塔への侵入1
前方に、水晶のクラスターのように同じ形のビルが三つ、くっ付いたように立っているビルが見えてきた。
シュルークが言う。
『あの三つのビルが繋がっている建物が、ブルジュ・ジャファルよ』
麗子が橋口と有栖に説明する。
ブルジュ・ジャファルは入り口が高くなっていて、駐車場も高い位置に広がっている。
下道からは、カーブを描いた|通路を上っていく必要がある。
「麗子、スロープのあそこ何だケド」
麗子はスロープを上り切ったところに、モヤのようなものが見えた。
モヤが球場に、道を包み込んで覆っている。
「何あれ?」
「強い霊力が溢れている、としか思えないんだケド」
有栖が言う。
「あのモヤ自体は結界ではないけど、あの辺り、強い霊がいるわね」
通訳しなかった為、シュルークにはその会話の内容は分からない。
運転することで必死だ。
『とにかく上り切る!』
シュルークに見えないものを通訳して、説明している時間はない。
『突っ込め!』
橋口は車が減速しないことに気づく。
「麗子、突っ込んでいくんだケド」
「私が突っ込めって言った」
有栖は何も言わず頭を下げて、衝撃に耐える格好をした。そして橋口の頭に手を回し、同じ格好をさせた。
衝突直前、麗子が叫ぶ。
『行けぇ!』
直後、車は壁にぶつかったような衝撃を受けて、止まった。
シュルークからすれば、何もなかったはずなのにぶつかった。その上、衝突直後はトンネルに入ってしまったように辺りが暗い。
不意にエアバッグに頭を突っ込んでしまった事、昼間だったはずなのに周囲が暗くなっている事、その二つでシュルークは恐怖している。
この場中心にいる強い霊が放つ霊力が壁のよう働きをして、突っ込んだ車を止めてしまったのだ。
シュルークの肩に手を触れると、麗子は言った。
『ありがとう、シュルーク。あなたは車の中で待ってて』
麗子が車を降りると、橋口、有栖も続けて降りた。
「例の幽鬼がいるってことだね」
「幽鬼だとして、何で私たちを妨害しようとするんだケド」
有栖が言った。
「それは、契約者が何か事を成そうとしているから、それを邪魔させないためなんじゃない?」
麗子は、アバヤとヒジャブ、ニカブを脱ぎ、車に放り込んだ。
「麗子がそうなら、私も本気出すんだケド」
橋口も、有栖も、アバヤやヒジャブを脱ぎ、自分本来の姿になった。
麗子と橋口は制服、有栖は『不思議の国のアリス』の格好ということだ。
三人は車の前に出て、それぞれの服を改めて確認する。
有栖は麗子の制服を見て言う。
「それがこの王国で仕立ててもらった制服なの?」
「めちゃくちゃ金かけて貰ったらしいんだケド」
橋口はニヤッとしながら有栖をみる。
「普通よね」
「素材と縫製が良いのよ。着心地が違うんだから」
「そんなことはいいから、さあ、いくんだケド」
橋口は鞭を手にした。
麗子は橋口に続いた。
「あの球状のモヤの中にしちゃ、広いね」
有栖が言う。
「常識で考えちゃダメよ。私たちが小さくなっているのかもしれない。とにかく、敵を倒して元に戻す」
麗子は振り返らずに、ただ頷いた。
「!」
橋口が見上げた。麗子も気がついた。
「何か落ちてくる」
黒い影が七、八個、落ちてくるのが見える。黒い空から落ちてくる黒い影を避ける為、麗子達は逃げ惑う。
「先端が尖ってるんだケド」
直前で避けた橋口の傍に、その黒い塊が突き刺さった。
「うわっ!」
一つ、また一つ刺さっていく。
もう降ってこない、と判断して有栖が言う。
「麗子ちゃん、かんなちゃん、無事?」
「大丈夫なんだケド」
麗子達が警戒しながら黒い塊を見ていると、変化が現れた。
「なんか音が鳴ってる」
路面に突き刺さった黒い塊から音が発生し、互いに共振を始めた。
有栖が注意する。
「物体と物体の間に入らないようにしないと」
「何で?」
「わからない。直感よ。とにかく警戒して」
なっている音が、速く、高くなっていく。
「こっちの一個、割れたんだケド」
橋口の近くにあった黒い塊が割れた。
ターバンを巻いた、男が現れる。その肌は青かった。以前出会った幽鬼と同じだ。
「こいつ、円月刀持ってんだケド」
「それに幽鬼と同じ肌の色よ」
有栖も、その判断に賛同した。
「霊気バリバリの霊体。あの幽鬼と同じよ」
次々と黒い塊が割れる。割れると、中から男が現れる。
ターバンを巻いていて、肌は青く、円月刀を持っている。
「あっ、この黒い塊から、同じやつが出てくる」
「この円月刀男、動き出したんだケド」
炸裂音が鳴った。
有栖が、銃を抜いたのだ。
円月刀を持った男が胸を撃ち抜かれ倒れると、その先にいる橋口の驚いた顔が見えた。
「落ち着いて。一人ずつ倒せばいい」
倒れた男は、円月刀を杖のように使って立ち上がる。
「倒せてないんだケド」
立ち上がった男が、橋口を切りつけてきた。
「なめんな…… 何だケド」
橋口は円月刀の男から逃げて距離を取ると、鞭を一閃した。
鞭は円月刀を持っている腕を捉えた。
橋口が鞭を操ると、腕が分断される。円月刀が路面に落ちて音を立てた。
一緒に落ちた腕と円月刀がフワフワと宙を漂って、腕がつながってしまう。
「腕、つながっちゃったんだケド」
黒い塊が落下してきた時に、三人はバラバラに避けていた。
別の円月刀の男に追い込まれ、有栖も逃げてきて、橋口と肩を並べた。
円月刀を持った男が、集まってきて二人を囲みつつあった。
「かんなちゃん、こいつら銀の銃弾も効かない。ヤバいわね」
「……麗子! 麗子はどこなんだケド」
橋口と有栖は麗子を見失っていた。




