第15話:昏い夢
この辺りから物語が動き始めます。
――――――――――翌日、王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
聖教会前はちょっとした騒ぎになっていたである。
王族の紋章が入った馬車が停まれば当然というもの。
護衛の近衛兵だけで一〇人近くだろうしな。
「ゲラシウス殿、これは何事ですかな?」
ヴィンセント聖堂魔道士長か。
小娘は秘密にと言ったが、とても隠しおおせることではない。
最低限の説明は必要であろうな。
「昨日、フェリックス様に頼まれてな。やんごとなきお方の治療を聖女パルフェが引き受けたのだ」
「やんごとなきお方? ああ、そうでしたか」
「癒しの施しはヴィンセント殿の管轄なのにすまぬな」
「いえいえ、パルフェ様が自ら引き受けたことでありますなら」
簡単に納得したである。
聖堂魔道士長はあの小娘に傾倒し過ぎているのではないか?
「ところが聖女パルフェは、今日の治療は聖女の仕事とは考えておらぬのだ」
「ほう?」
「かなり魔力を食う回復魔法でないと治せんと判断したようだ。しかし聖女の給料は国から出ているから、魔力を大衆にあまねく施すべきと考えている」
「パルフェ様らしい、御立派な考えです」
「今回はフェリックス様に頭を下げられたから治療を行うが、今後続ける気はないらしい。内緒にして欲しいと頼まれたである」
「さようでしたか」
「であるから、大司教猊下への報告もぼかしておいてくれ」
「わかりました」
こんなところであろう。
内緒にとは言われたが、王族が来るのに完全に秘密にし通せるわけがないである。
「ヴィンセント殿はお急ぎか?」
「魔法医連と会合がありましてな」
「ああ、そうであったか。引き留めて申し訳ない」
「ハハ、何の。失礼いたします」
「後で改めて報告するである」
ヴィンセント聖堂魔道士長が去るのとほぼ同時に、やんごとなきお方が入っていらした。
護衛に手を引かれ、ゆっくりとである。
やはりクインシー王子殿下だ。
「筆頭枢機卿ゲラシウスと申します。聖女パルフェの元へ案内いたします」
◇
「いらっしゃーい!」
「おお、聖女殿! 今日はよろしく頼むぞ」
用意した部屋にやんごとなきお方御一行を誘う。
小娘とフェリックス様は波長が合うのだろうか?
吾輩このテンションはイラっとくるのだが。
「それで患者さんが?」
「ボクです。よろしくお願いいたします」
クインシー王子殿下は正妃様の御子、フェリックス様の外孫に当たる。
盲目で平民相手だというのに、所作が美しく丁寧だ。
どこぞの聖女とはえらい違いである。
「聖女殿。クインシー殿下だ。目が見えないというのが不憫でな」
「あたしのチャーミングな顔を拝めないのは実に不幸だね」
「殿下の目が治るか治らないかはウートレイド王国の未来を左右するのだ。よろしく頼む」
「任せて」
フェリックス様の仰ることはことは大袈裟でも何でもない。
小娘は軽く請け負っているが、治療がうまくいかず吾輩までとばっちりを食ってはかなわぬ。
小娘の袖を引き、部屋の隅に連れて行く。
「ダンディなおっちゃん、何?」
「だ、大丈夫なのか?」
「だいじょーぶだとゆーのに。あたしを信用しろ」
「信用できんから聞いているのだろうが。ああ、もし失敗したら……」
「おいこら、魔法はイメージが大事なんだぞ? 迂闊なことゆーな!」
「す、すまん」
「まったくもー、髪の毛が薄けりゃ肝っ玉まで小さいんだから」
何と無礼な!
しかしヘソを曲げられでもしたら吾輩の身の破滅であるし……。
「魔法かけたらあたし動けなくなるから、後はよろしく頼むね」
「わかったである」
「お待たせしましたー」
腰掛けているクインシー殿下のところへ行く。
「殿下、ちょっと見させてね」
「はい」
目だけでなく、頭の方まで見ているな?
