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彼女と刑事の除霊事件簿 ガスト王国編  作者: ゆずさくら


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ファステスト・ラップ

 ブルジュ・ジャファルの出入り口は、救急車や警察車両で埋まっていた。

 麗子達はシュルークの運転していたジープを探した。

「車がない、シュルークはどこに行ったの?」

 警察や救急の関係者をかき分けて、車回しに出るが例のジープは見つからない。

『レイコ!』

 声のする方に目をやると、降りていく方のスロープから、手を振って駆け上がってくる姿を見つけた。

 シュルークだった。

 麗子達は走ってシュルークの方に駆け寄る。

 路肩に車がずらっと止めてあって、だいぶ降りていった先にジープが止まっていた。

『シュルーク、すぐに皇太子の家に戻るわよ』

『アイーシャ様が……』

 シュルークは夫人の死に、涙を浮かべている。

『ごめんね。すぐに行かないと、証拠を隠されてしまう』

 俯くシュルークの足元に涙が落ちた。

『わかった』

 スロープを走って降っていくと、ジープに乗り込んだ。

 けたたましい音を立てて走り始めるが、スピードはあまり出ていなかった。

 麗子は祈る。

 この調子で、ナーディアより早く着くのは絶望的だ。

 けれど、せめてナーディアが現場(へや)を去る前に捕まえたい。

『俺が運転してやる』

 麗子の『内なるキツネ』の声だった。

「あなた運転できるの?」

 麗子は声に出して訊ねる。

「麗子、誰と話してんだケド?」

 後ろの席の橋口に振り返る。

「ごめんこっちの話。元は古い地縛霊なのに、車の運転とかわかるとは思えないよ」

『走ることには違いないから、なんとかなる』

 麗子は考える。シュルークの運転では間に合わないのは明らかだ。このまま行けばナーディアに証拠隠滅されてしまう。

「運転して。今よりマシだわ」

『じゃあ、いくぞ』

 麗子の体から白く霧のようにオーラが出ると、そのままシュルークを包み込む。

 麗子には、シュルークの姿をなぞるようにキツネが重なって見えた。

 キツネが麗子を見て頷くと、シュルークも麗子を見て頷くように首を傾げた。

「頼むわよ……」

 シュルークの体を乗っ取った、キツネはいきなりハンドルを大きく切った。

 車は道を外れて、道なきみちを走り出す。

「ちょっと」

 資材置き場のような場所で、人がいないからいいが、これが歩道だったらと思うとゾッとする。

「ちゃんと道を走りなさいよ!」

『俺の霊力で車のスピードを変えることはできない。やれるのは最短コースを進むことだ』

 道に戻ったと思うと、停止信号に切り替わるタイミングで突っ込んでしまう。

「危ない!」

 他車がうまく避けてくれるから走れているような状況だ。

 麗子はシュルークの顔を、いや、そこからキツネの顔を想像した。

 アバビルが麗子の体を使って、対空ミサイルを避けるような飛行テクニックを見せたから、自身の存在意義を探しているのだろうか。

 また、空き地と見るや道路を外れてショートカットしていく。

 こっちが近いのかどうか、麗子には判断できない。

「ねぇ、麗子、なんでちゃんと道を走らなくなったか理由を教えて欲しいんだケド」

「今、シュルークに……」

 ジープが、ふわりと空間に放り出された。

 勢いよく坂を上がって、車体がそのままジャンプしている。

 麗子は息を呑んで着地の衝撃に対して体勢を整えた。

 無事ショートカットが終わって道路の走行に戻ると、話を続けた。

「シュルークにキツネが取り憑いて、運転してるの。キツネは、最短距離で走るからって」

「運転、無茶苦茶なんだケド」

「かんなちゃん、生きて辿り着けることの方を祈ろう」

 有栖が言うと、橋口は黙ってしまった。

 そもそも王国の道に信号は少なかったが、とにかく信号で止まらない、抜けれるルートがあれば道がなくともそこを使う、遅い車を縫うように追い越す。

 そんな、ギリギリのルールで、走っていた。

 何度も何度も、シートからお尻が浮くような状況が繰り返され、しばらく走り続けていると、ようやく皇太子の家の壁が見えてきた。

「もういい。着いたわ、ねぇ、シュルークに代わって」

『……』

 シュルークからキツネが離れない。

 警備員のいる門が近づいてくる。スピードを落とさない。

「ねぇ、何してんのよ、あの門で、警備の人と話をしないと入れないのよ、早くシュルークに代わって」

 まさか警備の門を突っ切るつもりだろうか?

 シュルークの中にいるキツネが言う。

『なんか言うことあるだろうが!』

 そういうことか。

 麗子は心の中で舌打ちした。

 しかし、それはおくびにも出さないよう、麗子は笑顔を作って言う。 

「ありがとう、すごく早く着いた! 感謝しかないです」

 シュルークからオーラが抜けて麗子に戻ってくる。

『おう。これで二十分以上は短縮出来てるぞ』

 人も、他車も傷つけなかったことがとにかく良かった。そう言う意味では本当に上手かったのかもしれない。

 よく跳ねる車の中で、酔いそうになっている橋口と有栖を振り返る。

「もう着くわよ!」

「……よかった」

「トイレ行きたい…… 吐きそうなんだケド」


 皇太子の家の車回しで麗子達三人が降りると、車を閉まってくるシュルークが麗子に言った。

『こんなに早くここに着くなんて信じられない。私、運転うまくなった?』

『ちょっとね。けど、過信しちゃダメだよ。安全運転が一番なんだから』

 警察の車も来ている。

 流石にまだナーディアも帰ってはいないだろう。

「有栖刑事、かんな、ナーディアがいたら言って。私、ナーディアに用があるの」

 有栖は橋口の方を見て言う。

「だれそれ」

「ジャファルの妻のことなんだケド」

 有栖はジャファルの家を訪問していない。ジャファルの妻の顔を知らないのだ。

「要は、疑っている人物ね。私刑事だから、そう言うのは得意よ。不審な女性を見つけたら言うから」

「お願いします」

 三人は、皇太子の家の中へと入っていった。




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