第3話:霊感商法ってやつ?
聖女候補者である黒髪の少女パルフェが楽しそうに聞いてくる。
「もしあたしが王都に行ったら、何すればいいのかな? お給料分は働きたいと思ってるんだけど」
王都に来ることに対して、随分と前向きになってくれているようだ。
いい傾向だが、魔物退治の許可を出したからという理由が腑に落ちない。
魔物を退治したいという部分だけ聞いたら聖女っぽいのがさらに納得いかない。
「聖女の最も重要な聖務は、ウートレイド王国の国防結界を維持している基石に魔力を注入することだ」
「結界の基石? あっ、エストラントにあるやつ?」
「そうだ、エストラントにもあるな。知っているのか?」
ウートレイドを守る国防結界の基石は、王都コロナリアと国境近辺の町合わせて七ヶ所に設置されている。
聖教会についてほとんど何も知らないだろう、辺境区の少女に縁があるものとは思えないが?
「エストラントはこの近くでは一番大きい町じゃん? ハテレスじゃ換金できなかったり手に入らないものがあったりするから、月一回くらいは行くんだ」
「近くって、馬車で二日くらいの距離があるじゃないか」
「あたし飛行魔法使えるんだ。びゅーんって飛んでくとすぐだよ」
「ああ、なるほど。さすがは聖女だけのことはあるな」
「えへへー。まあ大したことあるよ」
規格外の魔力持ちの少女だということを忘れていた。
確か飛行魔法のような重力制御は土属性魔法だったな。
飛行魔法のような高度な土属性魔法の話がポンと出てくるとなると、聖属性以外の属性魔法を自在に使いこなせるのはほぼ確定か。
ウソを吐いてるようにはとても見えないしな。
「エストラントの結界の基石に、魔力の供与をよろしくお願いしますって書いてあるよね。でっかい石だから、旅人は必ず見に行くみたいだよ」
「結界の維持には魔力が必要だからな。どの地の基石にも書いてあるんだ」
「へー、そうだったのか」
とはいうものの、聖属性を持たず魔力も小さい者の供与などほとんど意味を持たないとされている。
ないよりマシなんじゃないかという程度だ。
聖教会への信仰心を高めるために、大衆に協力を求める体裁にしてあるという理由の方が強い。
「その他聖女に求められるお仕事は何だろ?」
「民への魔法の奉仕、懺悔を聞くこと、式典での祝福、修道女の指導、デスクワークといったところか」
「後ろ二つはムリだと思います勘弁してください」
「だろうな。べつに聖女が行うことが必須ではないから構わぬ。今でも特に困ってはいない」
よしよし、大分やる気になってくれているようだ。
「魔法の奉仕っていうのは?」
「聖女をはじめとする回復魔法や治癒魔法の使い手である癒し手が、ケガや食中毒の患者を無償で癒すという日常の聖務だ」
「おお、なるほど。聖女っぽい行いだね。気に入ったよ」
あれ、聖女という響きとらしい行動を気に入ってるのかな?
まあ引き受けてくれるのなら何でもいいが。
「式典での祝福ってどういうもの? あたしの使う祝福は冒険者パーティーにかける身体能力を上げるやつなんだけど、それとは違うのかな?」
「祝福を冒険者に使っているとは贅沢なことだな。同じだが、式典には多いと数千人以上が参加するものもある。全員を広く薄く祝福することが必要なのだ」
「むーん? 広く薄くか。多分できるけどやったことないな。練習していい?」
「もちろんだ」
「じゃ、外行こうか」
パルフェの魔法を見たいと思っていたところだったから、願ったりかなったりだ。
祝福を使えるなら、聖女の必須要件である純粋な聖属性魔力を扱えることは確定。
また祝福の規模を見れば聖女としての実力もわかる。
「聖女らしく、『天の神よ、地にあまねく祝福を』と唱えてくれ」
「おお、カッコいい決めゼリフだね。りょーかいでーす。天の神よ、地にあまねく祝福を!」
経験したことのない魔力の高まり!
