第一夫人、アイーシャ
麗子達がついた空港は、軍の空港らしく、殆ど女性用の場所がなかった。
大きな装甲車のような車に乗せられると、全く曲がることなく走り続けた。
焼けた土なのか、砂漠なのか、乾いた地面が続く。
しばらくそんな道を、地平線が見えるかと思うほど走り続けると、突然煌びやかなモスクが見えた。
建物全ては、艶やかで、鮮やかな色をしている。
「あそこですか?」
「あれはモスクだ。礼拝堂。王族の住まいはもう少し先だ」
そこを通りすぎると、大きな壁が延々と続いていた。
立派な城壁だった。
「あそこから中に入る」
車は減速し城壁の方向へ曲がった。装甲車の屋根がすりそうなぐらい低い入り口だった。
入り口の警備の人間と何か話した後、ゆっくりと車は進んだ。
そもそもこの『装甲車』のエンジン音はやたら騒がしい。少しぐらい低速で走ったところで変わらない気がする。
さらにいえば、王族の住まいだ。壁もガラスも分厚くて、音など遮られてしまうのではないか。
そう思ったが、低速で走行するのは規則なのだろう。
ゆっくりと城内を進むと、とある建物の前で止まった。
「降りろ。まだ朝が早いから、君たちは少し休んでいてもらう」
半ば寝ている橋口を揺すって起こすと、車を降りた。
そこでアバヤを着た侍女が建物から出てきた。
『二人が例の除霊士だ』
『言葉が通じないんですよね』
『そうだ。通訳は皇太子の第一夫人に任せている』
侍女は困ったような顔をして、麗子達を見た。
そして手で建物に入るように示した。
「?」
「その侍女についていけ。俺たちの役目はここでおしまいだ」
「えっ? 言葉どうするの?」
ずっと一緒にいた警備員が、車に乗り込むその後ろ姿に何度も問いかけた。
「ねぇ、言葉どうするの?」
装甲車のドアが少しだけ開いて、声が聞こえる。
「分かる人がいるから大丈夫だ」
言った直後、ドアは閉まり、車はぐるりとUターンして去っていった。
「はぁ、もう食べきれないんだケド」
そう言って橋口は麗子の背中にもたれかかってくる。
「寝ぼけてないでよ」
『こちらに』
侍女が手招きする。建物の自動扉が開き、中に入って外の扉が閉まると、内側の自動扉が開いた。
内側の扉の中に入ると、廊下だった。
「すごい」
麗子は圧倒された。外から見た時、複数階建てだと思っていた建物の天井がここまで高いとは。
廊下の天井までに三階建てほどのスペースを取ってしまっている。
『この右奥です』
相変わらず何かを言っているが、内容は分からない。
麗子は橋口を支えながら、ひたすらその侍女についていくしか出来なかった。
ついていくと、絨毯がひかれた広い部屋についた。
特に目立った家具はなく、絨毯の上にクッションがいくつかと、毛布が何枚か畳んで置かれていた。
『靴を脱いで!』
「?」
侍女が何か言っている。足だ、足を指している。
『靴を脱いで』
侍女が足を上げ、靴を脱いで見せる。
「そういうこと? 日本と同じね」
麗子は靴を脱ぎ、寝ぼけている橋口の靴を脱がせた。
「これは? これは脱いでいいの?」
『ここは女性専用の建物ですから、脱いで構いません』
「?」
侍女がアバヤを脱いで見せるので、麗子達も同様にアバヤを脱いだ。
侍女はアバヤを脱いでも、全身真っ黒な服だった。ただ、胸元は黒いながらも透けていて、太ももの高い位置までスリットが入っているセクシーなものだった。
侍女は麗子の服を見て言う。
『まぁ、その格好、穴が開いているわ』
「……」
とにかく何を話しているのかわからないので、反応できなくて困っていた。
『昼までに何か着替えを用意します』
侍女はまたアバヤを着て、靴を履くと呆然と立ち尽くしている二人に言った。
『そこで寝てるなり、してください』
侍女は、クッションを指さし、両手を合わせて耳に付けるような仕草をする。
「……」
麗子はなんとなく頷く。
侍女は会釈して部屋を出て行った。
すると入れ替わるように別の女性が入ってきた。
「こんにちは」
まさか理解出来る言葉が話されるとは思っていなかった麗子は、一瞬、固まってしまった。
「こんにちは」
アバヤと靴を脱ぎ、部屋に上がってきた。女性は、さっきの侍女とは違い、キラキラした派手な服を着ている。宝石類も同じように派手で高価な印象を受けた。
王族なのだろう、と思い身構える。
「私はアイーシャと言います。皇太子、ハリーファの第一夫人になります」
「私は冴島麗子で、こっちが橋口かんなです。よろしくお願いします」
アイーシャは麗子に会釈をした後、橋口に軽く手を振る。
「……あの、私子供じゃないんだケド」
「これは失礼」
アイーシャは、頭を下げた。
「依頼する仕事の話は、もう少し後でいたしますので、ゆっくりおくつろぎください」
それが出会いだった。