第17話:魔法の種明かし
――――――――――同日、王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
「むーん……」
「小娘よ。起きたか」
「あ、カツラのおっちゃん」
「ダンディはどこへ消えたのだ!」
「そーだ、ダンディなおっちゃんだった。油断するとつい正直になってしまう」
何と失礼な言い草だ!
まあいい、今更こやつの無作法を咎めだてても始まらん。
「今何時かな?」
「そろそろ夕方だ」
「しまったな。お昼御飯を食べ損ねてしまった。人生の大いなる損失だ」
「ほれ」
「あ、パンと果物?」
「どうせ腹が減って起きたのであろう? まだ夕飯までには少々時間がある。それを食べて小腹を満たすがいい」
「ダンディなおっちゃん、ありがとう! 輝いて見えるよ!」
カツラの下がなどと言うまいな?
まったくいらぬ勘繰りをしてしまうわ。
「体調は大丈夫であるか?」
「可愛いあたしが心配なん? 身体は大丈夫だな。お腹すいてるだけ」
「魔力はどうだ。どの程度戻っている?」
「そーだな。三分の一くらいは。御飯しっかり食べて夜たっぷり寝れば、明日は普通にお仕事できるよ」
「うむ。クインシー殿下とフェリックス様は喜んで帰られた。お主に感謝しても仕切れぬ、くれぐれもよろしくと」
「よかったねえ」
無邪気に笑う小娘。
ああ、こやつはあれほど無礼でも聖女なのだな。
それはそれとして聞いておかねばならぬ。
「……あの魔法はハイヒールではないのであろう?」
「あ、バレちゃった?」
掛け声だけハイヒールで正体が違う。
そういうトリックなのだ。
あれは……。
「リザレクションの魔法だ」
「ダンディなおっちゃん、薄毛なのに中身は詰まってるねえ」
「薄毛は関係ないだろうが!」
「時々怒ってると血行がよくなるんだよ。発毛促進に効果がある」
「何、本当であるか?」
「うそ」
ケラケラ笑うな!
まったく神経に障るである。
しかしリザレクションと鎌をかけたら、認めたも同然の反応だ。
誤魔化そうったってそうはいくものか。
「リザレクションは間違いないんだな?」
「ないよ。大正解でーす」
「リザレクションは誰も使えぬはずだ。どうしてお主が使える?」
「うーん、誰にも言っちゃダメだぞ?」
「神に懸けて誓おう」
「少ない髪に懸けて誓われると信じざるを得ないなあ」
「いいから話せ!」
一々イライラするである。
首を絞めてやりたいである。
「リザレクションっていう魔法はすげー欠陥が多いんだよ。純粋な聖属性を扱えないとダメだし、どんだけの魔力持ちであっても最大魔力量のほとんどを持ってくし。そもそも持ち魔力量が少ないと発動しやしないの」
「つまり聖女でかつ、特別持ち魔力が多い者でないと使えないということだな?」
「そゆこと。他人に使わせることを全然考えてない、メッチャ不親切な魔法」
「しかしお主がリザレクションを使えるのは何故だ?」
「いや、理解して使ってるわけじゃないよ。師匠に見せてもらったメモを丸暗記してるだけ」
「何と……」
それでリザレクションが使えるのか。
「本来こういう唯一無二の効果の魔法はどんどん改良するべきなんだよ。でもあたしは魔道の研究者じゃないから、リザレクションを使いやすくしろってのはムリ。だってリザレクションって、わけわかんな過ぎるんだもん。ソーサリーワードのどこがどう関係して発動するのかさえサッパリ。頭ぷしゅーってなっちゃう。あたしの師匠ですら匙投げてたから、多分誰にもできないぞ?」
「お主の師匠とは?」
「フースーヤっていうスパルタのじっちゃん」
「まさか漂泊の賢者か!」
「そうそう。時々ハテレス辺境区に寄っては色々教えてくれたの」
「老賢者フースーヤの手ほどきでリザレクションか。なるほどな」
「と言われても、あたしは使いこなせてるわけじゃないよ。やっとこさ唱えて発動させるので精一杯。あんな魔法作った人頭おかしい」
初代聖女様を頭おかしい呼ばわりだ。
失礼や呆れるを通り越して笑えてくるである。
「秘密にしろというのは、お主がリザレクションを使えることをだな?」
「うん、そお」
「何故であるか?」
「リザレクションって伝説的な魔法だと思われてるじゃん? 過大評価されまくり。死んだ人をも生き返らせることができるとか」
「吾輩もそう聞いているである。違うのか?」
「違わないけど、条件が難しいの」
条件? どういうことだ?
