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友達

作者: うっかりメイ

 茜色に染まった空は冷えゆく土を柔らかく温める。グラウンド周辺の芝生の上に寝転ぶ彼は気持ちよさそうに風に当たっている。しかしこれは陽が落ちる二時間ほどの一瞬だ。イヤホンをつけているといつの間にか過ぎてしまう。人生のほんの僅かな瞬間。グラウンドでは砂埃を立ててユニフォームの集団が掛け声を上げる。彼らはひとりではなく仲間といることを選択したのだろうか?

「リュウくん?」

 鈴を転がす、というのは陳腐だろうか。可愛らしい声が聞こえた。声の主は仰向けに寝ている男の視界に映り込む。彼からは逆さに見える顔、垂れ下がり揺れる短めの髪が見えていることだろう。

「雰囲気が明るくなりましたね、常磐さん」

 彼の口調は彼女のそれとは対照的に丁寧だ。

「ありがと。でもこんなところで寝てると風邪引くよ?」

「バカは風邪を引きませんよ」

 彼女の心配もどこ吹く風で彼は起き上がろうとしない。

「思ってもないこと言わないの」

「僕は風邪を引かないバカでありたかった」

「そんなことどうでも良くて、ミオち見なかった?」

 彼女の強引な話の振り方はいただけなかったらしい。彼は左側に寝返りを打ち「坂田さんは先に帰ったのでは」とだけ言った。

「けど、教室にカバン置きっぱなしだよ」

「それなら帰っていないんでしょうな」

 のんびりと答える彼に苛立ったらしい彼女は「もうっ」と頬を膨らます。立ち去ろうとした彼女を彼は引き留める。

「まあ待ちなさい」

 彼はどこからか引っ張り出した長い外套をブレザーの上からかぶる。チェック柄のスラックスと意外なほどマッチしている。

「ひとりで探しなさいとは言ってない。今日はあまりにいい夕焼けだから見とれていただけさ」

「相変わらず遠回しな言い方ね。要するにやる気がなかったんでしょ」

「台詞の途中で遮らないでくれるかな。失せ物、迷い猫、探し人。捜し物はこの灰羽竜太郎におまかせを。今日はどのようなご要件かな」

「さっきも言ったけど、ミオちがいないの。一緒に帰る約束してたのに」

 彼は漸く腰を上げた。

「最後にあったのはどこかな? ついでに時刻も聞きたい」


 教室への移動中、灰羽は常磐から午後のホームルームからの行動を聞く。ホームルームが終わったのは五時前。ミオ氏は日直当番であったため、黒板の文字を消すという最後の仕事が残っていた。常磐はその間、トイレで用を足し廊下ですれ違った友達と少し話をした。僅か10分ほど教室を離れて戻ってくるとそこにミオ氏はいなかった。教室に残っていたのは彼女の鞄だけ。

 学校指定の手提げ鞄は彼女の机の上に放置されている。灰羽はその場にいない本人に断りを入れて遺留物の観察を始める。持ち手、外側のポケット。自然な流れでチャックを開けて中を覗き込む。

「リュウくん!?」

 彼は彼女の驚きを気にすることなくじっくりと検分する。

「ちょ、ちょっと。変態っぽいよ」

「変態とは失礼だな。彼女の足取りを掴むにはこれを調べることが先決だ」

「けど中身をそんなに見るのは気持ち悪いよ」

 彼はため息をつきながらチャックを閉める。

「もし殴られるなり罵倒されるなら結構。彼女が無事見つかったというわけだからね」

「う……」

 言葉に詰まる彼女をおいて彼は黒板に図を書き始めた。時系列に沿って常磐の行動、彼の行動、そしてミオ氏の行動を書く。新しい情報として、灰羽はホームルームが終わり次第、先程の場所に移動している。流石である。

「坂田さんは当番の仕事をして帰ったものだと思われる」

「まあミオちはそんな子じゃないからね」

「それもだが、鞄にチョークの粉がかかっている。それなりについていることから仕事を全うしたのだろう」

 掃除をしたあとの黒板消しはそのまま。クリーナーで吸い取られなかったチョークの粉は黒板のレールの上に薄っすらと積もっている。白い白線が走り、ミオ氏の行動の半分ほどが「掃除」で占められる。

