口論
第三夫人を乗せたジェット機が軍の空港に着陸すると、停止した飛行機の周りにちょっとした人だかりが出来た。
その中には軍の要人であるスワイリフと、皇太子の弟ジャファルの姿もあった。
『スワイリフ様も来ているのか』
警備の男はジャファルの顔を見て怯え上がった。
『まさか、今回のことを……』
言葉もわからず、何も説明されない麗子達には何のことか分からない。
タラップが用意されると、空港側から医療班が入ってきた。
医療班の連中は横になっている機長の体を調べ始めた。
今度はタラップを侍女が先導し、第三夫人が降りる。
第三夫人が待っていた高級車に乗り込むと、すぐに車は出ていった。
警備の男は麗子達に降りるように促した。
飛行機から降りて行くと、最初にこの国に着いた時と同じように強いオーラを纏ったジャファルの、その鋭い視線を感じていた。
まるでここに来たのが不味いような、そんな感じさえ覚える。
麗子が下まで降りると、ジャファルの視線はジェット機の方に向けられた。
そっとその視線を追うとそこには警備の男がいた。
警備の男はジャファルの視線を感じて完全に怖気付いている。
ジェット機の下に、侍女のシュルークが運転するジープがやってきた。
『さあ、御三方乗ってください』
シュルークが何を言っているか分からず、通訳して欲しいと言う気持ちで、麗子は警備の男を振り返った。
タラップを降りてきた警備の男に、ジャファルが強い口調で言った。
『なぜ強引に帰国した。危険と判断したら帰国を遅らせろと言ったはずだ』
その言葉を聞いて、シュルークも麗子達の荷物を積み込む手を止め、ジャファルの方を見つめた。
警備の男は視線を逸らし、小さい声で答える。
『しかし、時間的には紛争が激化していないはずでした』
『激化する前なら帰れるが、帰れなければ、大事をとって帰国を遅らせろと言ったはずだ。皇太子の第三夫人に何かあったらどうするつもりだったのだ』
警備の男は唇を震わせながら返す。
『第三夫人の意志でもあり、私に拒絶することは出来ませんでした』
『キサマ、口答えする気か』
ジャファルが警備の男に詰め寄ろうとすると、スワイリフがジャファルの手を掴んで引き止める。
『ジャファル様、おやめください』
『こいつは命令違反をしたんだぞ。甘やかすから、紛争がいつまで経っても治らないんだ』
スワイリフも痛いところを突かれ、萎縮した。
ジャファルは言葉を続ける。
『だいたい、お前の選んだキャプテンは何だ。肝心なところで操縦できない。素人の女に救われるとは、なんてざまだ』
『すみません』
スワイリフは頭を下げた。
シュルークは荷物を積み込むと、もう一度言った。
『さあ、そこの御三方、ジープに乗ってください』
麗子は警備の男に言う。
「なんて言ってるんですか?」
「ああ、すまない。君たち三人は、先にその車に乗って皇太子の家に戻ってくれ」
「わかりました」
麗子、橋口、そして有栖が車に乗り込むとシュルークが車を出発させた。
飛行機から離れると、橋口が口を開いた。
「なんか口論してたんだケド」
「何だろうね」
有栖は飛行機の方を振り返ってから言う。
「飛行機が危ない目にあったから、怒ってるんじゃないかしら」
「確かに第三夫人が乗っている機が撃ち落とされたら大変なことになるわよね」
橋口は不敵に笑った。
「あのジャファルという男の顔からして、逆に『撃ち落とされれば全面戦争に持ち込めたのに』とか考えてるかもしれないんだケド」
「えっ、それでワザワザギリギリに飛ばさせたのかしら」
麗子は自分で言ってゾッとしていた。
「それより、麗子ちゃんがジェット機操縦出来るなんて知らなかったわ」
「いや、あれは『アバビル』という霊鳥が私に憑いてくれたおかげです」
「何だ、エースコンバットとかやり込んでるのかと思った」
有栖はコントローラを持ったように構えて、体をユラユラと動かしながらそう言った。
橋口が言う。
「アラビア語も喋れてたんだケド」
「ああ、それね。『アバビル』はこの王国の霊鳥見たいね。あの警備の男の人が感激してた」
麗子は警備の男を真似て、祈りを捧げる仕草をしてみせる。
「それがずっと麗子ちゃんの中にいれば通訳要らずじゃない」
「そんなの出来過ぎなんだケド」
「確かに出来過ぎだけど、もしかしたらそうなるのかも」
麗子はキツネが曼荼羅を埋めるように自らの体に取り込まれたことを思い出した。
何となく同じような予感がするのだ。
「まあ、それはそれで。さっきの口論の話に戻るけど、ほら、そこに聞いていた人がいるんだから、後で何を言っていたか聞いてみてよ。今回の捜査にも重要だと思うんだ」
有栖はそう言ってシュルークのことを示した。
「そうですね。確かめてみます」
ジープは、砂煙を上げながら荒野を走った。
皇太子の家につくと麗子達は同じ部屋に向かった。
有栖も同じ部屋に寝泊まりするようだ。
麗子は部屋に荷物を置くと、そのまま地下の警備室に行ってアイーシャの姿をしたロボットを探した。
警備室の男達は警備室をチョロチョロと動く麗子のことを鬱陶しそうに見ている。
柱の角にいたロボットに声をかけた。
「いたいた。アーヤ。ただいま」
『レイコ、お帰りなさい』
返事をする様子を見る限り、ロボットの動きではなく、式神が憑いたまま状態だと分かった。
「良かった。一緒に部屋に戻りましょう」
『イングリテラーはどうでしたか』
「寒かったよ。ここじゃ見せられないけど、いっぱい着込んじゃった」
アーヤは少し反応が遅くなった。
『私にも温度センサーがありますが、私は特定の温度以下になると動かなくなってしまいます』
「そうか。それなら連れていかなくて、ちょうどよかった」
二人が部屋に着くとちょうどシュルークと出会った。
「シュルーク、ちょっと時間いいかな。聞きたいことがあるの」
アーヤが通訳を行う。
『ええ良いですよ』
「スワイリフとジャファルは何を話していたの」
『第三夫人の安全を考えての飛行だったのかと揉めてたわね』
その時、沢山のツバメが飛び立つ音が聞こえた。
「!」
『どうかしましたか?』
「聞こえなかった?」
『いいえ』
橋口や有栖の方を向いても皆首を横に振った。
「何でもない」
麗子は少し躊躇ってから、言った。
「ジャファルはなんて言ってたの?」
アーヤが通訳する。
『危険な飛行は止めるべきだったと』
「じゃあ、スワイリフは?」
『無事だったから良いだろうと』
「警備の人は何故睨まれていたのかしら」
『危険な飛行になったからね』
ツバメが麗子の顔に向かって飛んでくる。
避けようもなく、ぶつかってしまった。
ぶつかってから、しゃがみ込む麗子。
『どうしたの? 突然しゃがみ込んで』
「麗子、何があったんだケド」
有栖が麗子の背中に手を当てる。
「麗子ちゃん、突然しゃがみ込んだわ」
麗子は目を閉じている
『医者を連れてきましょう』
麗子は目を伏せたまま言った。
「休めば大丈夫ですから。シュルーク、ありがとうちょっと休ませて」
橋口と有栖は麗子を移動させクッションを枕にして寝かせた。
『大丈夫かしら…… カンナ、何かあったらすぐ呼んでください』
シュルークはそう言うと部屋から出ていった。