「遺体がある程度以上残ってて魂がそこにあれば蘇生可能だよ? でも想像してごらんよ。遺体だけ運び込まれて生き返らせてくださいって言われても、魂連れてこなきゃムリなの。で、ムリでもリザレクションしてくださいって言われる」
「経験があるのか?」
「ある。憂鬱でかなわんなー」
いつも笑顔のこやつがこれほど苦々しい表情を見せるとは。
成果がないとわかっていることに魔力のほとんどを使う。
確かに徒労感が半端ないであろうな。
「あたしがリザレクション使えることが知れると、どうせ同じことが起きるよ。そーすると施しや結界の基石に回す魔力はなくなっちゃうんだな。聖女のお仕事ができなくなる。あたしはお給料分は働くと決めているから、リザレクションについては内緒にってことだよ」
肯定せざるを得ん。
聖女は結界の維持が第一義だ。
シスター・ジョセフィンが魔力注入を行っていたのは、聖女がいなかったがゆえの臨時措置に過ぎない。
「まーリザレクションにはあんまりいい思い出がなかったからさ。今日は喜んでもらえてよかったよ」
「そのことなのだが」
正念場だ。
ここで小娘を説得できるか否かは吾輩の野望に関わるである。
身を乗り出す。
「それでよいのか?」
「何が?」
「リザレクションを使えるお主にしか救えぬ運命があるだろう?」
「かもしれんけど、あたしがリザレクション使えるのを知られるのはよろしくないんだってば」
「知られねばいいではないか」
「どゆこと?」
「吾輩が患者を連れて来る。お主に治療してもらいたい」
「患者?」
目をパチクリさせる様子は年齢にそぐうのだが。
「リザレクションで命を蘇らせることに障りがあるのは理解したである。そもそも死を弄ぶことは神の摂理に反することやもしれぬ。だからこそ初代聖女様もリザレクションを未完成のままにしたのかもしれぬしな」
「……」
「しかしケガで腕を失って騎士を諦めた少年も、馬車事故で子をなせぬ身体となった少女も、救えるのはお主のリザレクションだけだ」
「ダンディなおっちゃんカッコいい……」
「一人の運命を良き方向に導くのは矮小か? 聖女らしくないのか?」
「……聖女っぽい気がするね」
よし、納得させたぞ。
バカめ、吾輩の策略とも知らずに。
お主は吾輩の金脈となるのだ。
「どのくらいの間隔ならリザレクションを使えるのだ?」
「聖女のお仕事がなければ、一日おきなら全然オーケーなんだけど」
「では最低でも中四日は空けることとしよう。前日には連絡する。それでいいか?」
「いいよ」
「分け前はどれほど必要だ?」
「え? あたし聖女のお給料もらってるし、他にもちょこちょこいただき物があるからいらない。あ、でもリザレクションはすげー腹減るんで、何か美味しい差し入れが欲しいかな」
「うむ、わかった」
無欲なやつめ。
いや、こやつは黒目黒髪と傍若無人を除けば、誰よりも聖女らしいのかもしれぬ。
「今日は王子殿下だったこともあるが、少し目立ってしまったな。次からは目立たぬよう連れて来る」
「りょーかーい」
「では食べ終わった食器を寄越せ。お主は夕食の時間までぶらぶらしているがいい」