契約
円月刀を持った男に囲まれ、有栖と橋口はピンチだった。
橋口が一歩前に出てきた男を目掛けて、鞭を振るった。
「とりあえず、霊力吸収してやるんだケド」
鞭の先端が、男の手首に絡まり、橋口は鞭の手元を胸に引き寄せた。
霊力が奪い取れる…… つまり円月刀の男の霊力が弱まる…… はずだった。
「かんなちゃん!? ねえ、どんどん近づいてくるよ」
「霊力を吸い込めないんだケド」
有栖は銀の銃弾を撃った。
一瞬、進行を止めることは出来るが、すぐ復活してしまう。
橋口は鞭を操りながら、何度も霊力を吸収しようと試みるが、全く効き目がない。
有栖がワンピースの下からもう一丁の銃を取り出すと、次々に円月刀の男を撃ち抜いた。
「この調子じゃ、すぐ弾が尽きちゃう……」
その時、円月刀の男達の動きが止まった。
「えっ、なんか一瞬、目の輝きが落ちたんだケド」
「何か、何かはわからないけど、変わったよ。もう一度やってみて、かんなちゃん!」
橋口は、再び鞭を振るうと、円月刀を持つ手首に絡まった。
「霊力吸収!? なんだケド」
橋口の鞭が絡まった男は、痺れたように体が震えた。
「上手く効いてるんだケド」
有栖は弾倉を交換すると、別の円月刀の男を撃った。
倒れるまでは同じ……
「再生しない!? いや、再生してんのかもしれないけど、遅くなってる」
「行けるんだケド」
「こいつらをコントロールしている奴に何かあったのね」
有栖と橋口は、二人は一瞬だけ目を合わせた。
そして声を揃えて言った。
『麗子が何かやってくれた(んだケド)』
鞭で霊力を奪い、動けなくしたところを、叩いて倒す。
銀の銃弾を連発し、再生に十分時間がかかるように倒す。
橋口と、有栖の銃が、次々と円月刀の男を倒していく。
「六つ!」
「七つなんだケド」
「じゃ、こいつでラストね」
有栖の右の銃が心臓を、左の銃が脳を破壊した。
橋口はもう走っていた。
「急ぐんだケド」
有栖も全力で橋口を追った。
シャイタンの胸の辺りで、麗子の撃った霊弾が激しく光り輝く。
眩しい光から目を守るように、シャイタンは手で光を遮った。
麗子の全力の一撃。
これで倒せなかったら…… もう次はない。麗子はそう考えていた。
シャイタンの体が、霊弾の弱まっていく光と同じように、小さく縮んでいくのが見えた。
このまま小さくなれば、無視して前に進める。
麗子は勝ちを確信した。
……が、撃ち終わった疲労とは別の感覚が、右手にあることに気づいた。
「指がっ……」
シャイタンの左右の刃振り下ろされた時、アバビルの力でバックステップし、それを避けたはずだった。
指が握れない。激痛が走る。血が滴って、広がっている。麗子は左手で握り、右手を目の前に持ち上げる。
指が…… 指が全て無くなっている。
「!」
叫び出したくなるところに、アバビルが言う。
『慌てるな! とにかく指を付ける』
アバビルが白いオーラとなって、麗子の体の外に出ると、オーラは複数のツバメの姿になった。
顔の前に持ち上げた右手に、アバビルのツバメたちが路面から指を拾って、載せていく。
『俺が付けてやる』
と、アバビルとは別の声がした。麗子の中にいるキツネだった。
指の一つ一つが、青白い炎に包まれ、右手全体がオーラに包まれた。
「痛い、痛い、痛いっ」
『落ち着け、治してやる』
麗子の中のキツネが、そう伝えた直後、麗子は気を失った。
倒れかかった麗子を、抱き止める者がいた。
「麗子、気をしっかり持つんだケド」
遅れて、有栖もやってくる。
「かんなちゃん、幽鬼はどこ」
一メートルほどの体格に縮んだ幽鬼が立っていた。
有栖はその子供サイズの幽鬼に銃を向けた。
『俺に銀の弾丸は効かないぞ』
言語は違うが、意味が伝わってきて、有栖も橋口も、それを理解できた。
「銀の弾丸が効かないから、気になっていたの。あなた、幽鬼というレベルじゃないわよね」
青い肌の幽鬼は、強い霊力を纏った。
有栖にはそのオーラと、幽鬼の姿が重なって見えた。
二つはえた角に、コウモリのような翼。その姿は悪魔そのものだった。
「かんなちゃん、見える?」
「これは幽鬼じゃない、悪魔なんだケド」
『……わかっても邪魔する気か』
麗子の指についていた青白い炎が消えると、指が付き怪我が綺麗に治っていた。
橋口に抱き抱えられていた麗子が、目を開ける。
「あなた、この呪いの真相を知っているわよね」
幽鬼はオーラを体に引き込むと、少し体が大きくなった。
『なんのことだ』
麗子は、顔だけを幽鬼に向けて言う。
「あなた、香木の売人のところにいた。あそこで何かを調べていたのよね」
『悪魔はなんでもお見通しだ。調べるまでもない』
麗子は笑った。
「この世界に降りた悪魔は、神の足枷があるから、なんでもお見通しというわけじゃない。そうでしょ。だからあそこまで行って調べなければならなかった」
「麗子、なんの話をしてんだケド」
「悪魔は、契約した夫人の願いが弱いことに気づいた。本当にシャイタンを手に入れてまで願う内容ではないから。だから、香木の売人に、本当は誰に売ったのか聞き出そうとしたんだわ」
『……』
シャイタンは答えない。
有栖は二つ持っていた銃をホルスターに戻して言った。
「もしかして、香木を買った人間って、この塔と関係がある?」
橋口の手を借りながら、麗子は立ち上がる。
「悪魔はその答えを知っている。だからアイーシャがここに来たんだわ」