そして天から無数に降り注ぐ祝福!
伝承にある初代聖女の『突然の驟雨のような』と形容された祝福の再現か?
これは見事、パルフェの聖女としての資質は疑いようがない。
「実に素晴らしい……」
「んー? そうでもないよ。単なる見掛け倒しだな。こんな薄っぺらい祝福じゃ、ほとんど身体能力上がんないよ。魔物退治には全然役立たない」
「役立たなくていいんだよ! 祝福を受けた民にいい気分になってもらえばいい」
「そーゆーもんなの? 霊感商法ってやつ?」
「違うよ!」
どうも調子が狂う。
まあいい、聖女としての資質が明らかになったからにはぜひとも王都へ……。
「おい、パルフェ!」
突然後ろから声をかけられた。
誰だろう? パルフェの知り合いの冒険者か?
鍛えられていることが一目でわかる身体の持ち主だ。
「あっ、父ちゃん」
「派手な祝福じゃねえか」
「王都ではこういうのが流行りなんだって」
「流行っているわけではないが」
「そっちの色男は誰だ?」
「こちらは聖教会の大司教様だよ」
「パルフェの父御殿か。初めまして。私はアナスタシウスと申す」
「おう、よろしくな、アナさん」
聖職者になってからこんなに馴れ馴れしい呼ばれ方をしたのは初めてだな。
うむ、間違いなくパルフェの父御だ。
「アナさんはパルフェのスカウトに来たのかい? 残念だったな。こいつはハテレスで魔物退治するのが天職なんだぜ」
「父ちゃん。あたしやっぱり王都行くわ」
「ん? お前あんなに嫌がってたじゃねえか。どうした心変わりだ?」
「聖女としての使命に目覚めたんだよ」
「つまり金と肉の目処がついたんだな?」
「さすが父ちゃん。わかっちゃう?」
うむ、間違いなく親子だ(二回目の納得)。
「じゃ、今から行くわ。母ちゃんによろしく」
「えっ?」
「父ちゃん、あたしの可愛い顔が見られなくなるからって泣かないでね」
「おう、お前こそ肉が食えなくなっても泣くんじゃねえぞ?」
「それは泣けちゃう!」
大笑いしてる親子。
とても別れの場面に見えない、が?
「ちょっと待て! 今から行くってどういうことだ?」
「どうと言われても。飛行魔法で飛んでいけば三時間くらいで王都に着くからさ。今から行けば、向こうで昼食ごちそーしてもらえるじゃん?」
「たった三時間?」
飛行魔法ってそれほどのスピードが出るものなのか?
私はハテレスまで来るのに半月かかったんだが。
「道がわからないだろう?」
「え? おっちゃん何言ってんだよ。王都コロナリアってほぼ真東で、街道の終着点のでっかい町なんでしょ? 間違えようがないじゃん」
「王都と言ったって広いんだ! 立ち入り禁止の区域もある!」
「そーなの? じゃ、おっちゃん案内してよ」
「飛行魔法でともに飛ぶということか?」
「うん」
「従者と御者を待たせている。馬車もあるんだが」
「ウマはダメだなー。三時間も大人しくしてると思えない。悪いけど御者さん達はのんびり帰ってきてもらおう。父ちゃん、お付きの人達に伝えといてよ」
「おう、任せろ。アナさん、こんなんでも可愛い娘なんだ。よろしく頼むぜ」
「それはもう。聖教会大司教の名に懸けて」
「こんなんでもってどーゆーことだ。あたしは一目見ただけで可愛いだろ」
小柄でニコニコしていて可愛いことは可愛いんだが、言動が強烈なせいでそう思えないのはいかに?
「じゃ、そろそろ行こうか。父ちゃんばいばーい」
「おう、達者でな」
「パルフェ、待て!」
「待たない。フライ!」
「ひやああああああ!」
高い高い! 怖い怖い!
こ、これが飛行魔法か。
メチャクチャなスピードじゃないか。
本気で神に自分の無事を祈るのは初めてだ。
びゅーんと街道沿いに東へ。