿下は可愛いし、物腰が柔らかくて丁寧じゃん。優良物件だよ。しかも師匠が認めるほどの魔法の才能があるんだよ? 話も合いそーだと思わない?」
「パルフェの理由は聞いてないんだよ!」
つい冷静さを失ってしまった。
パルフェはケラケラ笑ってる上、兄陛下が面白いものを見たとでも言いたげな顔をしている。
クインシー殿下も満更でもなさそうな顔をしているな?
「救国の聖女だ。しかもクインシー自身の恩人でもある。むしろ婚約者という話が出ない方が不自然だろう。過去にもそういう例があった」
「し、しかし……」
「可愛らしい聖女様で、私も気に入ってしまいましたのよ」
スカーレット王妃殿下まで。
フェリックス殿もクインシー殿下もニコニコしているし。
兄陛下の思惑は見え透いている。
王家の影響力を聖教会に及ぼすために、聖女を取り込もうとしているのだ。
ウートレイド王国全体にとって王家の求心力が高まることは、決して悪いことではない。
が、王家が乱れた時に聖教会のチェックが働かなくなるのは、問題がありはしまいか?
「パルフェは平民ですよ」
「うむ。しかし自分を卑下するところがない。嫌味もない。それは王の振舞いだ。何の問題もない」
パルフェの失礼さ加減は陽性で悪意がないことは感じていた。
兄陛下はそれを美点と見ているようだな。
しかし王子妃が王の振舞いをするのは問題ないのだろうか?
「では聖女パルフェよ。よろしく頼む」
「うん、任せて」
兄陛下とフースーヤ翁の視線に、アイロニーを帯びた鋭さがある。
ポカンとしているゲラシウス殿の表情が和むなあ。
フェリックス殿スカーレット妃殿下クインシー殿下は単純に喜んでいるが、正式な婚約でないというのが嫌らしいな。
貴族が幅を利かせる学院高等部で、パルフェはかなり不快な目に合わされるだろう。
それを王家が納得する水準で捌けば、クインシー殿下の婚約者として合格だ、ということを意味しているに違いない。
「あたしの方からも一つ要求があるよ」
「ふむ? 何であろう」
パルフェから要求?
不遜とも思えるが、ちょっと内容は予想がつかないな。
何だろう?
「おっちゃんと王様が仲直りして欲しいの」
「「は?」」
「だってあたしの後見人と義父になる人が仲悪いんじゃ、あたしが迷惑じゃん。面倒でかなわん。どうにかしてよ」
「陛下、聖女様の言う通りですよ」
「聖女殿の言うことはもっともですぞ。アナスタシウス大司教猊下との対立には何の利もありません」
フースーヤ翁が苦笑している。
パルフェに完全にしてやられた。
たとえクインシー殿下と結ばれることがなかったとしても、スカーレット妃殿下やフェリックス殿を取り込んで私と兄陛下を仲裁したなら、それはパルフェや聖教会にとって大きな功績だ。
「パルフェ、成長したの」
「あたしは日々進化しているんだよ」
「さあ陛下、猊下。握手してくだされ」
これは降参だ。
陛下の差し出す手を素直に握る。
「……思えばアナスタシウスと反目するなど、くだらない意地だったな」
「ハハ、まったく」
こうして兄陛下と笑って握手する日が来るとは。
ヴィンセント聖堂魔道士長が言っていた。
パルフェは社会を変えてくれるのではないかと。
これも一つの前兆だろうか?
パルフェの好奇心に満ちた目がクインシー殿下を捉える。
クインシー殿下が恥ずかしそうだ。
それをフェリックス殿とスカーレット妃殿下、フースーヤ殿が微笑ましく見つめている。
確かな既視感をもって、平和で温かな未来を自覚する。
今日はいい日だ。