侍女達の噂
アイーシャの怒りが治らないのか、麗子の夕食は、夫人達とは別々になった。
食事を終えて、部屋でゆったり過ごしていると一人の侍女がやってきた。
充電が終わったアーヤが交渉してきてくれたお陰で、一人の侍女がついてくれることになったのだ。
アバヤを脱ぎ、ヒジャブなども外して顔を出した。肌は褐色で、目鼻立ちがハッキリしていて、整っている。やはりこの国の女性は、皆、美人だ。
『私はシュルークと申します』
ロボットが通訳する。
「私は『シュルーク』と言います」
侍女は声を出すロボットを見て、びっくりする。それはそうだろう。声や姿形は、アイーシャそのものと言ってもいいのだから。
『アイーシャ様?』
「これは廊下を歩いていたロボットのアーヤよ。通訳ロボットとして使っていいと言われたから」
本当はそんなことは言われていない。式神を憑けて、勝手に使っているのだ。
それをアーヤが通訳する。シュルークは思い出したように手を合わせる。
『確かに、皇太子が作らせたロボットがいました。ただ、もっと作り物っぽかったと思ったんですが』
「けどこれがロボットだって言うのは内緒。誰にも言わないでね」
『はい』
麗子はさっそくシュルークに確認したいことがあり、言った。
「シュルークは車運転できる? 後、私たち、車借りれるかしら?」
アーヤが通訳すると、シュルークは目を輝かせた。
『免許、発行されたばかりなんです! 車を借りれる許可さえ出れば、ばっちり運転できますから。運転の仕事が全然なくて、少しがっかりしていたところなんです。嬉しい!』
「車の許可はどうやってとればいい?」
『私が執事さんに許可を取ります。だから行きたいところがあるなら、私に言ってください。今日一台パンクしちゃったですけど、車もいろいろあるので。確か、古いジープは運転したことあります』
麗子は話を聞くと思い出したように言った。
「そうだ。その今日パンクした車だけど、パンクの原因って聞いた?」
『……それなんですけど。ちらっと話しているの聞いちゃったんです』
シュルークは何か神妙な面持ちになった。
『パンクの原因、銃でタイヤを撃ち抜かれたらしいです』
「嘘っ!?」
『車に乗っていたアイーシャ様を狙ったものと見て、執事から国の警察に警戒するよう指示が行ったみたいですけど』
アイーシャを狙った? 普通に考えれば確かにアイーシャの方が重要人物だ。だが、皇太子の呪いを解かれては困る人物が、私達も含めて狙ったっていうことはないのだろうか。私たちは不正に入国してる状態であり、何をされても何も言えないし、どこにも訴えられないのだから、アイーシャが乗っている状況で殺らなくても良い訳だが……
「シュルークは皇太子の呪いのこと知ってる?」
『知っていますよ。誰が皇太子を恨むのか、って話ですよね。普通に考えると弟のジャファル様ですけど、ジャファル様が呪うなら、とっとと殺してると思うんですよね』
殺すとは穏やかではない。ということは、弟は相当恨んでいるということになるが、直接話を聞いた時はそんな印象はまるでなかった。
「どういうこと? 宗教上、妬んだり恨んだりを禁じているのでは」
『そうは言っても、多少はありますし、我慢できないこともあります』
この侍女がきたのは捜査にはプラスになる。やはり表面上の言葉ばかり聞いていては、真相にたどり着けない。
『まあ、そういう意味では今の呪いはジャファル様のものではないんです。別の目的があるんだと思いますよ』
「別の目的って言ったって……」
『あの施設の中に皇太子が足止めされていることで、得をする人物がいるってことじゃないですか』
お風呂から一歩も出れない状態になっていると、得をする人物。
お風呂の清掃員か? お風呂の設備の管理会社か? いや、そんな一つの施設を使い続けたからって、どれだけ得をするというのだ。皇太子が生きているのに、どこにも動けないことで得をする人物。難しすぎる。
