尋問
皇太子の家に入り、夫人達の部屋に向かう。
「そういえば、ロボットのアイーシャはどこ行ったんだケド」
「そうだ、忘れてた」
麗子はそう言った。
ロボットの中に入っていた式神は戻ってきていた。
式神は、ブルジュ・ジャファルで交わされた会話や、アイーシャが警察情報をハッキングして得た情報も知っていて、麗子に情報を与えてくれた。
ジャファルのいる最上階にいたはずだが、麗子達が入った時にはいなかった。
ナーディアと一緒に行動しているとすれば、ここにきているはずだ。
「そっちも探さないと。もしかしたらナーディアと一緒……」
いた。
ナーディアはアイーシャの部屋に入ろうとしている。
警察がいる中を、堂々と。
『待って、ナーディア』
麗子は走り寄って、ナーディアの腕を掴んで引き留める。
『なんですか、あなたは』
『一度、アイーシャと一緒に会っていると思います。皇太子の呪いの調査を依頼された除霊士です』
部屋の方から警察らしき男の人が顔を出して、言う。
『ナーディア様には、捜査の協力をしてもらうため、中に入ってもらわねばならん。邪魔しないでくれ』
『皇太子の呪いの調査で、ナーディア様に緊急の用があるのです』
『皇太子様の…… 少しだけだぞ』
麗子はナーディアに気づかれないよう、右手を開いてかざし、左から右へ、手を動かした。
『さあナーディア様、我々の部屋に行きましょう』
ナーディアは目が虚になり、ゆっくりと麗子方に向き直った。
麗子が命令を入れた。短時間だが、人を言う通りに動かせるのだ。
廊下を戻り、麗子達が借りている部屋にナーディアを連れて入った。
アバヤを脱がせ、ヒジャブ、ニカブもとった。
麗子は、監視カメラや盗聴器の位置を意識して、ナーディアの顔がわかるように立った。
アバビルの力で、麗子は王国の言葉を話す。
『ナーディア、あなた、ジャファルの命令で香木の売人を毒殺したわね?』
ナーディアは激しく喉を掻きむしり、何か抵抗しているようにも見えた。
今度は指に髪を絡め、顔の前に引っ張り顔を隠すようにし始める。
だが、何も答えない。
麗子は反応を見て、質問を変えた。
『ナーディア、その毒をファルハーナの部屋に置いて、ファルハーナを殺しましたね?』
首を横に振る。さっき前に持ってきてしまった髪が、振り乱れてしまう。
『違う…… 部屋に毒の瓶を置いた…… まさか自殺するなんて……』
警察の調べから、香木の売人が飲んだ毒とファルハーナが飲んだ毒の構成は同じだ。同じメーカー、同じロット、いや、同じ瓶であると言ってもいいだろう。もし香木の売人が殺した毒の瓶をファルハーナの部屋に置けるとしたら、ナーディアが香木の売人を殺した可能性も同程度にあるだろう。
麗子は続ける。
『ファルハーナ、アイーシャに、シャイタンを使う呪いの方法を教えたのはあなたですね?』
ナーディアは目を伏せ、近寄るなと言った風に両手を伸ばす。
『そうでしょう?』
『やり方を書いた紙と、香木を部屋に置いた……』
どう呪いを掛けるかはファルハーナやアイーシャに任せたということなのか。これなら、拳銃の管理が不行き届きではあったが、殺しに使うとは思わなかった、と言う立場になる。だが、銃を使わせようという意図は丸わかりだ。アイーシャに関しては、都合が良かった呪いが解かれてしまうと困るから、同じ呪いをかけた、と言うだけだろう。
結果、二人の呪いは、皇太子を殺す、と言う直接的なものにならなかったのだ。
『昔の話をします。ナーディア、あなたは皇太子にアイーシャのことを教えたのですか? 皇太子がアイーシャに求婚するようにしましたか?』
『そもそも、皇太子の好みの女性がアイーシャそのものだったんです。私は夫であるジャファルから皇太子の結婚に関して相談を受けたとき、真っ先に思いついたのがアイーシャでした』