「さて、この後が問題だ。彼女はどこに向かったのか」

 彼の手がスラスラ動き、行き先の候補が挙げられていく。職員室、食堂、図書館、トイレ。

「他に候補はありそうかな?」

「a組の友達に会いに行ったのかも」

 行き先にa、b教室が加わる。

「鞄に財布とスマホがなかったからおそらく食堂か図書館に行った可能性が高そうだ」

 行き先に見当をつけ、ふたりは行動を始める。幸いにもa組の教室には三人残っていた。常磐が灰羽の腕を離し、そのうちの一人に声をかける。

「ヤッホー、サーヤ」

「アカリちゃんヤッホ。デート中?」

 彼女のテンションにつられてか、奇妙な挨拶を交わす二人。その間灰羽は教室の入り口でメモ帳に何か書いている。

「リュウくんも一緒に聞けばよかったのに」

「聞き込みは助手の仕事です。邪魔するわけにはいかないでしょう」

「ふーん」

 目を細め、彼の顔を覗き込む常磐。それに構わず彼は平然と彼女に報告を聞く。午後5時頃、ミオ氏は確かにa組の教室前の廊下を通っていた。

 彼らはその情報を元に階下の図書館、食堂を巡回する。その都度、聞き込みをする。これは専ら常磐がやっていたが。しかしどこに行ってもミオ氏の姿は見えない。図書館では借りていた一冊の本を返していた痕跡があり、食堂で屯していた帰宅部の男子たちは彼女がドクペを買っていったと証言した。その時刻は常磐が彼に声をかけていたタイミングとほぼ一致する。だが彼女がその後どこに行ったのか? それを判断するには情報がないようだった。

「一度教室に帰ってみますか。今度は逆ルートで。もしかしたらしたら教室に坂田さんが帰ってきているかもしれません」


 時刻は午後六時前。秋の夜長に入りつつある薄紫の空を背景に、グラウンドの横を通る。反対側から聞き込みを始めた彼はそこでも探し人の幻影を見ることになった。彼女は同じ時間に食堂とは全く違う場所で目撃されたのだ。そこは校舎を挟んでグラウンドの反対側。テニスコートとバスケットコートのあるエリアだった。緩やかな斜面を段状に整地して作られており、校舎側を見下ろしやすい。そしてテニス部のひとりがその後ろ姿を見かけたと証言した。


「では情報をまとめよう」

 じっくりと悩んだ結果、彼は立ち上がる。テニスコート周辺を三十分ほど聞き込み、ふたりはある場所にいた。グラウンドとテニスコートの間、食堂とは反対側の目撃情報があった校舎裏。日が落ちつつあるそこは電灯に照らされて薄暗い。今は使われていない焼却炉とロッカーが並ぶそこが終着点らしい。

「結論から言いましょう。坂田さんは二人いた」

 しばらく間が空き、常磐が声を上げる。

「あの、どういうことかなリュウくん」

「その理由を説明していきます。もちろん、彼女が分身したと言いたいわけではありません」

 彼の推論はおおよそ以下の通り。まずは教室からa、b組の教室へ向かったミオ氏についてだ。

「おそらく彼女は証言の通り、図書館で本を返し、食堂の自動販売機で飲み物を買いました。その後、グラウンドの端を通り、校舎裏に到達。そこで見つけたこのヘアゴム。彼女がいつもつけてるものです。木に引っかかっていました。急いでいたので気づかなかったのでしょう」

 そして反対側で目撃されたミオ氏。

「もう一方の彼女は日誌を職員室に届け、その後ここに来た。時間に余裕があったのかそこのベンチで座ってスマホをいじっていたのでしょう。その部分だけホコリが払われています」

 つまり、彼は常磐灯に向き直り、宣言した。

「君は坂田ミオさん。そうだね?」

「その根拠は?」

「きっかけになったのは君の匂いです。マスク越しでわかりにくいけどあれはドクペですね。彼女、常磐灯は嫌いなはず」

 他にも図書館、食堂を通った彼女がはっきりと顔を目撃されていること。そして髪の毛の長さが少し短いこと。変装した坂田ミオ─つまるところ私は自分の髪の毛をつまんでみる。細かいところまで見られているものだ。

「いやはや素晴らしいッス」

 その一言に尽きる。私はカチューシャを外し、メガネをかける。彼はゴムを渡し、微笑む。

「本当はもっと信頼できる証拠が欲しかったのですが。何とか正解のようですね」

 彼が近くのロッカーを開けると中から本物の彼女が飛び出す。

「お誕生日おめでとうリュウくん!」

「今年は手加減してくれたのですか?」

「簡単だった、ってこと?」

 苦笑いの彼の肩越しに彼女がこちらに気づき、笑う。

「ミオちも付き合ってくれてありがとね!」

 あの屈託のない笑顔が人を惹きつけるのだろうか。ふと彼女と目が合った。その目の奥で何か仄暗い感情が動いた気がした。

「うんうん。暇だったからちょうどよかったですぞ」

 来年も、とは言えなかった。同じ空間で彼の誕生日を共有することはもうないだろうから。ふとグラウンドを見ると、死にかけの夕陽はその姿を横たえていた。

 最後の季節が夜と共に訪れるのだろうか。電灯が弱々しく闇に抵抗する中、手に残ったヘアゴムは微かな温もりを放っていた。

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