フェリックス様が恐る恐る問う。
「聖女殿。その、どうであろうか?」
「難しいね」
「そうか……魔法医には診るまでもなくムリだと言われてしまってな」
「うーん、じっちゃん。聖女や癒し手が施しで使っていい魔法って制限があるんだよ」
「む? どういうことだ?」
「あたしもよくわからんのだけど、魔法医との住み分けがあるみたい。ある程度以上のランクの魔法使って治療するのは有料なんだそーな」
「有料? そんなことはべつに何でもないが」
「聖女っぽくないけどごめんね」
「いや、治るかどうかが問題なのだぞ?」
「治るよ」
「本当か!」
「うん。いくぞー。ハイヒール!」
ま、眩しい!
膨大な魔力の高まりだ。
あっ、小娘が倒れた?
クインシー殿下がポツリと呟く。
目蓋が開き、目の焦点が合っている?
「……見える」
「え?」
「お爺様、見えます!」
「ほ、本当か!」
抱き合って泣くクインシー殿下とフェリックス様。
こちらまでもらい泣きしてしまうである。
「聖女殿は大丈夫なのか?」
「聖女様にお礼を……」
「いや、不要です。聖女パルフェは、術後は動けなくなるからと申しておりました」
意識のない小娘を抱え上げ、ベッドに寝かせる。
ベッドが必要というのはこういうことであったか。
「素晴らしき術であった! ゲラシウス枢機卿。謝礼と寄進については改めて相談させてもらおう。近々王家からも感謝の言葉を賜るはず」
「そのことなのですが、フェリックス様。お願いしたき儀がございます」
「何か?」
「クインシー殿下の魔法治療については秘密にしてもらいたいのです。王家からの感謝の言葉も、まことに名誉なことではありますが、遠慮させていただきたく」
唖然とするフェリックス様。
当然であろう。
「な、何故だ?」
「聖女パルフェはこう考えています。聖女の魔力は人民に広く使うべきだと。一人を全力で治療して対価をもらうのは魔法医の仕事であると」
「それは……うむ、正しき理屈であるな」
「何と高潔な志でしょう!」
「今回はフェリックス様直々の御依頼でしたので、特別に受けたと申しておりました。今後このようなケースで聖女パルフェが治療することはないと思われます」
腕を組むフェリックス様と、見えるようになったばかりの目を瞬かせるクインシー殿下。
さあ、どう出る?
小娘でなければ治せない症例を考え、惜しいと思うのではないか?
「しかし聖女殿以外では到底……」
「技量に差があるのでしょう。ボクも聖女様によってでしか治癒を期待できないケースは多かろうと考えます」
「実は吾輩もそう考えておるのです。聖女でしか癒せないならば、それはまさしく聖女の施しが必要であろうと」
「「おお!」」
よし、協力者になってくれそうだ。
吾輩に運が向いてきたようである。
薄暗い欲望が頭をもたげる。
小娘を利用してぼろ儲けしてくれるである。
「聖女パルフェの奇跡的な癒しについて秘密にしていただきたいのは前述のとおりです。しかし通常では治らない、聖女の癒しなら治癒が見込めるのではと、フェリックス様やクインシー殿下が判断された症例があるならば、吾輩に直接お知らせください。聖女パルフェを説得いたしましょう」
「うむ、それでこそ世のため人のためであろう」
クインシー殿下の目が急に治ったのだ。
いかに秘密であったとしても、聖教会に足を運ばれたことまで隠せるわけがない。
つまり間違いなく依頼は来るである。
資金を作って陛下とギクシャクしているアナスタシウス大司教を追い落とし、吾輩こそが大司教として君臨するのだ!
あの小娘を利用すれば十分に可能である。
「クインシー殿下、フェリックス様。失礼ながら聖女パルフェを休ませてやりたいと思います」
「む、そうだな」
「お送りいたしましょう」
「聖女殿には感謝してもしきれぬ、くれぐれもよろしくと伝えてくれ」
「はい」
小娘よ、せいぜいいい夢を見ているがよい。
吾輩の夢には敵うまいがな。