この話には、ジャファルからの口止めが無いのだろう、すんなりと、しかも流れるように話し続ける。
『アイーシャが恋愛結婚を望んでいたのは、なんとなく感じていました。しかし、王国の女性の多くは周りから一番良い縁と勧められる相手と結婚します。恋愛をすることは勝手ですが、他国の男女のように恋愛を何度もトライすることはできないのです』
麗子は続けた。
『では、ファルハーナについては、どうです?』
『ファルハーナは……』
ナーディアは再び、息苦しそうな様子を見せる。
『ジャファルから指示されたのではないですか?』
『それは……』
『あなたが仲を取り持ったのですね?』
ナーディアは、俯き何かを我慢するように、瞼や口にギュッと力を込めている。
『そうなんですね』
かすかに頷く。ナーディアの足元がふらつくと倒れかかる。
有栖が咄嗟に抱きつき、ナーディアの体を支える。
「麗子ちゃん、早く術を解いて、このままじゃ危ない!」
「は、はい」
開いた右手を右から左に振り戻して、指を握る。それにより命令を解除した。
有栖と橋口の手で、ナーディアをソファに寝かせる。
麗子は二人に言った。
「今、ナーディアから得た情報を説明しておくね」
麗子は先ほどナーディアに行った質問と答えを、淡々と説明した。
香木の売人を殺したのは肯定に近い雰囲気だが、明確に回答しなかった、ファルハーナを殺したことは否定した、香木を使った呪いの方法はそれとなく伝えた…… そして皇太子とアイーシャ、ファルハーナをくっつけたのもナーディアだったこと、ファルハーナに関しては、ジャファルの意向でもあった。
有栖と橋口は聴き終えると、しばらく黙って考えていた。
「結局、ジャファルが限りなくクロであるってところまでなんだケド」
「そうね。毒薬の瓶からナーディアの指紋が検出されるとか、香木を買ったのがジャファルだとか、そういうのが必要ね」
二人に言われると、麗子は困ってしまった。
そして、思い出したように言った。
「ロボットのアイーシャから私の式神が戻ってきたの。その式神からの情報だと、警察が収集した情報をロボットがハッキングしていたわ。その情報から、警察は、ジャファルが香木を買ったと言う内容の裏帳簿を押収してたらしいけど」
さらに式神が伝えてきた情報を手繰る。
「ただ、アイーシャがジャファルに言った時は完全に否定されてたけど」
「じゃあ、警察はジャファルが香木を買った、と知っていることになる。それならジャファルが疑われてるはずなんだケド」
有栖が言う。
「相手は王族だから、警察もそれを決定的な証拠、とはしないでしょう。もっと直接的で完全な証拠が欲しいわ」
「もう毒の瓶に指紋がついているぐらいのことしか無いんだケド」
「それはないわ。ついている指紋はファルハーナの指紋だけだった」
「当然よね」
と、有栖は言う。
「それが殺害に使われたものなら、指紋をつけたままファルハーナの家に置くわけないもの」
間を置いて、有栖が続ける。
「そもそも、今回の呪い、を立件できるかは王国の法律によるわ。直接呪いをかけたのは第四夫人と第一夫人だから、その二人を訴えることはできても、間接的にそれを促したジャファルは呪いの幇助としてもあまりに弱すぎる。ただ、出来るように状況を整えただけだから」
どうしよう。
麗子は困っていた。
「麗子、正直言うんだケド」
「何?」
「これで皇太子の呪いが解けて、そのまま無事に王の地位を継いでしまえば、ジャファルの企み自体失敗、ってことになるんだケド」
有栖は頷いた。
「亡くなられた夫人達には本当に申し訳ない話なんだけれどね。皇太子がクロっぽいと言うことだけでも、皇太子に話せれば、解決でいいんじゃない」
「……」
麗子は本当にそれで良いのか、判断がつかなかった。




