戻ってきた大使館にて
疲れや緊張が解けた為、王国からの帰りの機内、麗子はぐっすり眠れた。
まるで何もなかったように空港を抜けて、T都内にある王国の大使館に戻ってきた。
大使館の一室で待たされると、その部屋に永江所長が警備の者に連れられ、入ってきた。
「所長!」
「麗子ちゃん、かんなちゃん」
泣きながら肩を寄せあった。
「アリスちゃんもいるんだけどね」
警備の者が急に直立すると、髭まで白い高齢の男が入ってきた。
永江所長は、麗子と橋口を離して入ってきた老人に頭を下げた。
「ほら、あなた達も」
そう言われ、三人は老人に頭を下げた。
老人に向かって四人が座ると、調べた限りの内容を話すよう促された。
「アバビル。お願い」
麗子は自らの中にいるアバビルを呼び出し、王国の言葉の準備をした。
老人は驚いた。
『王国の言葉が話せるのか? もしかして、出発前からだったのか』
『いえ、王国にいる時にアバビルに救われて』
麗子は説明した。
老人は言った。
『儂はジャファル側でもハリーファ側でもない。自由に話していい』
麗子は王国であったことを話した。
ジャファルがハリーファの第四夫人に呪いをかけるように仕向けたこと。
それが分かった時には、呪いが第一夫人のものに変わっていたこと。
夫人は自殺してしまい、香木の売人を殺したと思われるジャファルの妻も、策略にハマって死んでしまったこと。
二人の夫人の死によりハリーファの呪いは解け、ジャファルには王位継承権が移らないはずだった。
しかし、ハリーファは事故死してしまったため、結果的にジャファルの王位継承順位が一つ上がったことになった。
『ハリーファの事故も、ジャファルを調べれば埃が出てくるじゃろう』
まさか、車に細工したとか、アイーシャのロボットをデッキに置いておいたのはジャファルの差し金だったのか? 麗子は身を乗り出した。
『ぜひ調べてください。王国のために』
老人は落ち着いた調子で首を横に振った。
『王国にとってみれば、ジャファルを追い落とす理由はない。国民もジャファルのようなリーダーを望んでいるだろうからな』
『そんな、それはあなたの勝手な考え……』
老人から強いオーラを感じ、麗子は黙った。
ジャファルより殺気や威圧感が強い。
老人の気に呼応して、部屋に立っている警備の者の緊張が走った。
これ以上、意見をしてはいけないのだ。
麗子が口を閉じ下がると、老人の態度が柔和になった。
『君たちは、よく仕事をしてくれた。アバビルも役に立つようなら、君のために役立ててくれ』
麗子は頭を下げた。
『謝礼はしっかり払うから、心配しないでほしい。そちらの女性が大使館にいる間中、ずっと気にしていたようだから』
麗子は永江所長の顔を見た。
目だけしか見えないが、明らかに微笑んでいる。老人の機嫌をうかがっているのだ。
「……」
所長の顔を見ながら、麗子は思った。私たちの心配ではなくて、金の心配をしていたのだろうか。ずっと、この何日かの間中。
麗子はため息をついた。
すると所長は麗子の手に触れ、
「何よ、ほら、しゃんとしなさい』
と言った。
大使館側がタクシーを呼んでくれるというが、三人は断った。
徒歩で大使館を出ると、すぐに大通りに出てタクシーを捕まえた。
「とりあえずTヒルズに。有栖、いいでしょ?」
所長が言うと有栖も同意した。
「ええ」
有栖が助手席に、後ろの奥に麗子、真ん中に所長、反対端に橋口が座った。
車が都心を走っている最中、所長はずっとスマフォを操作していた。
「入った! 入金されたわ!」
「ちょっと所長、声デカいんだケド」
麗子は所長のスマフォを覗き見ようとしたが、フィルムのせいでよく見えず、手元に引き寄せようとしたらスマフォを隠された。
「ねぇ、いくら入ったんですか? 私も興味あります」
麗子が言うと、永江所長が言った。
「プライベートジェットを利用した代金とか、皇太子の建物の一室や、大使館で食事や寝泊まりした経費が差っ引かれていて、本当の本当に雀の涙よ」
「本当ですか? あの王国、そんなにケチくさい?」
所長のスマフォを見ようと手を伸ばす。
所長はそれをかわしながら、言う。
「あっ、この費用、警視庁に請求しないと」
「あれ、私このルートで帰国して大丈夫なのかしら?」
有栖は警視庁から派遣されていたのだ。闇ルートで帰国して良かったのだろうか。
一瞬、変な空気がタクシーの中に広がる。
その空気を壊すように永江所長が手を叩いてから、
「とりあえず、今日はみんなでご飯食べましょう。せっかくだから、少しぐらい贅沢しましょう!」
と言った。
「腹いっぱい食べるんだケド」
「私もやけ酒よ」
「所長、絶対金額誤魔化してますよね?」
タクシーの中はもみくちゃになった。
こうして八日ぶりに、麗子達に日常が帰ってきたのだった。
おしまい




