ハルファーナの調査
食事を終えると、全員が各々の部屋に戻った。
アイーシャに言って、ハルファーナの部屋を訪ねる話しはつけてある。
ただ、祈りの時間などもあり、少し後となったのだ。
麗子と橋口は絨毯に寝そべり、クッションを枕代わりにした。
「疲れた」
「あげるって言ってたから、何着か貰っちゃえばよかったのに。着なくとも服についている宝石だけで相当な額になったんだケド」
「やめてよ。思い出したくない。売却するにしても、相当恥ずかしいもの」
麗子は天井を見つめながら言った。
「なんとなくなんだけど……」
「水着みたいなアラビアンセクシー衣装のことなんだケド」
「ちょっと、話聞いてよ」
麗子が橋口を見ると、橋口も苦笑いした。
麗子は続けた。
「通訳してもらっている第一夫人さ、正しく訳してくれてるのかな」
「……信じるしかないよね。スマフォのやつだと、翻訳が正しかもあるし、そもそも、やり取りに相当時間がかかっちゃうんだケド」
「全員がパソコンとかスマフォを使いこなせるかは、わからないもんね」
ただ、第一夫人のフィルターが掛かった情報だと言うことを念頭に置いて考えなければならない。麗子は思った。何かもっと良い通訳がいるといいのだが。
「式神、式神は通訳できないの?」
「……蛇はそもそもしゃべれないんだケド」
「なんで蛇?」
そうだった。麗子は思い出した。まだ橋口が作り出せる式神は『蛇』だけなのだ。言うだけ無駄だった。
部屋の外から声がした。
「そろそろ行きますか?」
アイーシャの声だった。
「すみません、すぐ行きます」
二人は起き上がり、廊下に出た。
アイーシャが言うには、四人の夫人を同じように愛すと言うことを示すため、部屋も同じ作りにしているのだそうだ。この建物の二階に同じ向きに並べられた四つの部屋があって、それが夫人達に与えられている。
エレベータからの距離も、間取りも何もかも同じようにするために、建物は多少冗長的な構造になっている。
「私はあっちの端で、順番に第二夫人、三、四と」
「なるほど」
三人は、第四夫人、ファルハーナの部屋の前に着いた。
インターフォンを使ってアイーシャが会話すると、オートロックが開いた。
廊下側の殺風景で、機能的な構造とは違って、中は広々として暖かい雰囲気があった。
麗子はジンと契約した『証』がないか、歩きながらも意識を集中させていた。
『どんな御用ですか』
ファルハーナの言葉に、アイーシャは返した。
『あの場では言えなかったけど、ハリーファに掛けられた呪いのことよ』
『……』
ファルハーナは、麗子達をじっと見つめた。
「あの、アイーシャ。何を話したのか教えてください」
「ハリーファの呪いのこと話を聴きに来たと言いました」
「言っちゃたんなら仕方ないんだケド」
橋口はそう言うと、麗子は言った。
「侍女の方がいらしたら、一度出て頂きたいのですが」
『侍女たちはしばらく外に出てもらえないかしら』
アイーシャが言うと、麗子達に目を合わせないように侍女達が出ていった。
ファルハーナの表情が固くなる。
この状態で果たして命令が効くだろうか。麗子は思った。かなり意識してしまっている。適当に話を逸らして警戒を解く時間が必要だろう。
麗子は周りを見渡して、何か砕けた話をしようと考えた。
「ファルハーナ、我が国ではこの娘ような胸の大きな子のことを」
そう言ってから橋口の後ろに回り込み、制服のジャケットのボタンをはずす。
「ちょっ……」
橋口が、言いかけると、麗子は後ろから、手のひらで橋口の乳を持ち上げる。
「『キョニュウ』と言うんです。発音してみてください」
アイーシャが通訳したと思われるが、ファルハーナは何も反応しない。
アイーシャの表情は笑っているように見えるので、間違って通訳している感じはない。
『早く本題に入ってください。私もハリーファの呪いが早く解けることを願っているのです』
「早く本題に入ってください」
橋口は何かに気づいて、部屋の端に移動した。
「麗子、私に構わず始めてなんだケド」
麗子は頷いた。
かなり警戒されている。
これだけ警戒すると言うことは逆に、怪しいと自ら言っているようなものなのだが……
「私の手を見て」
そう言ってから、アイーシャが通訳する。
伝わったのを確認すると、麗子は右の手のひらを開き、ファルハーナから見て右から左に、手を動かした。
麗子から見たファルハーナの目の光が失われ、緊張が緩んだように見える。
「質問に答えてください」
通訳する時間を待ってから、質問する。
「ハリーファを拘束するのはなぜですか?」
『私がハリーファを拘束するはずがありません』
「私は拘束していません」
ファルハーナは、少し緊張したように表情が強張った。
「ジンと呼ばれるものを知っていますか?」
『子供の頃におとぎ噺としては聞いたことがあります」
「知っています」
どうも様子がおかしい。ファルハーナは苦しいような表情をしている。
「では、あなたがその『ジン』と契約しましたね?」
『そんなことは知りません』
「知りません」
アイーシャの訳は冷静な口調だが、ファルハーナは声を荒げていた。
「ハリーファを呪いましたか?」
『私はそんなことしません』
「知りません」
同じように答える時に声が大きくなる。
表情も、かなり固い。多分、意識の奥まで命令が達していない。
何か予め対策がされているかのようだ。
「体に触れても良いですか?」
『嫌です』
「嫌です」
空調の効いた部屋なのに、ファルハーナは額に汗をかき始めている。
「では触れませんが、少し近づくことをお許しください」
『嫌です』
「嫌です」
かなり厳しい。これ以上質問もしても無駄だし、ファルハーナに負荷がかかると思われる。
「麗子。ちょっと来て欲しいんだケド」
「時間かかる?」
「かかると言えばかかるんだケド」
麗子は、右から左に手を動かして、何かを掴むように握り込み、ファルハーナの命令を解いた。
目の光が戻った後、ファルハーナはため息のように大きく息を吐いた。
「ちょっと失礼します」
そう言って麗子は橋口の方に向かう。
橋口はアイーシャとファルハーナから見られない位置に麗子を連れて行くと、小声で言った。
「(出て行かせたはずの侍女がずっと物陰で聞き耳を立ててたんだケド)」
「(誰かに情報を流しているのかしら)」
「(どう見ても用事があるようには思えなかったから、何かそういう目的があったに違いないんだケド)」
色々制約が多い上に、スパイがいるのでは真実に辿り着くのは難しい。このままでは犯人の思い通りになってしまう。
「(うん。これはちゃんと調べよう。監視カメラとかを見せて貰えば、最後に出ていった侍女が誰かわかるはず)」