第2話:ぶん殴る方が簡単じゃん
――――――――――ハテレス辺境区にて。アナスタシウス大司教視点。
およそ半月をかけて、はるばるハテレス辺境区までやって来た。
辺境と侮っていたが、なかなか活気があるじゃないか。
考えを改めなければならぬな。
件の少女にもすぐ会えた。
聖女とは伝統的に目の色や髪色は薄いものであるから、目の前の黒目黒髪の少女がそれと聞いて少々虚を突かれた。
一四歳にしてはやや小さいか?
活動的な服装から、中性的というか少年っぽい印象を受ける。
なるほど、冒険者スタイルだな。
「イケメンのおっちゃん、こんにちはー。初めましてだな」
「お、おっちゃん」
場末の食堂にて、差し向かいで座る少女から発せられた言葉は、何と『おっちゃん』だ。
衝撃だ、私はまだ三五歳(独身)なのだが。
最近『大司教様』あるいは『猊下』としか言われてなかったなあ。
というかおっちゃん呼びされたのは生まれて初めてだ。
「まずかった? じっちゃんっていう年齢じゃないと思ったんだけど?」
「ああ、うん。じっちゃんではないな」
動揺してはならん。
相手は聖女有資格者とはいえ、一四歳の少女ではないか。
「私は聖教会大司教の役に就いているから、できれば『大司教』と呼んでくれ」
「わかったよ、おっちゃん!」
全然わかってないのか、それとも聞く気がないのか。
まあいい、所詮些事だ。
「気付いてる? おっちゃんみたいな都会的に洗練されたいい男はハテレスにいないから、女将さんやら給仕のお姉ちゃんやらが皆見てるの」
「そ、そうか」
どうも調子が狂う。
このままペースを握られると王都に迎えることができなくなりそうだ。
ここはストレートに。
「パルフェ・カナン。君は聖女なんだ」
「らしいねえ。魔道の装置を使って調べてた王都の魔道士さんがそう言ってたよ。あたしも聞いてビックリした。でも考えてみりゃあたし以外に聖女っぽい子なんていなかったわ」
ケラケラと快活に笑う少女を見て、聖女ってこんなんだったっけ? と疑問に思う。
典型的な聖女とは言えないが、親しみやすくて印象的ではあるな。
大衆ウケはいいのではないか?
いやいや、まだ聖女就任以降まで考えるのは早い。
聞くべきことを聞くのが先だ。
焦るな私。
「パルフェ、君は生まれつき魔法を使えたのだろう?」
「ちょっとわかんない。かなり昔から回復魔法使えたのは本当だけど、生まれた時のことは覚えてないんだ」
「それもそうか。では、現在使える魔法の種類を把握しておきたい。教えてくれるか?」
回復や治癒以外にも、聖女ならば破魔や祝福も使えるだろうか?
いや、聖女として赤子から養育され、幼き頃から魔法の習得に力を入れているわけではないのだった。
多くの聖魔法を使えるはずはないか。
むしろ今後の教育が重要になってくるな。
「魔法だったら大体何でも使えるよ。例えば……」
えっ、どういうことだ?
攻撃、強化、付与、解呪まで何でもこいじゃないか。
先代聖女ヘレンが万能の魔法の使い手とは聞いていなかったが。
「あたしねえ。魔力高いみたいなんだよ。教えてもらうとすぐ魔法使えるようになるの」
「聖女の有資格者だものな。魔力が高いのも当たり前だ。教えてもらうとすぐ魔法使えるようになるのは、魔力の大小と関係ない気はするが。魔法の得意不得意はあるか?」
「どの魔法も人並みには使えるよ。でもファイアーボールやサンダーボルトみたいな直接攻撃魔法はあんまり使わないから、得意とは言えないかな」
「ふうむ?」
聖女とは純粋な聖属性を持つ存在だ。
当然のことながら聖属性魔法を使う素質には長けている。
しかしパルフェの言うことを信じる限り、どの属性の魔法もそこそこには使えるみたいじゃないか。
純粋な聖属性の適性とは、どんな魔法属性にも適用されるものなのか?
