シャイタンで呼び出されるもの
麗子は黒い塊から出てきた円月刀の男が、橋口と有栖を追い詰めるのを見てブルジュ・ジャファルの方向へ走り出していた。
「本当これであってるの? かんな達がやられたらどうするのよ」
麗子の中にいるアバビルが答える。
『本体と戦えばコピーの質が下がる質が下がればあの娘達なら勝てる』
「けど、早く本体を見つけないと」
『泣き言をいうな!』
霊力が足の運びをアシストしていた。
下手をすれば、シュルークの運転するジープよりスピードが出ている。
「どこにいるのよ!」
『いた!』
麗子は自分の意思とは別の力が働いて、顔が右を向いた。
走っている方向も、自然と右へカーブしていく。
「座禅を組んでいる?」
『言ったろう、コピーを操っているんだ』
麗子は右拳を前に突き出してから、人差し指だけを前方に向け伸ばした。
『面白い術を使うな。なら、俺を撃ち出せ』
「そんなことしたら……」
『大丈夫だ。俺は一旦、お前から抜ける。とにかくやってみろ』
指先の霊光が、突然、強い光を放った。
体から『アバビル』が抜け出て、指先に現れたのだ。
霊力を指先に集中するため、走る速度が落ちていく。
速度に反比例して霊光はさらに輝く。
『近づきすぎると、気づかれるぞ、撃て!』
麗子は霊弾を放った。
翼が生えたような霊光が、真っ直ぐに座禅を組んだ幽鬼に伸びていく。
幽鬼に入っていく霊光のせいで、青い肌が光り輝いた。
撃たれて、初めて麗子の存在に気づいたように、幽鬼が睨み返す。
『邪魔はさせん!』
幽鬼の言葉は王国の言葉だったが、意味が直接伝わってきていた。
霊光が発散し、幽鬼の顔が苦痛に歪む。
『出て行け!』
上半身の肉体が、パンプアップと同時に光を吐き出した。
青い肌に戻ると、麗子の体に数十羽のツバメが戻ってきた。
「大丈夫? ツバメが少なくなってるよ」
『その分、幽鬼にもダメージを与えてる。お仲間は何とかなるだろう』
「幽鬼の体が大きくなってる。本当にダメージが与えられてるの?」
幽鬼は一回り、いや二回り体が大きくなっていた。
『円月刀を持ってるコピー側から、それだけの力を戻す必要があったということだ』
体が大きくなった上に、頭に二本角が出てきた。
『小娘、邪魔はさせんと言ったはずだ』
片手が消えたように見えると、再び元の位置に戻っている。
『何してる、伏せろ!』
麗子は自分の意志とは別に、地面に突っ伏した。
『香木の売人のところで、一瞬で棚をぶった斬った技を見たろう。お前にはあの刃が見えないのか?』
「ごめん見えない」
大体この幽鬼は何なのか。何者か分からなければ、弱点も……
『俺の力で、あの刃を見えるようにしてやる。あと、もしかして、お前誰と戦っているか知らないのか?』
「知らない」
『香木の名前を思い出してみろ』
目の前の青い肌の幽鬼。大きな体、角がある。
「シャイタン…… えっ? まさか」
ただの外国語の名詞だと思っていたが、今なら意味がわかる。
「シャイタン、音の響きから『サタン』ってこと? つまり『悪魔』なの!?」
『言うまでもないと思っていたが』
「か、勝てるわけないじゃん」
麗子は、足から震え始めた。
サタンは神に使えるものだ。堕天使ということは、元は天使なのだ。我々人間の力など、とても及ばない。
『おい、立て! 殺されるぞ』
アバビルが体を御して転がると、シャイタンの繰り出した刃を避けた。
「だって、無理だよ」
『シャイタンとはいえ、この世界に降りてきているのだ。この世界にいる限り、神の力で拘束されている。つまり全力は出せないんだ。この道を塞ぐことをやめさせるぐらいなら、できる』
「……」
立ち上がることは出来たが、全身の震えは止まらない。
アバビルが麗子の体を使って、シャイタンが繰り出す刃をかわした。
『しっかりしろ。お前が絶望して、お前が死ぬだけならいい。だが、仲間はどうする』
「!」
そうだ。この中に橋口と有栖がいる。二人を巻き込んでしまっているのだ。例え相手がサタンとはいえ、全力を尽くしてこの場から排除しなければ…… 二人を死なせることは絶対に出来ない。
『今のは効いている。直接的で、対抗する霊力の攻撃なら、シャイタンだってダメージを受けるってことだ』
霊弾が効くのは幸いだが、一度食らったものを二度当てるのは難しい。
よほど意外なタイミングで撃つか、避けきれない至近距離で撃つしかない。いつもそうだ、一撃で倒せないと一気に不利になる。
相手が弱ければ、霊弾の威力を下げて、当たるまで連発すればいい。
今回、相手は弱くない。威力を下げることは出来ないし、全力の霊弾を外せば、次の霊力を貯める間に相手は回復してしまうだろう。
シャイタンが言った。
『無駄だ。大人しく下がるんだ。下がれば殺さない』
裸の上半身にうっすらと翼が見えた。
翼まで戻れば、まさに悪魔になるだろう。
シャイタンは大きく左右に手を上げ、あの見えない刃を振り下ろす準備をした。
『振り下ろしを狙え。だが、一瞬だぞ』
アバビルの声に麗子も人差し指で狙いをつけ、霊弾を撃つ準備を始める。
指先に霊力が溜まっていく。
溜まった霊力が、力強く光を発している。
『あくまで戦うつもりか』
向こうも苦しいのだ。麗子は思った。そうでなければもう振り下ろしているだろう。
一瞬でも後で撃った方が勝つ。
お互いがそう思っているから、撃たずに待っているのだ。
シャイタンは我慢し切れずに腕を振り下ろした。
右、そして左。
『今だ!』
アバビルが右の刃、左の刃の間を示し、そこを撃てと伝えてくる。
麗子は迷わず撃った。
アバビルのおかげで見えるようになった刃が、左右から麗子に襲いかかった。




