飛行戦
正直な話をするのならばカインの飛行能力はそこまで高くない。なにせ自分ではそこまで細かく調整できない。
だがここは森。天井も飛行機も邪魔をする建物などない。
強いて言えば野生の動物や怪物ぐらいだがそれらは皆ドラゴンに近づかない。ならば自由だ。
その地点からそのまま一直線にドラゴンのもとへと
そして詠唱
「熱血ボンバーーーーーー」
森の端まで聞こえるほどの大きな声で己の拳を熱くさせる。
まずは翼。全力で殴る。
ぐにゃり。と炎を纏った拳がめり込むが
「ふんっ」
ドラゴンが少し力をこめれば容易くはじかれる。
体勢を立て直したカインが先ほど殴ったところを見るがそこには今なにもない。もともと火力不足なのは承知の上だったが傷どころか赤くなってすらいない。
「そんな。ダメージゼロ!?」
「悲しいが届かない・・・いや」
ドラゴンと人では体の構造が違う。だが顔と呼ばれる部分に目と鼻と口と耳があるのは共通。そしてこのドラゴンには人間とあまり変わらない感情がある。
それが少し出てきた。
それは驚き
一瞬だけ、もしかしたら効いたかと思ったがそうではなかった。
「これはそうか・・・となれば」
何かを考えている。その内容が分かるカインではない。だがこれは少しチャンス。
「はぁーーーーーー」
単純なステータスではかなわない。ならばあとは戦術と熱血。
先ほど殴った時と同じ場所を狙うほどのコントロールはカインの翼にはない。
だから一発勝負。
「爆熱ボンバーーーーーーーーー」
カインは全身に火をかけ突撃する。
「甘い」
ドラゴンがその巨体をひるがえす。
どうやら二度チャンスをやる気はない。
だが躱すわけではない。迎え撃つ。その場所は尻尾。
「はぁーーーー」
ドラゴンの尻尾をかわしその先に向かうほどコントロールはない。
だから無情にも拳と尻尾が衝突した。
先ほどはたまたまドラゴンの体の中でも弱そうな場所へ当たった。だが今度は尻尾。打撃武器としてドラゴンが最も使用する場所だ。
ここは空中。足がつかない以上カインに踏ん張りはきかない。すなわち体重差が顕著に力の差となる。
カインの拳を受けたドラゴンの体がへこみすらしない。尻尾がしなった次の瞬間カインは弾き飛ばされていた。
「がぁぁぁ」
「殴るよりつかんだ方がよかったんじゃないか」
「いやこれでも構わない」
第一撃の時点でこの攻撃の効果が薄いことはカインにもわかっていた。そもそもこの場にいる生命の中にタイマンでカインが勝つと思っている人はいない。
カイン本人を含めて。
もともとこれは六人の総合。
その中でカインの役割とは飛行。そして赤き明かり。
目は慣れている。
「炎玉十発」
ドラゴンの体躯、その何倍も小さなカインの掌から十の炎が天に向かって発射される。
だがそれは当たらない。
「この程度たとえ当たっても・・・」
光が降り注ぐ。
「『その光は永遠を』」
火はカインの攻撃ではない。別の誰かの狙いをつけるため。
いかにドラゴンが巨躯といえど。人工の明かりなどない森の上空何百メートルも上がれば月の光だけでは狙いなど定まらない。
狙っても避けられる。当たっても痛みまで届かない。
その両方を潜り抜けるためには
光の玉が弾となり明かりのためではなく攻撃のためにドラゴンに降り注ぐ。
数は先ほどカインが出した炎の数十倍。それも明らかにドラゴンを狙っている。
塵のようなダメージを重ねても宝のような傷にはなりはしない。
だからこそ一発が極大。
それでも足りない。
「ドラゴンは鳥じゃない。だから翼がなかったとしても別に歩けるし走れる。そしてそのままでも十分強い。だからと言って平気ってわけではない。さすがに戦力は大幅に落ちる。それになんだかんだ言っても脳と心臓。これだけは守っているはずだよ。ただ相手はドラゴン。既存の怪物学や動物学で語っていい相手かどうかはわからない。脳を潰しても即座に復活するかもしれない。相手は未知の相手。僕が言えるのはそれだけ」
その攻撃には何もない
ただ威力だけ。ただ命中だけ。積み上げてきたもの。
『英雄者』その名に
「どうなって・・・」
サイラスが空を見る。そこにはほとんど白色だけ。辛うじてドラゴンは見える。だが何が起こっているかまではドラゴンとその近くにいるカインにしかわからない。
声がした。
絶望にも似た声。それは発した側の脳か、あるいは受け取った側の脳か。あるいはその両方か。
「・・・躱している」
カインが見た光景それはある種の芸術だった。
台本のある剣戟のよう。
ドラゴンはすべてをかわしていた。大きな体を右へ左へと動かしさける。
そして安全圏まで飛んだ。
「やはり一番強いのはお主か。ならばよい」
ドラゴンが夜を降りてゆく。
まばゆい光の中それは地上の二人にもよくわかった。
「来た」
「狙い通り。『永遠をこの手に』」
光の弾は躱された。間違いなくこの場で出せるもっとも当たりやすい魔法を。ならば接近戦しかない。
幸いにも相手は相手の弱点をいたぶるような真似はしない。
あくまでも己のすべてで戦う。