想い
「はーーーーーー」
車を止め、外でリプタスが長い息を吐いた。
今は道の駅。座りすぎにつかれて運転手に対して、飲食やマッサージのサービスを提供する場所だ。とはいってもゆっくりもしてられない。車からあるいは刀から離れるわけにもいかない。
第一本業はただの軍人だ。運転手ではない。たとえそうだとしても運転はほとんど自動。
運転手なぞただ座っているだけの仕事だ。それすらも半分以上が廃止されている。
自動車講習所では習うがそれも一度か二度、実地での手動運転など一週間前まで考えたことなどなかった。
自動か手動かそれは最後まで悩んだ。自動の場合コンピューターが乗っ取られるかもしれない。そんなこと考えもしなかったというのに。
『頼みたいことがある』
古くからの友人でありライバルである男に頼みと言われては断るという選択肢はない。
『もともとは俺の方に来たんだけど・・・ああ、とはいっても相手も俺がこの仕事を受けるとは考えていない。知っている剣士が俺だけでそのつながり目当てだろう。相手はいかにも数ある知り合いから君を選んだ。みたいな口ぶりだったがそれはない。よくある交渉術』
友人は少々面倒な位置にいる。
元貴族。弱小とはいえ貴族の嫡男であった。だが護身術として教わった剣。とりわけ刀に魅せられ、すべてを捨ててその道に生きると決めた。
表向きは弟との争いを避けるために家を飛び出した。そこで軍人や傭兵として名を挙げた。
だが元貴族。それも遠くには七貴族の血も入るとあってそのたぐいのつながりが多い。
だができることが増えるということはできないことも増えていった。
『三貴族がらみ。イルミナル家に仕えたお前も何のしがらみもないというわけじゃないんだが。俺よりははるかにまし。というよりただの金持ち同士の武器のやり取りだ。国が文句を言えるわけでもない。騒いでくるやつはいるかもしれないが。誰が言ったか。愛国なんて言ったやつから負ける』
最強と言われた剣士の話だ。その人の言葉まで持ち出してくるとはそれほどまでに本気ということだ。
だから聞いてみた。そこに何があるのかを。
今も昔も金では動かない男だ。あるとすれば人の想い。あるいは義理と人情。
そんな腹すら膨れないものを己の糧としてきた。
『・・・ブルラメール家当主の芸術への想い。それを深く知ってしまったからな。ただの欲ボケじゃない。あれは確かに剣。特にこいつと知り合ったときの俺と同じだった。そういう色の瞳をしていた。あの人も芸術に魅せられている。命さえ含めた己のすべてをかけるほどに美を愛している』
そういわれて思い出す。自分が蛇腑と出会ったことを。
あれは運命と呼ぶことさえおこがましい。数多の偶然、つまりは幸運と不運。そして衝撃。あの日、普段と同じ行動をしていたらこいつとは出会えなかった。あの日、普段とは別の行動をしていたらこいつとは出会えなかった。
ひかれあってしまった。こちらには心があり口があり言葉がある。逆にこの刀には心があっても口も言葉もない。だからこの刀の気持ちなど完全にはわからない。驕りかもしれない、だがそれでもこの刀も自分を愛している。自分に合うことを心待ちにしてくれている。そう思えるような出会いだった。
運命なんて陳腐な言葉を信じれれるかのように。
『車は向こうから用意してくれた。オーダーメイド品。見た目は市販の塗装変わりないがとにかく頑丈に作られている。確認したが、こいつでも傷が少しついただけだ。おそらくあの車を一撃で切れるのはあれだけだろう。ただ問題は誰か何を企んでいるかわからないことだ。青は完全に味方だが赤は完全に敵だ。それに緑もわからない。車も内部はわからないらしい』
「はーーーーー」
もう一度息を吐く。本当に大変なのはこれからだ。今まではまだ都会。人の目がある。だがこれからはそうもいかない。
「・・・十五分か」
リプタスが時刻の確認を思うと普段不可視の状態であるMISIAが時を表示する。
休憩し始めて十五分。もうそろそろ出発すべきか。
チラリと高校生たちを見る。三人とも休みながらも警戒を怠っていない。
「大丈夫そうだ」
正解などわからない。戦争でもそうだ。
とりあえず銃弾を人が居そうな場所に撃つ敵もいる。人が居ると確認できなければ撃たない敵もいる。
前者の場合よっぽど幸運でない限り弾切れで死んでいる。だがたとえその敵が死んでもその敵に殺された味方が生き返るわけではない。
緑に囲まれて息を殺すことが正解の時もある、不利に目をつぶり攻勢に出るのが正解の時もある。
黒か赤かあるいは零か、毎回ぴたりと当てられる人などいない。常勝などありえない、傷を負った場合、その傷を深くしないために逃げるかさらに戦うか。
そのルーレットは傾いている。毎回同じ確率ではない。そもそもそのルーレットは見えないのだ。もしかしたら数字ではなくアルファベットが書かれているのかもしれない。あるいはたとえ数字だとしても五ケタの数字が書かれているのかもしれない。
信じようが信じまいがそれですべてが決まる、
「間違っていない。・・・はずだ」
言い聞かせるように信じるようにつぶやいた。