刀
一人だけだった。傍らには怪しい光を放つ一振りの刀と長方形の箱が一つ。
そこには何もない。だがそれでも何物も寄せ付けなかった。外だというのに虫一匹いやしない。
理論でもそうだがここまで来ると感覚で分かる。立ち姿あるいはその刀、そしてその肉体。戦士であるならばわかる強者の香り。
カインが感じ取った香りをどうやら隣にいたパンジーも感じ取ったらしい、表情が険しくなる。本を扱う時のような慈しみの表情でも本を開き始める恍惚の表情でも本を読んでいるときの真剣な表情でも本を読んでいる最中を邪魔された憤怒の表情とも違う、少なくともカインでは表現できないほどのなにか。
だがその男は朗らかに接してきた。
「君たちは・・・どうやらたまたま入ったわけじゃなさそうだね。自己紹介から俺の名前はリプタス。ただの剣士だよ」
「雄我です」
厄介ごとに慣れており警戒心の強い雄我が普通に名乗ったのを見てカインも普通に名乗る。
「カインです。よろしくお願いします」
「・・・」
その後に続くはずのパンジーが黙っている。やがて観念したように。
「・・・・・・パンジー」
「雄我君とカイン君とパンジーさんかな。よろしくね。とはいってもここから仕事を割り振るわけじゃなくてそもそも試験がある」
「それはもちろん。要項ぐらい記憶していますよ」
「ならば結構誰から来る?誰からでもいいけど俺としては一人ずつがいいかな」
「俺から。いいよね二人とも」
雄我が一人、前に出ようとする。
「ちょっとまって」
止めたのはパンジーだ。
「戦いの前に何を運ぶのかだけでも聞いとかなくていいの」
パンジーとしても王族である雄我と現職の政治家の息子であるカインが噛んでいるならば問題ないと見ている。この二人は一人に責任を負わせて逃げ出すような真似はしない。
だからこそ仕事の確認もしないことが不思議だった。
カインなら忘れていることもあるかもしれないが雄我にはそれはない。
「ははは、大丈夫。麻薬でも盗品でもないよ。武器ではあるけど法には触れない」
リプタスは笑う。だからこそ信用がならない。
「そうだな・・・予想はつくけど見ておきたいかな」
「わかるのか。透視も鑑定も防いでいるはずだけど」
一見するとただの木箱にしか見えないがそこには魔法と科学。その両方から強固な保護をしている。魔法では傷一つつかず中も見えない。科学では持ち運べる程度の機械では突破は不可能。
ならば雄我が中身を知るとはどういうことか。
「あなたの武器ですよ。『蛇腑』刀剣清廉の六番。それを持っている人がいかにも刀が入りそうな木箱を持っているならばまあ刀剣清廉のどれかでしょう」
「ずいぶんな自信だね。これが偽物だとかこの刀自体は本物だけど俺が刀に見せかけて別のものを運んでいる可能性もあるというのに」
「自分の眼を疑うぐらいなら死んだほうがマシ。そして犯罪を考えるような人が刀剣清廉を持つまでには至るはずがないという剣士というよりは刀鍛冶への信頼ですよ」
「言うねぇ」
「パンジー」
剣士同士の会話をする雄我とリプタス。だがカインはそもそも刀剣清廉を知らない。
「刀なんちゃらってなんだ」
カインは翼対で空を飛んだ場合でも使える武器として銃に興味を持ったことはあるが拳に行きついたこともあり刀に関しては詳しくない。
パンジーもまた適正魔法で相手の出方をうかがって青の属性魔法で遠距離攻撃が戦闘スタイルであるため刀にはそこまで詳しくないがそもそも知識量としてカインのはるか上をいっている。
「千年ほど前に日本にいた刀鍛冶たちが作り出した百振りの刀のこと。そのすべてが刀としての切れ味や本来は犠牲になるはずの高い頑丈さに加えて特殊な能力と使い手を選ぶ意志を持つ」
「お察しの通りこの刀は刀剣清廉の六番『蛇腑』そしてこっちが」
リプタスが地面の上に置いてあった。だが決して体から離さなかった木箱を開く。
「・・・これは『景欄』ですか。本で見たことはありましたがなるほどこれは確かに噂にたがわぬ美しさ」
「・・・・・・すごい」
今一度少し見ただけだがその美しさはカインにもわかった。芸術美、機能美、もはや超越した艶やかさ。引き込まれるような麗しさ。
「依頼者は・・・これはまだ行ってはいけないんだったね」
「・・・そちらも予想はつきますが。どちらにせよ試験に合格すれば同じこと」
「そういうことだ」
「青色薔薇 系統一」
「さあて出番だぞ蛇腑」
雄我の胸元の薔薇が光り、右手と左手に集まる。
リプタスもあらかじめ抜いていた刀を構える。
「そっちも普通の刀ではないようだね。それも日本刀と魔法剣の二刀流とは」
「まあこれも刀剣清廉に劣りませんから。後は実力」
「始めようか剣と剣。舞踏をね」