「あの軍の施設に行けるかな?」
『車の手配ですね? わかりました。早速車の手配を』
シュルークは部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待って、男ばっかりだから、そんなに簡単に入れないでしょ?」
『大丈夫ですよ。明日は第二夫人の訪問の日ですから、施設に男はいません』
「じゃあ、今日は第一夫人の訪問の日だったのかしら?」
シュルークは首をかしげる。
『そうだったかもしれません』
「けど、施設には男の人がいたんだケド」
『……』
やはり橋口の言葉は、アーヤが通訳できなかった。麗子が言い直す。
『ああ、それはスワイリフ様ではないでしょうか。軍の要人であり、王族で、ハリーファ様とも仲が良いので、夫人達の訪問の際は必ずいる事になっています』
「ああ、あの人物だ」
シュルークはヒジャブをつけ、アバヤを羽織った。
『では、明日』
「おやすみなさい」
「おやすみなんだケド」
『……』
シュルークが出ていくと、橋口はアーヤを軽く蹴った。
『なんで蹴るのですか?』
「なんとなく差別されているようでムカつくんだケド」
『……』
反応しないアーヤを見て、橋口は鞭を取り出そうとする。
「やめなさいよ!」
麗子が慌てて止めに入った。
「ロボットにあたってもしょうがないよ。そういうことは忘れて、寝よう、ね?」
「……」
扉を叩く音がした。
開けると、シュルークが立っていた。
「どうしたの?」
シュルークは左右を見渡してから言った。
『ちょっと中に入れてください』
「どうぞ」
シュルークは部屋の天井を見ながら、部屋の隅で、壁に向かった。
「なんでこんな場所で、壁を向いて話すの?」
『各部屋は、監視と盗聴されているので注意しないと』
「えっ!?」
さっき、ジャファルなら『呪い殺しかねない』みたいな発言をしていたが、あれは大丈夫なのだろうか。と麗子は思ったが、盗聴されているなら余計なことは言わないほうが良い、と思って言葉を飲み込んだ。
『ちょっと思い出したことがあるんです』
「なんですか?」
『スワイリフ様の話です。スワイリフ様はハリーファ様を恨んでいるかもしれません』
「どうしてなんだケド」
『……』
「どうしてですか?」
「アーヤ、またやりやがって、ホントムカつくんだケド」
ムッとした顔でアーヤを睨む橋口。
『スワイリフ様は恋愛結婚がしたかったようなんです』
「へっ? この国じゃそんな自由恋愛なんてほとんどないって聞いたけど」
『全部が全部、全員が全員ではないのです。一部には、他国のようにそうしたいと願う人もいるんです』
「ちょっと、アーヤ。なんで麗子が『ケド』って発言した分は通訳するんだケド」
また橋口がアーヤを軽く蹴るのを見て、麗子は苦笑いする。
「かんな、やめなよ」
橋口を羽交締めにして、ちょっとロボットと距離を取った。
『そして、スワイリフ様の恋愛対象の女性が、ハリーファ様の夫人だという噂があるんです』
「えっ? それマジですか?」
ジャファル、ファルハーナ、ときて、ここでスワイリフという人物が出てきた。やっぱり何もないのに風呂に閉じ込められるようなことはないのだ。やはり誰かに何か恨みを買っているはずだ。
『噂です…… が、あながち嘘ということでもなさそうなんです』
「それって皆知っているの?」
『そこまでは分かりません』
「シュルークはこのこと誰から聞いた? 誰かに言った?」
『侍女内での噂話です。誰が言い始めたとかは分かりません。私としては、侍女以外に言うのは初めてです』
恋愛の恨みなら、それこそハリーファを殺し、夫人を未亡人にしてしまえば好きに恋愛できるのではないだろうか。そういう意味では、スワイリフの動機も薄い。あの施設の中に閉じ込めるというなんとも半端な『呪い』は王位継承権や、恋愛などとは別の、他の目的、他の狙いがあるように思える。
「ありがとう。これ以上他の人には言わない方がいいよ」
『そうします』