水
ぎりぎりだった。いや本当の殺し合いなら先ほどの一撃が当たったところで耐えられていたかもしれない。
そうなれば確実にカインの負けとなる。
だが今回は違う。
何よりリプタスがカインの勝利を認めた。
ならばそれでいい。そもそもリプタスの目的は勝つことではない。殺しあうつもりはない。専門家でなくても治せる程度の傷で済ますつもりだ。本番はこれから。
刀の運搬にあるのだから。
まだ試験。そもそも簡単に空が飛べるなど確保すべき人材だ。
あまり長々と時間を取られたくはない。
重要な仕事だからこそ急ぐ。
「あと一人か」
リプタスが最後の一人パンジーを見る。
横で見る限りでは飄々としている。油断ではなく余裕ではなく心配ではなく。
二人とも強かった。
強さとすれば三番目とは一番弱いのだろう。
だが刀剣清廉と打ち合える刀を持つ一人目。翼をもち飛べる二人目。そして最後。
「さあどんな飛び道具を持ってくるか。それとももしかすると同じか・・・」
「ふぅーーーー」
汗を拭きながらカインが二人の元へと戻ってくる。赤の属性魔法使いとしてはある程度慣れるものだがまだ十五歳のカインにはそこまでの調整はできなかった。
「お疲れさん。とはいってもおそらく耐えられていただろうがな」
「だろうな。正直当たるかどうかからして運だったからな。おそらく全力同士なら一分も持たないだろ。で、パンジーは何か見えたのか」
「・・・二人ともかなり驚きでいったからね、私は王道で攻めようかな」
「補助付きのって感じだな。おそらく普通じゃ勝てない。おそらくカインより苦戦すると思うが」
「そうだな。そもそも戦闘科のオレと違って。パンジーは勉学科だろう。いや、荒事の経験があるのは知っているが・・・」
「ええ、これでも戦闘経験なら・・・雄我はともかくカインよりは上。それだけは言える」
「それはまた・・・」
「策はあるのか」
「あると言えばある。ないと言えばない。といったところかしら」
「なんじゃそりゃ」
「まあ何か考えがあるんだろう。奥の手でも?」
「備えてはいる。とはいっても使うかどうかは置いておいて」
そういってパンジーは歩き出した。
「雄我」
「策か。あそこまで言うんだ。なんかあるんだろう。剣や槍って感じはしない。そういや適正は」
「・・・さあ。相手の考えをある程度読めるとか言っていたかな」
「それはまずいな。かなり不利だ。魔法ならともかく身体能力で攻めてくる。リプタスさんには相性が悪い」
「なら、まずいんじゃ。いくら経験を積んでいるといっても戦闘力はオレより下だろう」
「・・・相手が全力で動かれたら俺もお前もパンジーもそうは変わらない。くらいつけはするだろうがな。それに蛇腹剣が合わさると・・・」
「あのしなる攻撃だよな。手加減かどうかは知らないが、そこまで調整はできないようには見えた。そうなればさらに不利に・・・それに不思議に思っていたんだが勉学科のパンジーがどうしてそこまで経験を積んでいるんだ。二日前の襲撃の時もおとなしくしていたとか聞いた。それにあまりクラスメイトと仲良くしているところを見たことない。いつも一歩引いているような」
「・・・・・・さぁな。それこそ他人にはどうしようもない。人に歴史がある。例え十五の少女だとしてもね。他人が軽はずみに干渉していいもんでもない。わかるのは気配からしてただものでないというだけだ。何を背負っていても本人が打ち明けるまで」
「準備はできたのかい」
「ええ」
その顔は達観していた。
「じゃあ、始めようかね」
カシャリと蛇腑を構える。
対するパンジーはなにも構えない。というよりこういう時の武器を持っていない。
少なくともすぐには出さない。
魔力。
この世で最も多い戦闘スタイル。
「魔法オンリーか。それはたしかに」
リプタスが厄介そうな顔をする。手加減のために自分の魔法を封じている。つまり相手の魔法を自分の経験と身体能力そして武器で応戦しなければならない。
それはかなりのハンデ。
「それじゃあ遠慮なく。さすがに本気でいきます」
その戦い方は雄我やカイン、リプタスとまるで違う。
遠距離を最も得意な距離とする。
パンジーはおもむろに右手を開き詠唱する。
「水色の水」
手のひらから何の捻りもないただの水が発射される。
いや、発射と呼んでいいのかさえもわからない。通常の家にあるシャワーでいえば弱ぐらいの水圧と量。
ここまでくるとリプタスも予想していない。
形を持たない水は刀では斬りづらいがここまでとなると別種。
そもそも避ける必要があるのかもわからない。
とはいえ相手の適正は何もわかってはいない。見ただけでは適正などわからない。水の中に毒が入っているのかもしれない。水だと思ったものが鋭利な刃物かもしれない。湯気も出ておらず冷たそうにも見えないが実際に触ってみるとやけどでは済まない。あるいは動きが鈍くなるほどの冷水かもしれない。
わかるのはおそらく青の属性を持つことだけだ。
それですらおそらくであり、確かとも言いづらい。
リプタスが相手。つまりパンジーの表情を確認する。
目的の魔法が出なかった驚きではなく、これで相手を倒せる驕りでなく、しいて言うのならば真剣な表情だった。
だが油断はしない。
相手がだれであろうとも。
「・・・」
ここまで来ると声もいらない。無言でそれでも油断なく水と発動者を交互に見つめながら左へとさける。当然水はその場へと落ちて広場を濡らす。
そこには何もない。ただ土の上に水をかけただけの風景がそこにあった。