それともこのくるくると表情のよく変わるこの少女に特異なことか?
あるいは『人並み』のレベルが低いのか?
聖教会で使用する魔法は限られているからよくわからんな。
あらゆる魔法を撃ち放題なら、冒険者として活躍しているのも大いに頷ける。
「直接攻撃魔法をあまり使わないのは何故なんだ? 魔物を倒すのが生業なら最も効果的だと思うが」
この問いに対する答えで、攻撃魔法の威力がどの程度か判断できるのではないか。
どう答える?
「一番大きい理由は、めんどくさいからかな」
「えっ?」
「ぶん殴る方が簡単じゃん」
頭を抱える。
魔法についての答えになってない上に、行動が聖女らしくない。
聖女らしくないのは仕方ないか。
出生直後から聖教会で預かって育てた純粋培養の聖女とは違うに決まってる。
パルフェは言わば野生の聖女だものな。
「どうしたの? あたしの魅力にまいっちゃった?」
「いや、まあ魅力があるのは確かだが……」
「おっちゃん、褒めてくれてありがとう!」
基本笑顔のこの少女は、人懐こくて妙に他人を惹きつける。
話していてつい引き込まれそうになるくらいだ。
聖女としては型破りではあるが、むしろ長所と言っていい。
先ほど考えた通り、市井の者に近い感覚は、一般大衆の支持を得ることや信徒を増やすことに有用なのではないか?
そして使用できる魔法のバリエーションにも魔力量にも問題ないようだ。
宮廷魔道士の報告を信じるならば、純粋な聖属性持ちであることは間違いないだろう。
国防結界を維持する即戦力の聖女として働いてくれそうだ。
正確な魔力の質と量の計測は本部教会で行うが、むしろ素質はあり過ぎるのではないか?
ぜひ王都に連れて帰らねばならん。
「パルフェ。君は王都に来るのが嫌だと聞いた」
「王都に行くのが嫌なのではないな。今の生活が気に入ってるの」
「ふむ、今の生活のどの辺が気に入っているのだ? 私のような王都民にしてみると、王都の生活の方が便利で豊かのように思えるが」
「お肉に不自由しないじゃん? 辺境区はおいしい魔物を狩れるから」
「えっ?」
魔物を食う?
メインの理由がそれ?
魔物を狩るのは、放置すると害をなすからとか素材を剥ぐからという理由ではなく?
またしても聖女っぽくない発言だが以下略。
「あ、王都の人はあんまり魔物食べないらしいね。あたしは魔物倒してお金稼いでるからさあ。魔物いないとこだと暮らしていけないじゃん?」
「金は問題ない。国防結界の維持には国から予算が組まれており、聖女には給与が出る。前任の聖女の場合だと大体これくらい……」
教えても構うまい。
国の安全を担う聖女の給与は高いぞ。
やる気になってくれればいいのだが。
「マジか。大金じゃん」
「魔物狩りについても配慮しよう。聖教会が管理している王都コロナリア内の立ち入り禁止区域『魔の森』がある。結界の恩恵地域内でも魔素が湧くため、魔物が自然発生してしまう地域だ。『魔の森』への立ち入りを許可する」
「おおう、魔素の湧く地域か。とってもいいね」
魔素が湧くことの何がいいのだ。
魔物の増殖率が高いから頭痛の種なのに。
「じゃあ狩り放題でいいのかな?」
「ああ。教会所属の聖騎士が魔物を間引いているんだが、手伝ってくれるなら助かる。しかし私ではおいしい魔物かどうかの判別はつかない」
魔物を食べたことはないからな。
魔物退治を行っている聖騎士達も、まさか食してはいないだろう。
「魔獣がおいしいんだよ。特に草食のやつ」
「角のあるウサギや牙の大きいイノシシが多いと聞いたことがある」
「やたっ! それ絶対美味いやつ!」
小躍りするパルフェ。
こんなことで大喜びだ。
王都に来てくれる気になったのだろうか?