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彼女と刑事の除霊事件簿 ガスト王国編  作者: ゆずさくら


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塔への侵入2

 麗子達を邪魔していたシャイタン、つまり悪魔が言った。

『契約者の秘密は言えない。契約だからな』

 麗子は言い返す。

「香木を買った人間は契約者じゃないでしょう?」 

『……すまん。もう何も言わない。契約も完了してしまったしな』

 麗子はその言葉の意味に、背筋が寒くなった。

 契約が完了すると言うことは、悪魔が代償を受け取ったのだ。

「つまり、アイーシャに何かあったのね!?」

『この空間を解いてやる。ここを真っ直ぐ進めばジャファルの塔(ブルジュ・ジャファル)に入れる』

 そう言うと、青い肌の幽鬼(ジン)は透明になっていくようにして姿を消した。

 同時に、暗い空間が本来の明るい空へと移り変わっていった。

 麗子達は走ってビルの入り口に入ると、警備の男に命令(コマンド)を入れて中へ入る許可を出させた。

 そのまま奥へと入っていくと、窓の外を見て騒いでいるのに気づく。

 窓の外は、誰も泳いでいないプールがあった。

 いや、誰もいないというのは、語弊がある。

 一人だけ、浮かんでいる影があった。

 見覚えのある背格好…… そして、その横顔が見えた。

「アイーシャ!」

 麗子は叫んだ。

 ビルの警備の者は救急車を呼んだ。

 麗子達はプールからアイーシャを引き上げる。そして三人で囲み、他から見られないようにして背中を確認した。契約完了を示す入れ墨のような文字を確認すると、麗子達はアイーシャの衣服を正して、仰向けに寝かせた。

「どうして、どうして、アイーシャが死ななければならなかったんだケド」

「……」

 麗子はビルを見上げた。

 飛び降りたんだ。あそこから。

 アイーシャの姿をしたロボットに憑いていた式神が、突然、麗子の元に戻ってきた。

 式神の記憶。それはまるで、早送りで映像を確認したように麗子の頭に入ってきた。それはアイーシャがここに飛び込むまでの経緯だった。

 ジャファルは、ファルハーナに呪うように香木を買って与え、皇太子を呪わせた。

 アイーシャを、ファルハーナを皇太子の妻にするよう仕向けたのもジャファルだ。

 少なくともアイーシャは、ジャファルがそうした、と思っていた。

 式神の知ったことから、そう伝わってきた。

 だとすれば、誰を問い詰めれば真相に近づけるのだろう。

 まともに考えればジャファルだったが、ジャファルは絶対に白状しない。こちらが『責めた』として何かボロを出す者がいるとすれば……

 何も言わず麗子はビルのエレベーターへ向かった。

「麗子、どこ行くんだケド」

「このビルの最上階」

「ジャファルがいるのね」

 有栖がそう言うと、麗子は頷いた。

 エレベータに乗り込むと最上階を示すボタンを押した。

「あっ、ヒジャブもニカブも、アバヤすらも持ってきてないんだケド」

「そもそも、私たち異教徒なんだから、この格好でもいいでしょ」

 エレベータが最上階に着くと、三人は降りた。

 フロアの一部は、展望用に開放されていた。

 しかし、通路の途中に、格子状のゲートがあって警備のチェック無しにはフロアの奥には入れないようになっていた。おそらくその先がアイーシャ達のいた場所だ、と麗子は考えた。

 自身の中の『アバビル』に呼びかけた。

「(言葉をつないでちょうだい)」

『ああ、わかった』

 麗子の目が光った。

 すると通路を進み、王国の言葉でゲートの脇にいる警備の者に言った。

『私たちは皇太子(ハリーファ)から呪いを解く使命を受けているものです。この奥にいるジャファルに会わせてちょうだい』

「麗子が王国の言葉を話してんだケド」

『このビルの中では皇太子など関係ない』

 麗子は右手を広げて警備の男にかざし、左から右へ手を動かした。

『私たち三人をこの奥に通しなさい!』

 と、警備の男に命令(コマンド)を入れた。

 警備の男は虚な目になり、機械的に操作をしてゲートを開けた。

『ドウゾオトオリクダサイ』

 麗子が先頭に立って奥に進んでいく。

 扉に書かれた王国の言葉を読むと、麗子は取っ手を操作した。

 部屋に入ると、独特の香の香りが漂っていた。

 部屋の中央にある小さな香炉から、細く煙が上がっている。

 香炉が置かれたテーブルの周りに高級そうなソファーがあった。

 右手の壁側にバーカウンターがあり、左手には外の景色が広がっていた。

 アイーシャはここから……

 ソファーに深く座っていたらしく、突然中央にジャファルが現れた。

『誰かと思えば、役に立たない除霊士か』

『なんですって』

 声を聞くと、ジャファルは瞬間的に警戒した表情に切り替わった。

『……確か君は王国の言葉を話せなかったはずだが?』

『それはどうでもいいでしょう』

 麗子はゆっくりと部屋の中央に向かって歩いていく。

『あなたはなぜアイーシャを止められなかったんですか』

『止めたが、間に合わなかった』

 ジャファルはそう言うと、何かを放り出すような仕草をして、首を横に振った。

『ずっとここで何もしない人の発言は信じられないです』

『通報したさ。だが、俺は臆病だから、怖くて見れないんだよ。死を想像しただけでも怖い。だから香を焚いて、酒を飲んで忘れようとしている。ここにも防犯カメラはある。映像を確認して見てみるがいい』

 麗子はソファーが全て見える位置まで進み、立ち止まった。

『ナーディアはどちらへ?』

『君たちは異教徒だから分からないと思うが、王国では基本的に女性は……』

 麗子はジャファルの言っている話を半分ほどで聞き流し、この場所にナーディアとアイーシャの姿をしたロボットがいないことに気づいた。

「まずい! すぐに皇太子の家に!」

 麗子は踵を返した。

 橋口は麗子とジャファルのやり取りが気になっていて、引き留めるように麗子を押さえた。

「麗子ちゃん、今、一体何話してたんだケド」

「かんな、ごめん、後で話す。とにかく今は、アイーシャの部屋に行きましょう。ナーディアより早く行かないと」

 この国で、女性に対して何か働きかけるには、女性の方が都合がいい。ジャファルは男で、ファルハーナもアイーシャも女性だ。とすれば、ジャファルの意志を汲んで行動するのは…… ナーディアなのだ。アイーシャの部屋から証拠を消そうというなら、ナーディアが動いているはずだった。

『本当に役に立たないな。それに無礼だ。挨拶もなしに入ってきて、挨拶もなしに出ていく』

 有栖と橋口は、ジャファルの言葉が分からずそのまま部屋を出ていった。

 麗子は立ち止まって、振り返ると言った。

『失礼しました。ジャファル様。ごきげんよう、さようなら』

 言った後でジャファルを睨みつけると、麗子もその部屋を出た。




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